認識
「その、雛田さんのことですけど……、」
オムライスの最後の一口を飲み込んだ後、公稀は報告を始める。桜子はオムライスの皿の横にある水の入ったコップを手に取り、少しだけ飲む。
「特に変化はありませんでした。いつも通りに学校生活を過ごしていました。友だちと楽しくやっていました」
「それなら、学校が原因ではないようね」
桜子は真剣な表情をして報告に対しての答えを出した。
「もし学校が原因だったらもう心の闇が暴走を始めて、大変な状況になっていたわね」
「でも、暴走したとしても、桜子先輩は校舎内ですから、すぐ助けにいけるんじゃないですか?」
「確かにそうだけれど、どれだけの強さの敵が現れるか判らないわ。結界の中にいるのならまだ安心――とは言い切れないけど、まだ被害が小さめで助かるけれど、一気に成長されて、ナイトウォーカーのような強力な魔族までなったら、結界の外へ出て、人々を殺してしまって、元も子も無くなる」
「学校ですよ? すぐに駆けつけれます」
「学校だからよ」
公稀に言い返すように桜子は続ける。
「学校だからこそ危険なのよ。外じゃないのに、一つの建物に何百もの人が生活を送っているの。すぐに全員殺されてしまうわ」
「た、確かに……」
「それに、高校生くらいになると、精神が不安定になったりする人だっているわ。未熟な心だからこそ、さらに危険なの」
「そうですね……」
全員が心の闇に染まっていくのを公稀は想像してしまった。みんなが悪魔を出現させてしまったら、あの学校で唯一のカムイの桜子でさえ刃が立たないだろう。
「学校でないのなら、家族かしら?」
「え?」
桜子が違う案を言った。
「家族?」
「ええ。両親に反抗したい気持ちを持ったりするのもあると思う」
そんな子には見えないと思い、公稀は首を横に振った。
「それはあり得ませんよ。雛田さんはそんな悪い子じゃないですよ」
そう言うと桜子はムッとした顔になる。公稀はビクッとして縮こまる。否定したから不機嫌になったのだろうか。
「雛田さんのことなんでも知ってるのね」
「なんでもでは無いですけど……」
「……」
また無言。怒らせてしまったらしい。
「な、なんか……すみません」
公稀が謝罪すると、桜子は一回咳払いをして、場の空気を正そうとした。周りとこの席の空気の差がかなりある。公稀はとても気まずく感じでいた。
「あなたは、知ったつもりになってるだけ」
「知ったつもりって……?」
「雛田さんの事を知ったつもりになってると言っているの」
「そ、そんな!」
思わず公稀は声を荒げて席を立ち上がりかけた。だが、周りにあまり注目されたくないため、すぐに席に座って、おとなしくする。
「わたしは雛田さんを見たこともないだろうから、知らないのは当然。でもあなたは知っている。でも雛田さんの事は知っていない」
「どういうことですか……」
明らかに矛盾していることを言っている。
「なら少し質問するわ」
矛盾していることは言っても、桜子は真剣だった。何もかも判っているかのように。
「あなたの事を知っているのは学校の人たちの中でいるの?」
「そ、それはいるに決まってますよ。クラスのみんなも、友だちになった訳じゃないけど、ぼくに気づいていてくれるし、桜子先輩だって……」
「『認識』だけではないの? 雛田さんも」
「認……識?」
公稀の心の中で何かが響いた。いや、痛みを感じたのだろうか。
「そう。クラスの人たちはあなたの存在は知っていてもあなたについて詳しくは知らない。ただの存在の『認識』。それだけじゃないかしら? 雛田さんとは話したことがあったとしても、お互い詳しく話したのかしら? 少しだけじゃない?」
「そんなことは……」
「わたしだって、あなたの事なんかくわしく知らないわ。あなたの母親がわたしと出会ったことがあるのは確実みたいだけど……」
「! そういえば、桜子先輩、どうして僕の母親と、」
「今はその話はしていないわ。早く解決して、ナイトウォーカーを消さないと」
そう言い残して桜子は立ち上がり、どこかへ行こうとする。
「先輩……?」
「今日は来てくれてありがとう。また学校で」
代金は自分だけのを払ってくれればいいわ、と言って店の奥へと姿を消した。
「…………」
気落ちしていた。桜子の言葉は公稀にはとても痛かった。ゆっくりと席を立って、会計を済ませようとする。
(確かに、僕は雛田さんのことはあまり知らないのかもしれない。……桜子先輩も)
会計をしている店員の明るい声も全く癒されるほどではない。初めてだったコスプレ喫茶は、テンション低めで後にすることとなった。




