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双璧のカムイ  作者: あかいち
1.出会い
3/22

糀桜子

 桜が視界を覆う。

 視界が明るくなってくると、風景が変わっていた。

 校舎の玄関前。

 桜子と公稀はそこにいた。いつの間にか。

「ほら、大丈夫」

 桜子は公稀の方に向き直りそう一言だけつぶやいた。とても優しい言葉。さっきまで抱いていた恐怖心を吹き飛ばしてくれる、温かい言葉。だが、どうして先輩がここに来たのか、今までの桜は何だったのか、公稀は理解できなかった。

「さっきのは一体、何なんですか?」

 公稀は疑問を桜子に投げた。桜子は表情を何一つ変えず、さっきと同じ感じの声でそっと答えた。

「公稀が知るようなことじゃない」

 桜子は踵を返して、また校舎裏の方へ向かおうとした。

「先輩! 校舎裏は危ないです! さっきの化け物が――」

「あいつは弱いから、大丈夫」

「え?」

 弱い? どうしてそういう事が言えるんだ。人を焼いて食べたんだぞ? 公稀は動揺を隠せない。先輩を行かせたら、あの化け物の爪でやられて、火で焼かれ、あの女子生徒のように食べられてしまうかもしれない。さっきまであった恐怖心がよみがえってくる。

「先輩!」

 公稀は桜子を止めようとして腕をつかんだ。

「なに?」

「なに? じゃないです! 先輩には死んでほしくないんです! さっきの化け物見たでしょ? 人を襲うんですよ? 逃げたほうがいいですよ!」

 公稀は必死に説得するが、桜子は表情を全く変えない。行くことを決定して、その思いを貫き通そうとしているようだ。

 桜子は公稀の手を払い、校舎裏を目指す。

「行っちゃダメです! 先輩!」

 歩みを止めない。

「先輩は死にたいんですか!」

 叫んでその言葉を放った時、桜子はピタッと足を止めて、公稀の方へ振りかえる。公稀はびくっとする。桜子の目を見て。

(本気なのか……?)

 怖気づく様子など全く見せていない桜子を見て、公稀は後ずさりした。なにか威圧感を感じた気がした。

 勘だが、公稀は桜子には何かあるのだろうと思った。さっきの桜も、先輩が来たときに舞い降りて、先輩の声とともに、視界を覆うほどの桜が舞ったのだ。

 桜子は一度ため息をついて公稀に歩み寄る。公稀は近づいてくる先輩にさえ恐怖を抱いた。

 先輩はもしかしたら、普通の人間じゃない。そう思い始め、近づくと何かされると思って、距離を取ろうとした。

「逃げないで」

 桜子から一言、冷たい声が発せられる。

(な、なんなんだよ……)

 体が小刻みに震える。桜子が近づいてくるほど、心臓の鼓動が速まる。目の前に立たれただけで死んでしまいそうな気さえした。

「……」

 桜子は歩みを止めた。公稀が自分が近づくほど離れていくのだから、当然だろう。

 そして、公稀は見た。桜子の表情が初めて変わったところを。とても悲しそうな目をしている。

「わたしが、怖い……?」

 桜子は左手を胸にあて、静かに公稀に尋ねた。

「……」

 公稀は答えられなかった。複雑な気持ちでだったからだ。最初の友だちがこの目の前にいる先輩の糀桜子だったが、人間とは少し違う、なにか違う存在と思い、今は恐怖心を持ってしまい、自分の答えが分からなくなってしまった。

「……そう」

 察したかのように、桜子はそれ以上何も言わずに校舎裏へ向かった。今度は公稀が止めに入ることは無かった。臆病だと、もう分かっていることだ。桜子先輩は友だちだとしても、今日会ったばかりだ。そこまで仲は良くないはずだ。止める義理なんかない、と決めつけてしまっていた。

(もう、先輩の勝手でいいじゃないか……僕は、関わることじゃないんだ)

 体がまだ震えている。早く逃げてしまいたい気分になっていた。

「さよなら、先輩……」

 曲がり角を曲がって、姿が見えなくなった桜子を見て、公稀はそういうしかなかった。公稀はゆっくりと門へと足を進める。

 このセピア色に塗りつぶされた空間。公稀は早く脱したかった。

「……!」

 門の前には数人、人がいた。だが、自分と桜子とは違い、セピア色の単色。この空間の一部になっていた。帰る途中なのか、友だちと話しながら歩いている風景。だが、止まっている。

「どうなってるんだ、よ……」

 校舎裏に行くんじゃなかったと思いながら、公稀はダッシュで校門を出で、自分の住んでいるアパートへと向かう。あそこに帰る頃にはこの空間から出られると思ったから。

 公稀は振りかえらない。化け物が襲ってくる恐怖がいっぱいで、振り向けば食べられるとしか頭に浮かばなかった。

(怖い……)

 助けを呼びたかったが、さっきの生徒の姿を見れば、他の人もあの状態になっているだろうと公稀は察した。

 無我夢中で走り続ける。道にいる人形のような人を避けながら、自分の住んでいる所まで走り続ける。




「結局、一人……」

 花びらがちらちらと舞う。桜子の歩みを優雅に魅せる。

「ぐおおおおおおおおおおおおっ!」

 黒い獣の化け物は桜子の存在に気づき、威嚇しているのか、咆哮する。

「すぐに片づけてあげる」

 そう言い、桜子は空色のブックカバーの文庫本を開いた。

「六三頁、闇を縛る壮麗たる鞭――」

 本のページの文章を読み上げてるのか、瞳を閉じて、一文を右手の人差指でなぞる。すると、桜子のなぞった文字たちがピンク色に輝きだした。そして、桜子は勢いよく指を離すと、ついてくるように、文が、線のように連なり、指がペンになったかのように、桜子が指を動かす方へついてくる。

「ブロッサム・ウィップ」

 ピンクの文字たちは、ペンとなっている指から離れ、化け物の方へと飛んで、周囲を回る。化け物は何事かと、線となっているピンク色の文字たちを見回す。

「――収束」

 桜子がつぶやいた瞬間。ひも状となった文はどんどん長くなり、化け物を囲み、一気に化け物を縛る。

「ぐおおおっ!」

 化け物は驚き、し腕ごと縛られた体のバランスを失いその場で倒れこんだ。結構重かったのかかなり揺れた。地面にも化け物の周りにひびが入っている。

「こんな程度で手こずるはずはないわ」

 文庫本を閉じて、桜子はほっと息をついた。だがそれは一瞬だった――。

「ぐぅをおおおおっ!」

 さっきまでとは違う雄たけび。周りに響く。倒れた時と同じように地面が揺れる。

「!」

 なんと、化け物が、桜子の出した文字を引き千切ろうとしていた。ビシビシと音を立て、千切れていく。

「なんて力……!」

 桜子は再び本を開いた。逃げはしない。逃げたら逆に隙を作って、負けてしまう。戦うしかなかった。急いで読み上げようとしたページを広げる。

「ぐおおおおお!」

 ひもを引きちぎった化け物は一気に桜子へと迫る。腕を振り上げ、桜子を標的に狙う。

(間に合って!)

 すぐにそのページに書いてある内容を読もうとする。

「二〇一頁――」

 指で文章をなぞる。読み上げようとしたが、遅かった。

「ぐをぉぉぉおおおおお!」

 鋭い爪が桜子の腹部を捉えた。

「……かはっ!」

 腹部をえぐる。

 桜子は化け物に吹き飛ばされてしまった。鮮血がセピア色の世界桜子と共に舞う。そしてそのまま下へと叩きつけられた。

 叩きつけられた衝撃と、腹部を切り裂かれた痛みが同時に起こり、体が痺れ、少し痙攣けいれんを起こした。体が思うように動かない。

(たった一撃でここまでやられるなんて……)

 血反吐を吐きながら、力を振り絞って立ち上がろうとする。しかし、桜子はうまく立ち上がれなかった。痙攣しているためか、感覚があまりない。痛みの方がひどいからかもしれない。口の中が鉄のような味で広がる。

「ぐおおおおおおおおおおおお!」

 勝利したと思ったのか、化け物は大きく叫んだ。遠くまで響くような声。

「あ……あぐ……・」

 桜子は言葉もうまく出せない。

(まだ、始まったばかりだっていうのに……)

 必死に落としてしまった本を手に取ろうとするが、力が入らない。

(もう、だめ、か……)

 “諦める”という言葉が浮かんできた。桜子は必死に伸ばそうとしている手を止めた。こんなに血があふれて、弱った体で、どう戦えばいいのか、桜子には頭に浮かばなかった。

(結局『あの人』のようにはなれない……)

 小さい頃に会った人。桜子の頭の中に、その人の笑顔が浮かんだ。自分を支えてくれた人。最後まで守ってくれた人。ずっと憧れていた。

(あの人のようになるために『カムイ』になって、ずっと戦って行こうと思えたのに、最後は一人で……死ぬんだ)

 温かいものが目から流れてくるのを少しだが感じた。

 泣いてしまったのか、と桜子は悔いが残った人生を見つめるのはもう嫌だと思い、目を閉じた。

 音は、ずっと、化け物の叫ぶ声だけが辺りに響いている。

(あの子……公稀。わたしの側に……いてくれる人だと思ったのに、結局、離れて行っちゃった)

 桜子の心の中に、公稀の姿が浮かんだ。

 桜の木の下で出会った少年の顔。会ったときから、桜子には公稀が特別な存在だとなんとなく感じていた。しかし、もうこの場にはいない。

(さよなら)

 声に出ない言葉を心の中でそう公稀に言った。

「……死んじゃだめだ!」

 突然、聞いたことのある声が桜子の耳に入ってきた。聞き覚えのある声。さっきまで怯えていたような声。なぜかとても懐かしく聴こえた。

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