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[捌] 傍目八目 の 8。

「ちょーっと待てい!」



 威勢のいい声が廊下のいっぱいに響く。


 

「俺の存在、無視るんじゃねーよ!」


 廊下の奥から近づく紅い光を見て、夏生が舌打ちする。

 

「なんだ秦山はたやま、いたのか」


「なんだとはなんだ。貴様!」


 紅い光に照らされているのは、体格のいい大男だった。


「いや、気配が感じられなかったので」


 夏生がつんけん云い返す。


「妖魔に悟られないように気配を気配を消すことは基本中の基本だろうが! それに・・・」


 秦山はびしぃっと夏生を指す。

 

「いい加減、そのため口をどうにかしろ! 俺はお前より先輩だっつの! どういうしつけ受けてるんだ!!」


「そんなのどうでもいいじゃないか、秦山」


「だから、俺はお前の先輩だ! 呼び捨てするな!」


「騒ぐな。『他の』が引っ込むだろう」


 もううんざりという顔で、夏生がため息をつく。

 

「これぐらいで引っ込むなら、生徒会が代々妖怪退治なんてやらないだろう?」


 噴火山のように熱気を上げる秦山を見上げ、アキラがポカンとする。


「妖怪退治・・・?」


「ほら秦山、あまりのネーミングセンスの悪さに、小学生が凍っているぞ」


「いや、ふつーは、現実にありえないことだと途方にくれていると推測するだろ」


 そう云うと、秦山がしゃがんだ。

 その風圧に思わず目をつぶってしまったアキラが、目を開けると、目の前に秦山のごつい顔があった。


「いいか、ちび。この学校はさっきみたいな妖怪がうじゃうじゃいる。

 それを生徒会でチームを組み、征伐しているのが『文部』と、俺たち『体部』だ。

 因みに、俺はその『体部』の部長」


 ふ、と夏生が失笑する。


「そこ、『因み』じゃなくて、それメインでしゃべってるんだろ、体部長。」


「んん? 俺が自慢しているような云い草だな?!」


「その通りじゃないか」


 しばらく睨み合う二人、秦山が立ち上がる。


「こんな馬鹿、相手にしていてもしかたがない。

 お前、名前は何ていうんだ」


 秦山に気おされながら、アキラはやっと声を出す。


「・・・アキラ、です」


「ほう。あきら、か。

 どっかの馬鹿と同じ名前だ」

 

 にやり、と秦山が夏生を見やる。

 ぎろり、と夏生が秦山をにらむ。


「馬鹿とは、全国のあきら君に失礼だ」


「それはすまないな」


「反省しているなら、目の前のあきらに土下座しろ」


「ああん?!」


 鼻と鼻をくっつけあうようにして睨み合う二人の間に、アキラが割って入る。


「いえっ、僕のためにそこまでしなくていいです!!」 


 ち、っと舌打ちして、秦山が夏生からアキラに目を移す。


「んじゃ、苗字は?」


 秦山の興味津々な視線にドギマギしながら、アキラは答える。


「苗字は・・・」


「しっ」


 喃が制する。



 

「来たよ、新しいの」




 ぴくっと夏生の耳が動く。


「秦山、」


「呼び捨てにするな」


「来る。次のが」


「ん・・・わかってるぞ、それくらい! ちょいとやっつけてやらぁ!」


「いや、やるのは俺だから」


 夏生が構える。


「これは俺のだ」


 夏生に向かって秦山が構える。


「俺が先に気づいた」「お前が気づく前に気づいた」


 お互い一歩も譲らない状況で、喃が諌める。


「くだらんことで気力を使わないでください。

 全くふたりとも子供なんだから・・・」


 ふ、と夏生が目をそらした。


「・・・どうぞ。」


「よっしゃ!」


 ガッツポーズをして気配のする方を向いた秦山だが、ふと振り返って、びしっと夏生を指す。


「『負けるが勝ち』なんて云うなよ」


「云ってほしいのかよ」


 夏生は腕を組んで憤然とする。


「よぉし、来い!!」


 云うなり秦山は、剣をすらりと抜いて構えるようなしぐさをした。

 手には何も持っていない。


「あのハタヤマさんも、ナツミさんと同じように、呪文で妖怪を倒すの?」


 アキラが、傍らの夏生に聞く。


「いや、あいつは『剣』だ」


 秦山から目を離さずに、夏生が答える。


「亡者――お前の云う『妖怪』は、よほど攻撃的なものでない限り、こんな闘志バリバリのWelcameな雰囲気のところには出てこない」


「じゃあ、今来る妖怪、いや、モウジャって、すっごく攻撃的なの?」


「ああ、そうらしい。このまま、こちらに来なければいいのだが・・・」


 夏生らしからぬ気弱な発言に、あれ??とアキラは首をかしげた。


「秦山を始めとする『体部』が相手にするのは、そういった超凶暴なモンスター系とみなされた亡者たちだ」


 夏生が、ふっとアキラを見た。


「云っとくけど、俺は亡者を倒すことはしないし、妖怪とも思っていない」


 その目があまりに無表情だったので、アキラはぞっとして頷くこともできなかった。

 そんなアキラから視線を上げて、夏生は呟いた。



「ちっ、来た」





 かさこそと闇の中から音が近づいてくる。


 秦山の炎が、ぐわっと燃え上がる。


 その紅い光に照らされたのは、天井にしがみついてテカテカ光る、等身大の大きなゴキブリだった。


 その頭に、乱れたおかっぱの童女の顔が付いている。


 思わず夏生にしがみつくアキラ。


 食い入るように、津々と見つめる夏生と喃。


 そして、武者震いをしてニヤリと笑む秦山。



 ゴキブリの体である童女は、白目をむいたまま、ぶつぶつと何かを呟いている。


 しかし秦山は、その呟きに耳を傾けない。



 童女がゴキブリの肢を動かすと同時に、秦山が彼女を指した。


 そのとたん、女がくぐもった声を上げ、肢を引っ込める。


 様子がおかしい。


 全ての肢をばたつかせているのにも関わらず、その体は天井から落ちてこない。


 まるで、生きながらゴキブリの標本になったかのようだった。



「ハタヤマさんの『剣』は見えないんだ」


 アキラの漏らした言葉に、夏生がほほうと感心する。


「そうだ。やつは気力で『剣』をつくり、操る」


「そう、俺の宝刀にかなう奴はいないぜ!」


 夏生とアキラの会話を耳に挟んで、秦山が振り返る。


「お前含めてな!!」


「いいから、前向け。」


 向き直る秦山の背中を見ながら、夏生が腕組みをしたまま呟く。


「『妖怪』を切り殺す・・・『体部』の輩はそういう倒し方をする」


 見上げた夏生の顔は、悲しげだった。



 秦山はすっと腕を引き、童女に向かって十字を切る。

 その腕の動きと共に、彼女の体がぱっくり割れる。

 見えざる剣に裂かれた彼女の体は、断末魔の叫びを残して、廊下の床に崩れ落ちた。

 

「ひゅぅっ♪ いっちょあがり!」


 再びガッツポーズをとる秦山の後ろで、夏生が目を閉じて、静かに「ヱん」と唱える。 

 童女の体が炎に包まれ、焼き尽くされる。

 しかし、先ほどのように、光が出てくることはなかった。 


「ま、こんなもんだ」


 得意顔で秦山が振り返る。



「それくらいで自慢するなよ、体部長」


「・・・すごいですね。あっと云う間だ・・・」




「まだだよ」


 喃が目をぱちくりさせて、三人を見上げる。


「まだだそうだ」


 夏生が秦山に釘を刺す。


「まだ、いっぱいくる」


「ええっ、まだいるの?」


 アキラが不安げに夏生を見上げる。


「聞いたろう。

 この学校にはうじゃうじゃ出るって」


 アキラをもっと不安にさせるのを楽しむように、夏生はニヤリと笑った。





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