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承ります  作者: 滝川蓮
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半ばインターミッション

「龍川ー、ちょっといいかー?」

 翌々日、登校してすぐに錦戸に呼び出された。行った先の渡り廊下には、数人の男子が集まっていた。その中には、辻本もいた。

「皆どうした。何かあったか」

「あるからお前を呼んだんだろ。…出たぞ」

「何が…。…まさか、あれか」

 俺が呼び出されると言う事は、バイト関連だ。何でかは知らないけど、みんな俺があそこのバイトだって知っているんだよなー。で、ここ最近の呼び出される様な事と言えば、緑池のあれしかない。

「緑池で、同時に何人も見ている。C組の笹田、知っているだろ。あいつそういうの少し強いらしくってさ。今日は一日中境界より外に出してもらえねーって」

 彼は割川神社の神主の息子。時々こういう事があるので学校も生徒も慣れたものだ。

「今回は皆で何しに行った。釣りか」

「それがさぁ…。話聞いたらそうでもないらしくって」

「どういう事だ、辻本、錦戸。お前らはただの連絡係か?」

「そういう事。こいつらは皆で黒い影を探しに行って、実際に見ちゃって追いかけられて、困って僕ん家に泣きついてきてさ。こっちはそんな事扱ってないから錦戸経由で龍川に頼もうって話になって」

「ちょっと待て。あの影、話広まっているのか?つーか追っかけられた?」

『うん』

 本人達が大きく頷いたから本当なんだろう。というか、もしそうなら俺が知っているの以外でも見た奴はいるかもしれないな…。そうでなけりゃ話が広まるなんてありえねぇ。追っかけられたって頃は、痺れを切らしかけているのか…。それとも依代(よりしろ)を探していたのか?引っ付いておけば結界の出入りは勝手が違ってくる。二足で歩けて力もあるなら、本来は実体のある神獣でも可能だろ。つーか神獣になっている時点で、既に勘の無い奴には見えないから幽霊とかと似た扱いなんだよね。

「そりゃ確かに俺ん所のネタだな。でも良かったな。辻本も錦戸もそういう話を蹴っ飛ばす様な奴じゃなくて。特に辻本はその辺固い所あるし」

「うるさいなぁ。僕の場合仕方ないだろ、親の職業柄。例えそれでもそれで片付けられないからな」

 確かにそりゃそうだ。

「俺ん所の場合、それが普通の会話だからなぁ。受け入れちまうもんな」

 錦戸の家は語り部の家だ。そのせいか、こういう変なネタの話には事欠かない。

「とりあえず店長には言っとく。くれぐれも変な噂立てたり、もう一度行ってみたりすんなよ。この次何かあっても俺は知らん」

『はーい』

 やれやれだ。


「西宮、お前ん所に今回の怪異事件の情報、何か入っているか?」

「結構あるぞ。要るか?」

「とっても欲しい」

 昼飯の弁当を教室の隅の方で食べながらの一コマ。西宮はこの教室のデータベースだからいつの間にか山ほど仕入れてくる。時々こうやって利用するのが悲しくなってくるぐらいだ。ま、あいつも十分承知しているし、俺の仕事に時々口うるさいぐらい突っ込んでくるし、おあいこか。

「なぁ、バイトどうだ」

「どうって。忙しいぞ」

「そうじゃねぇって…。大丈夫なのかよ」

「あぁ…。心配しなくていいぞ。無茶してねぇよ」

「…辻本から聞いたぞ。この間学校裏の林が思いっきり荒らされて、地面も滅茶苦茶になっていたんだとよ。それ、お前が俺に情報求めてきてからすぐの話だ。もし何も無くて大丈夫なら、血溜りの痕は残らないだろ」

 返す言葉が見つからない。事実だし、もしこれに変に返事したらこいつに嘘付く事になる。でも正直に答えたら逆にこいつを心配させる事になる。俺の無茶していないと言ったのが逆に嘘になってしまう。

「…どうした」

「何でもねぇよ。大丈夫。偶然だろ、気にすんなって」

「…涼の大丈夫、気にすんな、は時々当てにならねぇからなぁ」

「ウッセェ。余計な事言うんじゃないよ」

 俺だって、出来る事なら友達に嘘は付き続けたくない。でも…。付かないと居場所が無くなるのも事実だったりする。

「とりあえず、情報下さい」

「…分かった。お前にゃ言ってもどうしようもないかんな。好きにすりゃいいだろ」

「…悪ィな」

「気にすんなって。いつもの事だろ?」

「…まぁな」


 その後、俺は一人で屋上の給水塔の上まで登った。この学校はこの辺りでも高台にあるのでここら辺一帯のかなり広範囲を見渡す事が出来てしまう。

(そういえば。あいつら、追いかけられたって言っていた奴全員、笹田を除けば徒人だよな。なのに神獣が見えた…。神獣は神に仕えるっつーか卷族みたいなもんだから、実体はちゃんとあってもちょっとやそっとじゃ見られない。という事は、神獣の方がワザと姿を見せている…?だったらバレて通報されるって事覚悟だよなぁ。普通誰かに引っ付くならもっとスマートにする筈…。わざわざ姿を見せなくてもいい筈だ…)

 日光がサンサンと照りつけてくるのを全身で受け止める様に、給水塔の上で空を見上げる様に寝っ転がりながらそう考えていた。

 今回のこの事件、何かが引っ掛かる。どーも脱走するにしちゃ素人臭いんだよなー。何でサッサと神域より外へ出ておかなかったんだろ。すぐにこうなるって分かっていたと思うんだよね。それに徒人に姿を見せている。おまけに、一番バレちゃいけない割川の神様に計画自体がバレてるもんな。つーか、あいつらって…、一度神獣になったら、許可無しに外に出たら面倒な事になるんじゃなかったっけ…。

 パッと腕時計を見れば、昼休みはまだ半分残っている。俺は階段をほぼ飛び降りる様にして、教室へと走った。


 教室へと超特急で戻った俺は、リュックの中から携帯を探し出して、それを引っ掴んでベランダに出た。

(頼むから出てくれよー…)

 コール音がする事二、三回。

『はい、こちら山海永世堂でございます』

「棕沙、俺だ、涼だ」

 教室の中にいる奴らの何人かがこっちをチラチラ見てくるが気にしてられない。

『どうしました。まだ学校ですよね』

「構わねぇよ。あのさ、神獣って許可無しで神域外に出るとどうなるんだっけ」

『神獣と言っても歳経たモノ達ですからねぇ。神域外だとやはり妖やモノノケの類になると思いますよ。神獣が精神的に病んで悪く転化した事はありますし。涼君も一度はこういったモノの退治に行っていますよね』

 電話の向こうでファイルを捲る音が聞こえてくる。

「あー、そうだな。なんか色々とやっているもんなぁ。つーかさぁ、俺の仕事って本来何だっけ。何で裏の仕事があるんだっけ」

『ここの仕事は、怪奇現象の解決で、涼君はそれを解決するための代理人って所ですね。実際、これはもはや涼君抜きでは恐らく成立しませんよ』

「就職決定かよ。大学、遠い所へ行ってやるぞ」

『困りますね。…今分かったんですが、以前にも脱走事件が何件かありますね。その時は…、その時も同様に結界に阻まれていますね』

「つまり、状況が似ているって事か。その…過去の事例と」

『はい。涼君、今日は放課後こっちへ来ますか?』

「ちょい待ちー」

 机に一回戻り、おっさん臭い手帳を捲る。

「悪ィ、待たせた。今日は部活があるから行けるか分からん。もしかすると行けない。どうかしたか」

『いや、もし来るのなら資料を、と思いまして』

「だったら…、学校までコピー持って来てくれるか。式でも平気だし」

『人目、引きますよ。いいんですか』

「どのみち、もう俺がここのバイトだってことを知っている奴は何人もいるし、この電話だけでもクラスの奴らの興味引いているさ。どーにでもなるよ」

『なら、今日は何時で授業終わりますか』

「今日はー…。大体4時30分。掃除無いから、4時45分には校門へ行ける筈」

『なら、4時50分に待ち合わせで。三人のうち誰かが行きますので。よろしいですか』

「了解ー」

 携帯を切ると、クラスの奴が一人声をかけてきた。

「なぁ、今のって誰」

「ん?バイト先の人。ちょっと急用でね。どうかしたか」

「バイト先の人って、中国人かそんなの?日本人の名前じゃないよね、どう考えても」

「…まぁ、外人っつったら外人か」

 人と呼べるかどうかすら怪しいけど。というかまず人じゃないけどね。

でも学校で待ち合わせかー。女子がまた騒ぐかなー。あの三人、特に棕沙はモテやすいからな。おまけに目立つ。いっくら地味にコーディネートしても目立つんだ。だから人込みに紛れられないんだよね。

 さて、今日の昼からは…。会議も招集も無いし、授業も普通っと。予習は要らないな。

 …残り時間、どうやって潰そう。妙に余ったな。…あ、先輩に連絡でも入れとくか。


 もう一度ベランダに出てかけると、コール音一回で相手が出た。

『涼、どうした。何かあったか』

「いえ。拓磨先輩、俺、今日ちょっと部活遅れるかもしれないんで」

『分かった。何か呼び出されたのか』

「まぁ似ているっちゃ似ていますけどね。大した事じゃないんで。他の人にもそう言っといてもらえます?」

『ん、分かった。言っとく。…あぁそうだ、知っているかは知らんが、最近緑池周辺に出ている奴な、発見される半径デカくなっているらしいよ』

「…ガチですか」

『詳しい話は竜也にさせる。あいつが仕入れてきたネタだからな』

 教室のザワつく音とかが少しして、声が変わった。

『もしもーし、涼ー?』

「どもっす。…ネタ、仕入れたんですか」

『まーね。なんかね、緑池近辺以外でもね、桜谷とか大橋とかで見つかっているらしいよ~。噂で聞いた話だとね、山神様の仕業かもって。参考になる~?』

「十分です。ありがとうございます。あの…追いかけられた、とかそういう話は」

『うーん、無いなー。…たーくまー、黒いのに追っかけられた奴って聞いてるー?』

 手で覆っているんだろうけれど、先輩の声はよく通るから丸聞こえだ。

『もしもしー、択磨も聞いてないってー』

「そうっスか。ネタ、ありがとうございます。それでは」

『じゃあね』

「はい、また部活で」


 パタン、と携帯を閉じて振り返ると、女子の視線が恐ろしいほど光っていた。

「…今のって、文芸班の先輩の吉沢兄弟?」

「あぁ、部活に遅れるって連絡入れただけ。…どうかしたか?」

「…どうかした、ですって?」

 俺は無意識の内に逃走経路を考えて探していた。まずい。この空気は確実にまずい。皆の目が怖い。

 俺の近くの出入り口は既に女子で封鎖されている。ベランダ沿いに隣の教室からの脱出も出来ない事はないが危険だ。教室にもう一つある出入り口も半ば使い物にならない。…取り囲まれたな。

「御二方のアドレス、教えなさい!」

 四方八方から触手が俺の携帯を我先に奪おうと蠢いて伸びてくる。手の早い奴は、俺の体に手を掛けて、携帯を少しでも遠ざけようと上に挙げている俺の手を強引に引きずり降ろしてそこからもぎ取ろうとしてくる。

「ちょ、お前ら待てよ、人の携帯勝手に見ようとすんなって!」

 言っても無駄だが。女子共は我先にあの二人のアドレスを手に入れようと必死になっている。でも今日のはちょっと異常だ。

「何であんたみたいなどうしようもない奴が御二方のアドレスを知っているのよ!」

「仕方ないだろ、部活同じなんだから。そんなに知りたかったら本人から聞き出せよ!」

 というか御二方って、それどういう事だよ!しかも俺の事どうしようもない奴って言うな!

 ベランダの手すりに押し付けられる様になりながら、携帯を奪おうとする女子を必死に引っぺがす。でも次から次へと問答無用で触手はやって来る。

 俺は比較的長身だから実は手すりが少し低い。しかも痩せているから軽い。そんな俺が仰け反って、押されて、しかもバランスを崩したら。

 向かいの校舎がなぜか上下逆転して見えた。俺を見下ろす女子達もなぜか上下逆転。

 状況を理解した時には地面は目前に迫っていた。今更どうしようもない。ベランダの真下はコンクリタイルの中庭だ。掴まるべき所も無い。

 来るべき衝撃に備えて、丸くなって目を閉じた。…が、ちっとも痛くない。恐る恐る目を開けて、頭を守るようにしていた腕を解いた。

「何やっているんだ、お前は」

 呆れ顔で俺を見下ろすこの顔に見覚えがある。つーかこの人、何でこんな所にいるんだよ。

「…如月先生、どうして」

「どうしてもこうしてもあるか。職員室から実験室への近道なんだよ、ここ。通り抜けていたらお前が落っこちてきた、目の前で死人が出るのはかなわん、だから拾った。それだけだ。それよりも、何だってお前は堂々と昼日中に飛び降りなんぞしていたんだ」

 先生は俺を地面に降ろしてからこう言った。

 上からの視線が痛いので、俺は校舎の影へと移動した。

「俺が悪いんじゃない。俺のケータイ勝手に見て、勝手に先輩のアドレス盗っていこうとする女子共に落とされたんだ。俺は悪くない」

「そうは言ってもなぁ。お前の先輩って、部活のか」

「吉沢兄弟の事」

 途端に先生の表情が『気の毒に…』というものに変わった。如月先生は、球技なら何でもござれの体育会系の先生。そんな先生自身は、球技系の種目は何もしてこなかったらしいけど。今はサッカー班と文芸班の顧問で、吉沢先輩ズの担任でもある、地学の先生だ。

「あいつらな…。そりゃデータも狙われるか。にしても他人のケータイを勝手に、と言うのはダメだろ。おまけに人を3階から落としたりしてよ。今まではそんな事も無かったが…」

「ストーカー紛いの事はされた事あるって、俺聞いていますよ」

「やれやれ…。何でそこまでいくかな…」

「さぁ…」

 別に吉沢兄弟はアイドルタレントでも何でもない、ただの男子高校生だ。ただ文芸班で作品を書いている、というだけ。兄の拓磨先輩に至っては、無口無愛想と初めての人は近寄り難い人だし、ムッツリの疑いを掛けられた事もある(ちなみにその時は珍しく感情を露にして激怒していたのを覚えている)。弟の竜也先輩は、逆に見た目は少し童顔で付いた渾名が『小母さん殺し』。マダムキラーでない点がミソだ。何でこんな二人が女子に狙われるのかはっきり言って分からん。確かに二人とも見た目はよろしいけどさ。

「考えられるとしたら、あいつらの作品の熱狂的なファンか?」

「なんかすごい作家さんみたいですよね、それ」

「いや、ほら、お前らネットに載せているのがあるだろ。それの事」

「あれかぁ…」

 我らが文芸部はネットの小説投稿サイトを利用して、班誌の番外編を展開している。班誌もそのおかげで売れ行きは絶好調。だがなぜかネットの方が抜群の人気を誇っている。なぜだろう。…解せぬ。

「確かにあれは見る人多いですもんね」

「ま、詳しい話はまた後で、だ。そうだ、一応呼び出す可能性あるから今日は部活行っとけよ」

「はーい」

 先生は俺に背を向けながらヒラヒラと手を振った。それはいいんだけど、教室戻ったら大変だぁ。


 ところが、思っていたより教室は穏やかだった。

「大丈夫かー、真っ逆さまに落ちていたけど」

「一応大丈夫。どこも痛めてない。携帯も無事」

「そういえばさ、朝の話の続きだけど、あいつらの間で広まっている話だと、荒御霊(あらみたま)の山神が勢力拡大を狙って動き出しているってさ。黒い影はその為に放たれた刺客だとよ。参考になるか」

「サンキュ、錦戸」

 さっき先輩が言っていたのも山神だった。…そうか、俺、山神の存在を綺麗サッパリ忘れていたな。もしそうなら、もしこれが一枚噛んでいるのなら、一筋縄じゃいかねぇな…、これ。

 アドレス帳から直接棕沙の番号を呼び出した。

『もしもし』

「棕沙か。何度も悪い。資料なんだけど、それと同じ頃に山神の方で何かあったか、それと怪奇事件、いわゆる俺の関わっている様な事が何かあったか、そういうの追加で頼めるか」

『山神、ですか。どうしてです?』

「学校で流れている噂だと今回の事件、大本の根っこにいるのは山神だって。俺もまだ上手く纏められねーけど、過去にも資料があったら対処しやすいかなと思ってさ」

『分かりました。一度探してみます』

「悪ィな、頼む」

 さ、後は情報が手に入るのを待つばかりだ。

 でも…何で女子、あんなに殺気立っていたんだ?


「今日は榊先生が残念ながら夏風邪を引いたので、サッカーをします」

『ヨッシャー!』

 本日の7時間目、最後の授業にあたる体育にて。ちなみに気合が入りまくっているのは男子。女子は不満垂れ流し。

「チームは自由。グットーで決めていい事にします。コートは用意してあります。一応クラス内対抗ですが、他クラスと対戦してもいいです」

「先生、混合チームはいいんですかー?」

「それは今回はなしとします。開始は二分後。一試合10分とします。用意始め!」

 中心地の大きい街と近いという事もあり、何だかんだいいながらも、この学校、一学年当たり40人学級11クラスもあるもんなぁ。この県じゃ最も進学校だし、マンモス校でもある。国からも指定受けているから凄いしなぁ。だからといっては何だけど、皆さん結構熱心に授業のこういうゲームにも参加する。あ、女子は別だぞ。時々熱心な奴はいるけれど、そんなのは稀だ。

「んじゃJ組男子、用意は良いな。いくぞ。…グットッパ!」

 小学校だとこれが『グットーグットグットグットッパ』とスローテンポになるが、高校に入ってからはずっとこれだ。こっちの方がテンポも早いしすぐ決まるし、皆の息を揃えやすい。

 J組の男子は総勢20名。その内グー14人。パー6人。

『グットッパ!』

 今回はすんなりと10―10に分かれた。

「あ、言い忘れていましたが、一チーム5人までです」

『ギャーッ!』

 チーム内でもう一度グットーかよ!二分じゃ決まらん!

 一度分かれたチームをA、Bとして、それぞれでグットーをして計四つに分かれた。この人数だとむしろバスケのスリー・オン・スリーがしたくなる。あ、でも普通のバスケって一チーム5人か。俺のチームは、俺、錦戸、辻本、西宮、そしてサッカー部の佐々木という構成になった。

『あぁー、参謀と主力両方とも取られたー』という苦情があちこちから飛んで来る。女子の暇なチームが俺達の試合を見る為にギャラリーを作っている。…みんな何かとモテるもんなー。何かやりづらい。

「佐々木、作戦どうする」

「俺と錦戸で攻める。西宮、後方でゴールキーパー兼守備お願い。これ、キーパー無しだし。辻本と龍川は中間で。どう」

『OK』

 最初の対戦相手はB組一班。俺らと同じく五人班だ。

 さぁ、試合開始だ。


 聞こえてくる女子の真っ黄いな声を無視してボールを追いかける。

「西宮、ゴール守れ!」

 辻本がそう言ってゴールの方へと向かっていった。俺はボールを持っている奴にピッタリと張り付いて、ボールを奪おうと努力していた。結構張り付かれると動きにくくなるのよね。

 相手が俺を振り切ってシュート。でも浮いたそのボールを辻本がトラップ。そのボールは俺に回ってきて、俺はそのまま駆けあがっていく。上がった先にいる佐々木が手を振っている。

「頼んだ、エースストライカー!」

 サッカー班任せにするのもどうかと思うけど、ここは任せるのが一番いい。錦戸が掩護する為に少し離れた位置にいる。相手方は点を入れさせるか、とダマになっているが、こういう時って動きにくくなるだけなんだよねー。

 佐々木が錦戸と自分とゴールとで綺麗な三角形を作った。そのままシュートを入れるかと思ったら、錦戸の方へボールを上げた。錦戸もそのつもりだったのか、角度と落下点を見極めて入りこんだ。その長身を生かして、少し高めの所からヘディングで入れた。

 ネットが揺れるとそれだけ黄色い騒音が大きくなる。黙れと言いたいのを喉の奥で殺した。

 一度ゴールが入ったので相手側スタート。ボールはまた真ん中へと移動した。

 パスカットをしたボールを辻本が上方へと送る。

「龍川、上がってこい!」

 呼ばれると同時に走り出す。佐々木や錦戸が逆に少し下がる。佐々木が少し首を傾げている事を考えると、指示を出したのは錦戸だ。

 見せてやろうじゃないか、俺の隠し芸。

 辻本が送ってきたボールを止めずにそのまま錦戸が蹴る。でもそれは角度が合っていないからゴールから軌道がズレている。俺は、錦戸の『しまった!』という表情を確認してからボールを見た。ラッキーな事にノーマークだ。しかも出ると思っているからわざわざ追っかけても来ない。相手方が俺に気付いたのは、どうやらギリギリ出そうにないと分かった時だった。慌てて走ってくるが、俺はその時にはボールが射程圏内に入っているのが分かっていた。ボールを目で追いつつ、走り高跳びみたいに半円を描いて助走をつけて、タイミングを合わせて飛び上がる。ドンピシャリの位置にあるボールを空中からキーパーの方の上目掛けてボレーの要領で蹴り込んだ。

 …何だかんだ言って、サッカー班の佐々木に任せてない気がする。しかも俺、作戦で決めたMF的役割よりもFW寄りだし。

 さっきまで騒音だった女子達は、皆静かになっている。そのまま黙っていろ。

「残り、三分」

 こうなりゃ後は点を入れさせない様にするだけだ。


 試合はその後に一点入れられて二―一で終わった。

「佐々木、頼んだって言った割に何か色々やって」

「気にすんなよ、龍川。むしろ俺はお前の事見くびっていたからこっちこそ謝らなきゃいけねぇぐらいだ。お前、あのシュート上手かった。何であそこまで出来るんだ?」

 そうだね、何で出来るんだろ。俺でも分からん。

「遊びではサッカーしていたからそれでかな」

「だとしたらスゲェ」

 二試合目は休みなのでよそを見学する為に移動する俺達の後ろで、西宮がブーたれていた。

「…何で出番無しなんだよー」

 『そりゃ元々お前は頭脳戦向きだって、誰もが知っているからだろ』なんて言ったら確実に怒られる。

「文句言うなら、作戦立てた佐々木に言えよ。俺にグチるな」

「でもよー龍川ー。俺、今回何も動いてないんだよー。いいよなー、お前は。ゴール決められて」

「でも、錦戸は歓声が上がったが、俺の時は逆に女子は静まり返ったぞ」

 それだけで西宮は黙った。自分だけが不満を抱えている訳ではないのだよ。ま、俺はむしろ騒音は要らないからそれでいいんだけどね。だから不満は無い。


 俺達が次の試合をする為にコートに入ったのは、授業のラストの試合だった。予定よりも時間が押したんだ。佐々木は一回目の事も考えて編成を変えてきた。

「龍川、錦戸、二人でFW。辻本、西宮でDF。俺がMFに行く。いいな」

『OK』

 相手チームは俺が少年サッカーチームに入っていた時のライバルチームと大体同じメンバー。懐かしいといえば懐かしい顔触れだ。相手方はまだ気付いていないらしい。何でかな。あえて言うほどの事でもないか。

「試合、始め!」

 ホイッスルの音と共にセンターサークルからボールが姿を消す。錦戸が今ボールを持っているけど、さっきまでと表情が違う。気合入れて元に戻っている。ちなみに、俺達のメンバーも、昔のチームと大体同じだ。佐々木以外は皆昔馴染みだ。そういう意味では佐々木は可哀そう。俺達がノッたら…今思っても凄いよなー。

 流れの向きが変わった。ボールを取りに行こうとする佐々木の横を、辻宮が抜けていく。眼鏡を外したその顔は、表情が読めない。おーい、眼鏡どこやったー。伊達でも割ったらマズイだろー?

 ボール持っている奴に正面から向かうのではなく、真後ろにピッタリと付く。相手は仲間の奴に言われているからこっちの存在に気付いて、振り切ろうとするけど俺は離れない。おかげでボールはまっすぐ前へ進まず、パスを出そうにもさり気無くマークが付く。

 ボールはそのままラインアウト。追いたてられた人、お疲れ様。

「グッジョブ、辻本」

「任せるよ、龍川」

「任せて欲しくないなー」

 笑った俺とは対照的に、相手チームはグェッと蛙が潰れた様な声を出した。

「チーム流星(シューティングスター)、再結成したのかよ…」

「してねえよ。つーか気付くのおせーだろ」

「だーってよー」

「また今度、昔の仲間でやろうよ。それでいいか?」

「よし」


 ドンッ、と鈍い震動が走ったのはそんな時だった。全員、試合なんてしていられないのが分かったからすぐに止めてグラウンドの中央付近に集合した。

 俺は最初、皆と同じく地震だと思った。真下から突き上げてくるみたいに地面が揺れていたからだ。でも、思い切り揺れたのに校舎から誰も出てこない。

 山の方は平穏無事。でも大気が痛い。

 また一回。これ、門を無理に押し破ろうとしているみたいじゃねーか。

「龍川、お前顔色悪いぞ」

「え…?」

「気分悪いなら言えよ」

 錦戸は、こんな時に気が利くいい奴だ。

「…まだ誰も気付いちゃいないが、この辺にあれだけ揺れる様な断層はねぇ。先生には上手く言うから、抜け出すなら今だと思うけど」

 こいつは俺の裏のバイトは知らないが、俺が人とは違った力がある事は薄々勘付いているらしい。だからか時々こうやって助け船を出してくれる。

「悪いな。…抜ける」

 そう言って俺は校舎へ走った。どのみち授業も終わりだったから、そのまま荷物を引っ掴んで校門へと向かった。


「棕沙!」

 校門にこっちが着いた時には、既に来ていた。

「早めに来て正解でしたね。バッチリ、裏取れましたよ。あ、これ資料です」

「サンキュ。で、ザックリ纏めるとどうなの」

「やはり山神ですね。簡単に言うのも難しいですけど、領地拡大だけが目的ではないみたいですよ」

「どういう事だ?」

 何か他に狙いがあるのか?つーか本当に何がしたいんだ、山神様。

「今回は、という話です。過去の事例では、神域の拡大を図ってこちらへ配下の神獣を送りつけてきたらしいんですが、未然に防いだり神社の方で対処したりしてくれていたらしいんですけど」

「神社って…割川さん?今度店に来るって言っていた…」

「あれとはまた別です。本社の方です」

 えーとー…。笹田の家の方か。

 割川さんは、実は二つある。笹田の家の本社の方と、普段は無人の祠の方。元々は本社の方は無かったらしい。

「ねぇ、割川さんってどうなっているんだ」

「詳しい話はおばば様にでも尋ねて下さい。…そう言えば随分と慌てた様子でしたけど」

「結界、ぶち破られそう。内部からか外部からなのかは不明。…気付いていたか?」

「いえ、全く。とにかく今回の話、ザックリ纏めますよ。今回は領土拡大の為にいつもとは少し変えて手を出してきています。また、それとは別に本社を狙っています。これは最近分かった事です」

「何で本社…」

「本社の祭神、山神の和御魂(にぎみたま)にして奥方様らしいんですよ」

 …。…。……?

「どういうことだよ…」

「それはさすがに。…来ていただくの、土曜日でいいですよね」

「それだけは変えらんねぇなぁ。…やっぱそっちに移るよ」

 棕沙が面食らった顔で俺を見てきた。

「前に言っただろ、店に住み込むって。ここまで話が深刻になってきたら、俺もいつでも動ける様にしといた方がいいだろ。マズいか?」

「いや…話が急すぎませんか?」

「別にいいだろ。あっちが一気に攻めてきたんだ。いつ決戦になるか分かったもんじゃない」

 もし仮に、俺が家にいたままだったら親に対する説明が面倒だし、いきなり何かあった時に対処するのが遅くなる。それに、このままだったら確実にこの辺に張られた結界が破られる。破られたら山神の配下の奴らが雪崩れ込んでくるのは目に見えている。しかもそれ以前の問題で、割川神社の神獣の問題がある。

 ……あれ?なんか引っ掛かる。なんだろ。順番バラバラに提示されたパズルを並べ直すみたいなんだけど、何か大切なピースが足りないみたいな、変な違和感。英語の単語の並び替えで、足りない単語を補えっていう嫌な問題とも似ているけど、それとはまた違う。やっぱりこれはパズルで謎解きだ。しかも思いっきりややこしくて、一人で解けっつー難しいお題だ。

「どうかしました?」

「いや、ちょっと考え事。そいじゃ二、三日店には行けないし、連絡はメールでして。OK?」

「分かりました。では」

「ごめんな」

「いつもの事です」

 そう言って棕沙は笑って足早に立ち去っていった。グズグズしていると女子にたかられるからな。

 …部室に行くか。


 文芸班の部室と呼べるものは実は存在しない。その日の放課後までに、本日の集合場所が指示される。で、大体の場合、それは図書室である。で、今日もやっぱり図書室だったりする。他に生徒いるだろ、という質問はもっともだが、放課後は大して人がいないし、今日みたいに天気のいい日はベランダにでも出ればどうって事はない。

 図書室のドアを肩で押し開ける様にして入る。もはや顔なじみの史書さんが、奥の衝立の向こうを指差してくれた。俺は無言で会釈をして、荷物に気を付けながらテーブルを目指した。

「あら、早かったのね」

「どもっす」

 一人、テーブルの上にノートを広げていたのは、班長の村田先輩。知る人ぞ知る学内一の猛者だ。一応華の女子高生なんだが、その名前のせいか性格のせいか、随分とさっぱりして男らしい。いや、漢らしい、か。正確に言うなら。ちなみに、先輩は『友樹』と書いて『ゆき』と読む。

「吉沢兄弟は?」

「多分またどっかで捕まりそうになっているんじゃないっすかね?俺っとこの女子共、俺があの人らに電話かけただけで血相変えて掴みかかってきましたからね」

「あぁ、お昼の生徒墜落事件」

 …場所が場所だけに、目立っただろうなぁ。

「あんたも大変ね」

「…それはそうと、先輩、今何しているんすか?」

「プロット書き。でもね、繋ぐ接着剤になるネタが無くて行き詰っているのよね。あんまり本とかからネタ、引っ張ってきたくないからさ」

「というか、本当はマズイですからね」

 昔はそんなのは緩かったけど、今は厳しいからな。でも、班長の場合はネタがマイナーだし、思いっきり小ネタか思いっきり大枠だけを色んな所からモチーフとして借りてきて、オリジナルで塗り潰すって書き方だから、かなり似た思考の持ち主で無いとネタ元を判別するのは不可能に等しいぐらい難しい。だからバレにくい。

「今はどんなやつです?少しは手助け出来るかもしれないっす」

「じゃあ、はい」

 渡されたプロットを一目見て、俺は吹き出しそうになった。グッと詰まった俺をチラッと先輩が見てきたが、無視して読み進めた。

 あーでも俺、多分絶対これの大枠のネタ元の小説、持っているよ。ていうか今鞄の中に入っているよ。

「大体いつも通りですね。今回のオリジナルな点は?」

「主人公のキャラ設定、かな。大枠は、最近読んで珍しく大笑いした本から。困っているのは、ここ」

「んー?」

 どんな設定かって?えっとねー、傭兵団のお話。にしても先輩、よっぽどこれにハマったな。大枠とか言っておきながら、かなり同じ様な設定ありますよ。後で読み返して焦って下さい。で、今先輩が悩んでいるのは…。こりゃ接着剤どころじゃないや。つまり、広げた大風呂敷を畳めなくなっちまって、それをどう畳むのか、という事に悩んでいるって訳。

「先輩、俺から言える事はこれだけです。お決まりのネタを使うのもいいですけど、使い過ぎると頭が痛くなるだけです。それと、伏線張るなら繋げ方とか畳み方とか考えてから必要最低限だけにして下さい。むやみやたらに出すからこうなるんです」

「…うるさーい」

 自覚症状、あるんだ。という事はまだマシだな。自覚症状無しの時の先輩は後始末大変だからなー。


 誰かが入ってきた音がしたので衝立の向こうの様子を見たら、案の定だった。

「先輩ー」

 手を振って居場所を示すと、まっすぐにこっちに向かってきた。

「毎度、お疲れさんっす」

「お前もな。如月さんが、今回の事は上手く纏めるから呼び出しはしないってよ。…迷惑かけたな」

「いえ、お互いさまっス」

 俺も俺で先輩に迷惑を掛ける事、多々あるからなー。気にしていたらやってられない。

「竜也先輩は?」

「あいつは…どこ行った?」

 言われるまで気付いていなかったらしい。後ろを振り返って首を捻っている。

「まだ来てねぇか」

「まだですね。来ていたら騒がしいですから、すぐ分かるんですけど」

「そういえば、拓磨、あんた原稿で来たー?」

「下書きはな。ほれ、これだ。…村田、お前こそどうなんだ」

「行き詰り中ー」

 ノートと睨めっこしたまま、班長はそう答えた。

「少しは気分転換したらどうなのさ」

「引っ張られるー」

 俺は先輩に黙って肩をすくめてみせた。先輩も、俺を見て仕方がないな、って表情になって笑った。

 俺達は、班長をそっとしておく為に、近くの別のテーブルに陣を構えた。すぐにそれぞれの前には、互いの作品の下書きノートやメモなどが散乱する。どうせこうなるのが分かっていたから場所を確保したかったというのもある。

 で、いつまで経っても竜也先輩が来ない。いつもなら静かにしてなきゃいけない筈の図書室で随分と存在をアピールしている人がいないと、なんか変な感じがする。

「村田、やっぱり探してくる」

「でも先輩、途中で捕まっても俺知らねェっすよ?それに、あの先輩の事だからしばらくしたら来るんじゃないすか?」

「そうね、涼の言う通りかもね。拓磨、放っときなさい」


 で、それから数分後。

「ゴメーン、友達と長話していて遅れたー」

 悪びれも無くこう言って、俺達の使っている机の上に荷物を広げていく竜也先輩。

「龍川、お前の言った通りだったよ。心配した俺がバカだった」

 と、半ば怒っている様な拓磨先輩。

「さっさと仕事しなさーい」

 と号令をかける班長。この一言で、ガヤガヤと本日の部活が(ようやく)スタートした。

 ホント、開始まで何分かかっているんだか。

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