表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/12

[伍] 五里靄中 の 5。

 「はい、ここに。」




 返事をしたのはアキラではなく、アキラより随分幼い子供の声だった。


 高校。しかも、夜の満咲高校の廊下で子供の声がするとは、体をよじりまくっていた化け物がいるのと等しく奇妙な事態である。

 


『まあ、めずらしい・・・』


 女がぐるっと首を回転させる。首をかしげるといったところか。

 

『いままで気配を殺していたのに、きゅうにしゃべりだすなんて・・・』


「あれ、いるのバレてました?」


 親しい大人と喋るように、子供が笑う。

 その声は鈴の音とまがうほど愛らしい。


『何か、こそこそとはいまわる、ネズミみたいなものがいるのは感じていたわ・・・』


 独り言のように、女は続ける。


「ネズミかあ、それはあんまりだあ」


 声は、廊下の先、靄の中から聞こえてくるようだった。

 女はじっと、その方向を見つめている。


『そうよ、あなたたちは息をひそめて、まちぶせしているの。

 まちぶせて、わたしたちを殺そうとしているの・・・

 みっちゃんも、たっちゃんも殺された・・・

 そうよ、そうよ・・・』


 黒髪の隙間に、鋭い牙が覗いた。


『あなたたちは人殺し・・・っ!』


 そう呟いた途端、女の髪がぶわっと宙に広がり、その長く細くねじれた体が露わになった。

 まるで、黒い翼の生えた蛇のようだ。

 

『わたしがこんな姿になったから、

 見るにたえない姿になったから、

 殺しにきたのね・・・!!』


 叫ぶ口から、燃えるような紅が見える。


「いえ、違います。

 殺しに来たのではありません」


 子供が静かに応える。


『いたくてここにいるわけじゃないのに、

 きたくてここにきたわけじゃないのに、』


 女がまた身をよじりだす。


『いきたくてここにいるわけでも、

 死にたくてここにいるわけでもないのに!』


 彼女が怨の言葉を繰り返すたび、体をねじるたびに、彼女の体が伸びていく。


『わたしは、わたしは・・・

 こんな体になりたかったわけじゃないの

 殺されるために生まれてきたんじゃないの

 くるしむためにいきているんじゃないの!』


 着物から覗く手、左右に振る首筋に、鱗がぞわぞわと生えはじめる。

 両眼の中の瞳は、縦に細長くなる。

 彼女の言葉が、彼女の体を変化へんげさせる「呪」になっているのだ。



『ああ、くるしい

 くるしい

 くるしい

 くるしいのぉぉぉぉぉっ!!』



 喉が裂けんばかりに叫んで、ぴたりと前に向き直る。


『くるしくてたまらないの』


 繰り返し。

 この女はずっと同じことを繰り返し云っているだけ。

 同じ時を繰り返しているだけ。


 生きるのが苦しい。

 でも、シぬのが嫌だ。

 しかし、生きるのが苦しい。

 それでも、シぬのは嫌だ・・・。

 

 彼女はこの終わりなきスパイラルから、自力で脱出することが不可能になっている。だから――

 

「もう、終わりにしましょう」


 靄の向こうから、歌うように語りかける子供。


『殺さないで』


 後ずさる女。

 

「私たちは、殺しに来たのではありません。

 あなた方のように苦しんでいる人たちを、

 出口へ案内するだけなのです」


 声が聞こえているのかいないのか、女は、なお後ずさる。


『いや、いや、殺さないで・・・』


 そんな女に、ゆっくり、噛み砕くようにして、子供が云った。


「いかな私どもでも、死んだものは・・・・・・殺せません・・・・・



 女の目が、口が、ぱくっと開く。

 同時に、廊下を絶叫が貫いた。


 

 びりびりと廊下の窓ガラスが震える。



 悲鳴を上げたまま、女が突進する。  前方へ、子供の方へ。

 すると、あたりの空気に衝撃が走った。まるで、放電のような、一瞬の炸裂だ。


『 っ!!』


 声にならない悲鳴を上げたのは女だった。

 火花をまき散らしながら、弾かれた体を後ろに倒した。


『かべか!?』


 戸惑って、前を向く。

 しかし、そこには何もない。ただ靄が漂っているだけ。



「今だ、夏生なつみ!」



 子供が叫ぶ。はっと女が振り返る。




 後ろから人影が、女に切りかかるところだった。



 

 

 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ