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双璧のカムイ  作者: あかいち
2.学園
9/22

雛田苺

 何事もなく過ごしていたら、もう四限目が終わるくらいになった。

 四限目は英語だった。まだ教科書の最初のほうのページで、今日はプリントを使いながらの授業だった。

 プリントには教科書に書いてあった内容のものの重要語句、和訳などが書いてあり、先生が丁寧に教える。公稀は英語が苦手な方だったが、まだ最初の方だからなのか、けっこう理解ができた。

 終わりのチャイムが教室内で鳴り響いた。

 なったとたんに、真剣に授業を受けていた生徒たちは、手を天へと伸ばしたり、前後の席の人を見たり、一気に気を抜いた。

「じゃあ、終わります。号令係の人」

 起立、礼。誰もが小学校時代から聴きなれている言葉でみんなが号令通りに動く。

「あ、光谷くん、だっけ?」

 教科書を片づけようとしていた公稀に先生が話しかけてきた。

「は、はい」

「さっき配って、回収した冊子なんだけど」

 授業の最初の方で、英語の先生が、たまに使うから失くさないように私が持っていく、と言って名前をペンで書かせて回収したのだ。

 なんとなく、公稀はここで、なにかをさせられると察した。

「先生、これから用事があるから、職員室前に持って行ってくれないかな? どこに置いておいてもいいから」

 案の定な発言がきて、公稀の机にクラス全員分の冊子が置かれた。薄い方なのだが、公稀の学年は一クラス四〇人なため、束になるとさすがに重さを感じる。さらに、冊子の表紙がつるつるしている感覚があったので、うまく持たないと、滑らせてしまって落ちてしまうだろう。

「わかりました……」

「よろしくね」

 すまなさそうな顔をしながら先生は教室から退散した。

「仕方ないか」

 静かに席を立って、冊子を持とうとしたら、視界の左の方から小さな手が伸びてきた。

「……!」

 すぐ横に隣の席の高校生と公言している小学生か中学生に見える少女――雛田苺がいた。

「手伝ってあげますよ」

 と、柔らかそうな声色を公稀の耳に聴かせ、積んでいる冊子の半分を持って、上目づかいを使って、こちらをみた。

(か、かわいい……)

 無垢な少女の瞳を向けられ、公稀は照れくさくなった。

「あ、ありがとう」

 なぜか断れなかった。

「はい!」

 元気よく返事をした少女の笑顔は、表現をすると単純すぎるが、とてもまぶしかった。

「どうしたんですか?」

 つい顔をにやけさせてしまった公稀は首を横に振って、机にある冊子を持つ。

「とりあえず職員室に向かおう」

「はい」

 ニコニコしている雛田はとても愛らしく、小学生にしか見えない。身長のことを言ったら泣き出しそうな気がしてちょっといいだし辛いな、公稀は身長の事は一切触れないようにしようと決めた。




 教室棟から渡り廊下を歩かないと職員室へはいけない。しかし、一年の教室のところには渡り廊下は無い。階段を降りて下の階からいかないといけないのがめんどくさいところだ。

「光谷くんはどこに住んでるんですか?」

「学校の近くの寮だよ」

「この学園は寮が男子寮と女子寮が1つずつあるんでしたっけ?」

「うん、そうだよ」

 月花学園には男子寮と女子寮が一棟ずつ存在する。しかし、部屋数が少ないため、寮に住む人は、特別な条件で認めてもらった人しかいない。公稀は豊沢市から離れた地域に住んでいるため、特別に許可が下りて、あの寮に一人暮らしをしていたのであった。

「私は近くに自分の家があるから、そこから通ってます」

「へえ。そうなんだ。いいなぁ」

「寮ってことは何か特別な条件で入れてもらえたんですよね?」

「まぁね。ぼくの住んでるところから、この高校は遠いからね」

「そうなんですか」

 雛田は詳しく聞こうとはしなかった。そこまで疑問に思ってないからだろう。

「あ、職員室前に着きましたね」

「そうだね」

 公稀は職員室前にある机の上に冊子を置いた。雛田も続いて置く。

「手伝ってくれてありがとう、雛田さん」

「いいんですよ。友だちですからね」

 友だち? 公稀はその言葉に反応した。

「友だちと、思ってくれてるの?」

「同じクラスにいるんですから、もう友だちですよ。迷惑じゃないならですけど」

 そう言って、こちらに向かって強力なスマイルを浴びせる。これは誰でもイチコロだろう。

「全然、迷惑なんかじゃないよ」

 ドキドキしながら、公稀は嬉しそうに返事をした。

「ぼくは嬉しいよ。雛田さんが友だちになってくれるなんて」

「そ、そうですか」

「うん! よろしく」

 公稀はすぐに右手を雛田の前に差し出した。雛田は驚いている様子だったが、すぐに笑顔になって、小さな右手で握り返してくれた。

「よろしくおねがいします」

 こんなところに天使がいる。公稀は雛田の笑顔に見惚れてしまい、ついそんなことを思ってしまった。すぐにその思いを消すように首を横に振って、握手をやめる。

「じゃあ教室に戻りましょうか」

 雛田が踵を返したとき、

「……あ」

 公稀はあることを思い出した。

(今は昼休みだったんだ!)

 昨日出会った桜子に呼び出されていたことを思い出した公稀は、近くにあった時計に目を向けた。

 まだ昼休みは一〇分程度しか経っていなかった。残り一五分ぐらいだろうか。

(まだ、大丈夫かな……少しぐらいだけど)

「どうしたんですか?」

 雛田が公稀が時間を気にして時計を見ていたところに気づいて、首をかしげながら尋ねた。とてもかわいらしい。

「これから用事があったんだ。ごめんね。教室に戻ってていいよ」

「私が手伝えることだったら、一緒に行きますけど……?」

 雛田さんはとても優しいな。公稀は純粋な心を持っている雛田に感心した。しかし、手伝えるようなことではないだろう。公稀はただ図書室へ行って、先輩に会うだけなのだから。

「ごめん。ちょっと呼び出されてるだけだから。気持ちは受け取って置くよ。ありがとう」

「そうですか……」

 雛田は少しだけ残念そうな顔をしている。公稀は少し悪い感じはしたが、

「じゃあまた!」

 約束を守らないといけないため、早歩きで図書室へと向かった。

「……」

 雛田は公稀の後ろ姿を見送った後、何も言わずに教室へと引き返した。ここで何を思ったのかは雛田自身しか判らないことだが。

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