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双璧のカムイ  作者: あかいち
1.出会い
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桜舞い散るプロローグ

 桜が満開の季節。

 高校の入学式と始業式を終えてから、一週間が過ぎるくらいだろうか。

 この日本にある東京のどこかの場所、そしてその場所にある、月花(げっか)学園高等学校。ここに通う光谷公稀(みつたにこうき)は、ただ普通の生活を送っている――と考えたかったが、

(友だちとか、ぼくにできるはずないか)

 と、人間関係について悩んでいた。

 知り合いはこの高校にはいない。




 公稀は三月下旬に、この土地に引っ越して来たのであった。理由は親戚のおじさんが一人立ちをして、将来のために成長していきなさい、とのこと。

 少し茶色がかったショートの髪をかきながら、公稀は一人で校舎裏にある桜並木の方へと歩む。

 公稀がまだ小学生になる前の頃、両親は亡くなったと聞かされた。残っているのは、母の形見の十字架のネックレスだけ。中央には透明でとてもきれいな宝石がついている。

(母さん。よく覚えてないけど、これをいつも大事そうに持っていた気がする)

 形見だからと、公稀はいつも身につけている。学園の校則は知らないが、違反だとしても、公稀は持っていくつもりだった。

 ネックレスを見ながら、公稀は故郷を思い返す。海の近くにある田舎だが、とてもいい思い出がたくさんある。親戚のおじさんに預けられて、小学校、中学校と進級し、今に至る。




 新生活にワクワクと緊張感があるスタートを切ったこの高校生活。スタートダッシュは一人だった。

 昼休みはみんな友だちと話しながら昼食をとっていて、公稀はそれを見るのが息苦しく感じて、今目指している、校舎裏の桜の木の下で、コンビニで買ってきたサンドイッチを食べようと考えた。

 コンビニの袋から、包装されているタマゴサンドを手にとった。

 満開の花を咲かせる木の下で座り込んで、タマゴサンドを口に運ぶ。

 青い空が広がる、あたたかで静かな場所。春気分を味わいながら食べていると、お花見にでも来たかのような気分にもなった。公稀一人しかいないが。

「なかなか、いいじゃないか。この場所……」

 ピンク色の花びらが舞い散る。一人だけでも別にいいじゃないかと思わせられるほど、気分が良くなる。とても解放感があって、心が満たされる気分。

「……?」

 静かに花びらが舞っているのを見ていると、後ろの方から聞いたことがあるような音がした。そう、この静かなときによく聞く音。

(本のページをめくる音?)

 来たとき、誰もいなかったと思っていた公稀は少し恐怖を感じた。幽霊を信じてるわけじゃないが、それでも不安感を抱く。

 おそるおそる、座っている反対側の方を覗き込む。

 人がいた。しかも女の生徒。

 セミロングの黒髪。足や手も細く、きめ細かな、きれいな白い肌。顔は見えないがとても美人な気がして、公稀は少しドギマギした。心臓の音も高鳴る。

 文庫本サイズの本を片手で持ち、桜の木にもたれかかり、何も喋らず、ただ静かにたくさんの文字たちをずっと見続けている。

(静過ぎて気付かなかったな)

 ちょうど木の陰に隠れてて見えなかったのだろう、と公稀は勝手に納得する。

 風が少し強く吹いてきて、女子生徒は髪を右手で抑える。

(か、かわいい……)

 そのしぐさにドキッとした公稀は、大変なことに気付いた。

 自分は座りながら反対側を見た。だが彼女は立っている。女子の制服の下はスカートだ。

 だが時すでに遅し。

 そう思ったらつい目線が下の方へ向けてしまって、公稀は後悔した。

(しまった……)

 スカートの中が見えてしまって、公稀はすぐに目線をそらす。

(気付かれてないよな……?)

 とっさに木の陰に隠れた公稀はほっとした気分になったが、

「ふぅ」

 高く美しい声と本を閉じる音が一瞬聞こえてきた。

「……!」

 公稀の頭になにかがあたった。上を向くと、彼女が本を持って覗きこんでいた。本で軽く叩いたのだろう。

(バレたのか!? これは、怒られる!)

 恐怖心があふれ出る。

 高校生活が始まって一週間。ここでゲームオーバーになるなんて、公稀は夢にも思わなかった。

「……すとらいく」

「……え?」

 彼女は、少し微笑んだ。黒い瞳が優しげに見える。彼女の言葉はよく分からなかったが、本を公稀の頭にあてたことを言っているのかと解釈した。

 彼女は両手を上げて空に向けて伸ばし、背伸びをした。空色のブックカバーを付けている本の位置が太陽と重なっていてまぶしい。

「君の名前は?」

「ぼく?」

 自分しかいないのになぜか聞いてしまった。だが彼女はなにも言わずにうなずいた。

「光谷公稀、です」

 顔が熱くなるのを感じる。照れてしまっているんだなと自分で分かる。彼女にも分かるかもしれない。公稀はそう思って、視線をそらしてしまった。

「じゃあ、公稀って呼ぶね」

 落ち着いていて、優しさを感じさせる声が彼女から発せられる。

「え、はい……」

 公稀はドキドキしすぎて、緊張感がかなり高まっていた。彼女は落ち着いているというのに。

「わたしは、糀桜子(こうじさくらこ)。……二年生」

「せ、先輩ですか!?」

 先輩ならなおさらやばいじゃないか、と分けのわからないことを思いながら、スカートの中を見てしまったことを後悔する公稀だったが、桜子は何も知らないかのように微笑んだ。

「上下関係とかはいい。わたしのことは、桜子と呼んでくれていい」

 と丁寧にそう言った。

「さ、桜子……先輩」

 さすがに上下関係は気にしてしまう。それにしても、

(スカートのことは、気づいていない?)

 そう思うと安堵の息が漏れてしまった。

 色々考えているうちに、桜子は踵を返して、校舎の方へゆっくりと歩いていく。

「あ! あの……!」

 引き留めようとした自分に公稀は驚いた。今出会ったばかりで会話というものは少しで、さっきの桜子の言葉で終わっていただろうに。だが、この不思議な感覚を感じていたら、公稀はまだ会話を終わらせたくないととっさに思ってしまった。

 公稀の声に気づいて、桜子は振り向いた。

 その光景を見て、公稀の心が何かが動かされたような気がした。

 桜の花が舞い、桜子と重なり、まるで美術作品の絵を見ているかのようだった。

「……公稀。またね」

 そう一言を言って、桜子は小さく手を振った。

「……はい」

 公稀はその姿に見惚れてしまい、自分が手を振りかえしているのかよく分からなかった。

(なんだろ、この気持ち。……この先、高校生活を満喫できそうな……そんな感じだ)

 ウキウキする気持ちが溢れる。この月花学園での初めての友だち。それで嬉しく思っているのだろうか。

「またね、って言われたから……また会えるんだ……初めての友だちに!」

 公稀はドキドキしてしまい、つい顔がにやけてしまって、気持ちが抑えられない状態になっていた。



 だが、この時の公稀は、自分の周りの世界が一変するとは、知る由もなかった。

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