[四] シ中求活 の 4。
進む廊下の奥に、緑がかった光が見えた。
(非常灯・・・)
その仄かな光にほっとした途端・・・薄明かりの下で、幽かにうごめくものが見え、反射的にアキラは警戒態勢に入る。
頭では、クラスメイトがいたずらしているかもしれない、とか、警備員かもしれない、とか考えようとするのだが、体――本能が危険を察知して硬直する。さっき、門のところで感じた、ただならぬ感覚だ。
もっとよく見ようと目を凝らせば凝らすほど、視界がぼやける。頭を振って、改めて周りを見渡すと、辺りにうっすらと白い靄が漂い始めているのに気づく。
靄は次第に濃くなり、辺りが乳白色となる。
(なんなんだ、いったい・・・)
自然と姿勢が低くなり、壁にへばりつく。
ドキドキする胸を押さえて、非常灯の明かりの方を、じっと見まもる。
すると靄の奥に、ゆらり、と人影が現れた。
人影はゆっくりと、アキラの方へ近づいてくる。
髪が長く、異常に長く、まるで頭から黒いワンピースを被っているように見えるほど長い。それがぼそぼそと呟きながら廊下を進んでいく。声音からして、若い女だ。
靄は、極微小な羽虫のように宙を自在に舞う。靄は彼女の周りが一番濃い。彼女の漏らす声に、靄がたかっているのだろうか。さながら、虫の屍骸に群がる蟻の如く・・・。
不意に、女が歩みを止めた。
それはアキラの前だった。
アキラはじっと、食い入るように、女を見つめる。
(どうするどうする・・・)
バクバクバクバク脈打つ心臓の音を漏らさじと、息を止める。
静止するアキラと女。
動くのは、靄だけ。
耳が痛いほどの静寂。
唐突に女は云った。
『・・・くるしいの』
溜息のような女の声に、アキラは飛び上がりそうになるのを懸命にこらえる。
『くるしくて、くるしくて、』
云ううちに、口調が激しくなる。女が身をよじる。長い髪が乱れて、靄に舞う。
『くるしくてくるしくてくるしくてくるしくて』
よじってよじって、1回転、2回転・・・これはもはや人間業ではない。
とっぴな状況で思考が麻痺し、アキラはただただ、ねじれていく女を見ていた。
『くるしすぎて、』
ぴたりと動きが止まる。
『たまらないの』
ぐるりと体を回して、前――進行方向に向き直る女。
すだれのように垂れた髪の中で、女の横顔がふいに歪む。
『・・・そこに、いるのだろう?』
女の言葉に、アキラは縮み上がった。




