[参] 冷汗三斗 の 3。
校舎の戸は予想通り、どれも固く閉まっていた。
しかし、今夜のために、彼のクラスメートの兄が自分の教室の窓の鍵に細工して、外から開くようにしているはずだ。
そう、これはクラス中が仕組んだ肝試しなのだ。
『満咲高校怪談完全否定発言事件』の後、さっそく怪談信者たちがミッションを突きつけてきた。しかし、それはまた非現実的・ファンタジックな使命で、「学校のヌシを捕まえて来い」だの「動く人体模型を生け捕りにして来い」だの、アキラの怒りの火に油を注ぐものばかりだった。
そんなアキラに代わって、クラスメイトと交渉したのは久谷で、彼の努力の末、『予め鍵を開けておく窓から校舎に侵入し、証拠として校長室前の花瓶を取ってき、それを翌日クラスに持ってくること』という実行可能性の高いものに納まった。
「窓に細工? だったらその兄とやらが夜に行ってくればいいじゃないか」というアキラの反論も空しく、ミッション決行となったのだ。
それにしても、なかなか窓が開かない。
校舎の右から2番目の教室だと聞いていたが・・・その教室の窓はどれも開かなかった。
(右から2番目の”窓”と聞き間違えたかな?)
アキラは一番端の教室の右から2番目の窓を揺さぶった。
開かない。
じゃあと一番端の窓を揺さぶった。すると「パシッ」と音がしたので、思わず手を引っ込めた。静電気か何かかな、と思って恐る恐る窓に手を掛けると、するりと開いた。
「ぜんぜん違う場所じゃないか。全く」
ひょいっと窓をくぐって、教室に潜入成功。
しかし教室は驚くほど暗かった。目隠しをしているように真っ暗なのだ。
しょうがないので手探りで前に進むが、それでも体が机や椅子に引っかかる。
警備員に見つからないよう、音を立てずに行きたい所。
神経を酷使して、そろそろと進む。
なんとか教室を出たころには、どっと疲れてしまった。
おまけに廊下も真っ暗である。
「げー、かんべんカツオ」
とは云いつつ、壁伝いに歩くと意外に楽に進めることがわかった。
廊下の方が障害物がない分、いくらかマシなのだ。
「確か、校長室は教室でて右行って、左だったよな」
アバウトな説明を思い出し、廊下を進んでいく。
が、はた、と足を止め、改めて辺りを見回す。
暗くて肉眼で見ることができない廊下の先。
真っ黒に塗りつぶされたような窓ガラス。
それはアキラの両脇、前後を囲んでいる。
違和感。
そう、今宵は満月。
なぜ、月明かりが届かない・・・?
アキラの全身の毛穴が、ぶわっと開いた。
怖い。怖いが、
おもしろいじゃないか。
アキラはきゅっと唇を噛むと、再び前進を始めた。
先ほどの神々しさと一転して、校内は黒く沈んでいる。
純白の羽毛が抱いているのは、月光すらも拒む暗黒の世界。
その闇の深さを、アキラはこれから知ることになる。