桜のカムイ
「二〇一頁。栄光の花びら舞い散る刃、我の前に出でよ――」
桜子が指で文字をなぞりながら、なにかを呟いている。なにかの呪文だろうか。
「ぐおおおおおおおっ!」
悪魔が右腕を振り上げ、天井を破壊しながら、桜子を狙う。
「――宝刀“夜桜”」
「……!」
突然、文庫本のページからピンクの花びらが湧き上がる、教室内に溢れて行く。
悪魔の攻撃は桜に押されて届かない。さらには大量の花びらの押されて仰向けに倒れ、床を揺るがす。
(同じだ……!)
公稀はこの桜に呑みこまれる光景を見たのは二度目だ。最初に助けてくれた時の花びらの集まり。だが少しだけ違うような気がした。
どこか懐かしく思うこの感覚。
(すごく温かい)
桜の花びらは螺旋の渦を作り出し、風を巻き起こす。
「これより悪魔を――」
かすかに先輩の声が聞こえた気がして、公稀は目を開ける。
光の一閃が空間内で走る。
渦の中心が切り開かれ、中が覗けるようになった。中心にはもちろん桜子がいる。だが本を持っていない。代わりに、右手に日本刀のような刀を持っている。普通の剣でないことは見て分かる。
刀の斬光は桜色に輝き、刀身から桜の花びらのような光が漏れだしているのが見て分かる。ゲームの世界で言うと、妖刀のような部類に入るだろう。
桜子は精神集中しているかのように目を閉じていた。そして、ゆっくりと目を開く、眼光はとても鋭い。
「――消し去る!」
「ぐをおおおお!」
悪魔は桜子の言葉を理解しているかのように叫び、爪を光らせる。
桜子はすぐに右手に持った刀“夜桜”を翻して持ち、手を背中の方までまわしていく。
刀身に桜の花びらが収束していく。
桜の光弾へと変わっていく。
「奥義・桜花閃光刃!」
悪魔の爪牙が迫る寸前。
桜子は剣を前方へ横一文字に振るう。
光弾は悪魔の右腕の爪を砕く。
「ぐああああああっ!!!」
悪魔の腕を吹き飛ばして、光弾が腹部に命中する。そのまま悪魔を押し、廊下まで引きずり出し、最後には壁を打ち抜き、外へと飛ばす。
衝撃で天井が次々に崩れ落ち、床もボロボロになっていく。
「すごい……」
桜子の刀技に、公稀は圧倒され、腰を抜かしたのか、上手く立ち上がれない。
「まだ仕返しは終わらないわ」
床をはじくようにして、桜子はジャンプして、穴のあいた壁から外へ出る。
「まだ倒れているみたいね」
悪魔は相当なダメージを受けたのか、必死に立ち上がろうとしている。しかしまた地面へ倒れる。
「一気に終わらせたいから、最後ね」
桜子は空中で刀を振り上げる。刀身に花びらが集まる。今度は光弾にはならず、刀身の周りを高速で渦巻く。
「百花繚乱!」
悪魔にめがけて刀を振り下ろす。
竜巻のように渦を巻いた桜の花びらが刀から離れ、まるで大蛇のような長さの渦になっていき、悪魔を捉える。
「ぎゃああああああああっ!」
最後、悪魔は悲鳴のような断末魔を上げて桜に呑まれていく。桜の渦は断末魔をかき消し、悪魔ごと消滅させ、散った
桜子は軽やかに地面に着地をして、
「やっぱりそこまで強くはないわね」
と一言漏らした。
桜の花がセピア色の空から舞い降りてくる。その風景を桜子は見た。
「桜子先輩!」
三階の廊下から声が聞こえる。さっき壁に穴をあけたところから公稀が呼んでいる。
「わたしは大丈夫」
と、桜子は公稀には聞こえないような小さな声で言った。
左の手の平を空に向ける。そこに花びらが集まって来て、さっきまで持っていた文庫本の形状を作っていく。
そして、“夜桜”を出した二〇一ページを開いて、剣先からその本のページを突き刺す。すると、本のページに溶け込むようにスッと入っていった。
刀の柄まで本のページに入れると、文庫本には文字が浮かび上がってきた。
「戦闘終了ね」
空間が歪んでいく。セピア色の世界が変わり、普通の夕焼け色に染まった学校の風景へと変わる。
「先輩、これは……」
ちょうど公稀が駆けつけてきたのを桜子は確認した。
「悪魔が消えたから『結界』が消えたのよ。もう安心していいわ」
「そうですか……」
公稀はホッと胸をなで下ろした。なんだか夕日が懐かしく感じた公稀はふと校舎を見上げると、
「……壊れたところが直ってる……」
公稀が驚いている様を見て桜子は、
「さっき言ったわ。『結界』は隔離された世界。違う場所が壊れていたのよ。簡単にいうと、いままでいたところはカムイと魔族の戦場みたいなところ」
と答えた。
「じゃああの世界にいた人は……?」
公稀は止まっている生徒たちを見ていた。違う世界の人物なら、悪魔に食べられても大丈夫じゃないか、と思ったのだった。
「あれはただの人の魂の存在が現れただけ。カムイは現実で出現した空間の側に行かなければ人と同じように、あの世界では止まっているように見えるわ」
「へえ……」
「だから人はすぐに食べられてしまうわ。完全に食べられたら現実世界でも消えてしまう。カムイは例外だけど」
「……」
結局は死ぬのか、そういう事を知って落胆する。
「もう質問とかはないかしら?」
「ま、まだ……よくわかりません」
今にも消えてしまいそうな声で公稀は首を横に振って答えた。
「そう」
それだけ言って、桜子は踵を返した。
「どこへ行くんですか……?」
公稀が尋ねると、
「帰る」
と、学生では当たり前な返事がきた。
「えっと……」
「どうしたの?」
公稀は帰ると聞いて、少し言いだしづらいことがあるのに気付いた。
「制服……前が破れてるから……む……」
と目を反らしながら言うと、桜子はハッとして下の状態を見る。
「……更衣室で着替えてくる」
と、そう言って、腕で頑張って隠そうとしている。
だが、その行動で公稀は少し笑ってしまった。なぜなら、
(先輩ってそこまで大きくないんじゃ……)
「……なにか思ったでしょ……」
突然桜子から冷たく感じる言葉をかけられる。
「あ、あの。別に……」
公稀は必死に目を反らした。
今の桜子先輩のしぐさがかわいく見えた、とも思ったので言おうとしたが、まだ今日会ったばかりの人にそんなこと言うほどの根性は無いので言わなかった。
「……笑ったのが気になる」
桜子が顔を近づけてきて、公稀はドギマギする。とても近い。数センチくらいだろう。
「ホントに、なんでもありません!」
少し声が裏返り気味でそう主張した。
「それならいい」
顔を離して、桜子はそのまま昇降口に向かっていく。そしてチラッとこっちを見て、
「明日、昼休みに図書室へ来なさい」
そう告げて、姿を消した。
「ひ、昼休み……?」
なぜ誘われたかは知らないが、不安な気持ちがあるが嬉しい気持ちもあった。
「また明日も会えるんだ……」
そう思ったら、公稀はワクワクしてきた。この気持ちが消える前に早く帰ることにし、そのまま門へと向かった。
校門をでて数メートルで、公稀は桜の木の下にカバンを置きっぱなしだという事に気付いた。