下校 ①
「……」
授業が全部終わり、教科書類をカバンにしまっていた公稀は、未だに昼休みの出来事が忘れられない。
どうして桜子は、公稀の母親の形見を狙ってきたのか疑問に残る。そのことがいっぱいで、昼の授業は何一つ集中できずに終わったのだった。
いつもは周りの人に視線を向けられるのが嫌だからという理由ですぐに用具をしまって、この教室から退散していたが、今日は周りの事より、桜子との一件の方が印象に残っていて、用具をしまうペースが遅い。女子グループが何かの話題で笑っている。自分の事じゃないかなとはいつも思うが今回はどうだってよかった。
カバンを持って、教室を出る。桜子が待ち伏せをしていたりするのだろうか、と思いながら周りをキョロキョロしながら廊下を通って、自分の教室から離れたほうの階段を利用した。一歩一歩進んでいき、3階に着いた。ここの廊下は二年生の廊下だ。下手をしたら桜子と出くわしてしまうだろう。襲われることはないだろうが、一緒に帰ろうというような感じに話が進んでいってしまうだろう。
すぐに下の階へと続く階段に足を着けようとした時、どこかで聞いた声が聴こえた。やわらかい感じの高い声。かすかに聴こえた。
「雛田さん?」
3階には二年生の教室があるが、そのほかにも美術室があり、二年生や三年生が授業で使う。一年生には美術の授業は無いが、文化系部活に美術部があるため、絵を描きたい一年生はだいたい美術部に入部していた。美術室の方から雛田の声が聴こえたのだから、雛田も美術部へと入部していたのだろう。
姿を見るために少しだけ覗いてみた。運がいいのか悪いのか、美術室から出てきたばかりの雛田と目があった。
「……光谷くん!」
雛田は驚いてしまったのか、手に持っていた丸めていた画用紙を落としてしまった。
「ど、どうも」
話すつもりはなかった公稀は焦ってしまって、逃げるのもおかしいかなと思い、とっさに雛田に近づいた。
「あはは、奇遇ですね!」
笑顔を見せながら落とした画用紙を拾った。輪ゴムで止めてあった画用紙はそのまま雛田の両手に戻った。
「美術部だったんだね」
「はい。今日は新入部員に自由に水彩画を描いてほしいという課題を出されたので、描かせてもらったんです」
「水彩画?」
「はい」
返事をした雛田は輪ゴムを取り、画用紙を広げて見せた。
「おおっ!」
公稀の感性は素人並みぐらいかもしれないが、凄く上手いというのが正直な思いであった。
雛田の描く水彩は、風景画と言えるほど絵であった。自由に描いてと言った先輩方はどう思ったのだろうか。風景を見ずにこれだけのものを描ける雛田がすごいと思った。
その風景は森の自然を魅せるような絵だった。森林の中に小川が流れていて、きれいな流れる音が聴こえてきそうだ。小川は絵の前の方にありバックは何本かの針葉樹、それに青空に白い雲。針葉樹はゆるやかな風に葉を揺らがされているような感覚を持たせる。青空の雲も流れているように見えてきて、森林の自然さを小川と一緒に引き立たせてくれている。そして、中央には白いワンピースを着た黒髪の少女がたたずんでいる。とてもかわいらしい。
「上手いね。才能があるんじゃないかな?」
「そ、そんなことないですよ」
はにかんだ顔を覆い隠すように画用紙に顔を埋めた。
「すごく自然な感じで、少女もここで立っているのがなんだかマッチしているっていうか……」
「そ、そんなに褒めなくても……」
公稀の言葉に雛田は困ったような顔をして、照れ隠しなのか画用紙をすぐに丸めだして、輪ゴムで止めた。
「そうだ。途中まで一緒に帰りませんか? せっかく友だちになれたんですし」
「え?」
突然の雛田からの誘い。一瞬戸惑ったが、友だちという言葉に反応し、
「うん! いいよ!」
すぐにオーケーした。
「同じ道なの?」
「はい。学校の寮のすぐ近くですよ」
「へえ」
校門を出て、二人は同じ方向へ歩く。
「光谷さんはもう学校生活慣れました?」
話題作りのために雛田は公稀に質問した。しかしその質問は公稀にとっては痛い話だ。
「そこまでかな。仲いい人とかまだできないしね」
「じゃあ私が初めてですか?」
「そうだね。雛田さんが初めての友だち」
「それは嬉しいです」
まぶしい笑顔を見せられ、公稀はドキッとした。すごく癒される笑顔だ。




