[壱弐] 二者択一 の 12。
「あ! 校長のこと、忘れてた・・・」
固まる一同。
その時、彼らの背後、すなわち校長室の扉の方から、呼びかけられた。
「ようこそ! 満咲高校校長室へ☆☆」
それは校長の声だった。
室内に声が朗々と響くけれども、その姿は見えない。
「どこだ!?」
皆がきょろきょろしていると、再び頭上から声が降ってきた。
「ここここ。上よぉ〜ん」
一同振り仰ぐと、視線が釘付けになる。
そこにはシャンデリアのごとく、キラキラと光を放つ塊が張り付いていた。
まず目に付くのが、大きな金色のマント。
スパンコールやら金糸の刺繍やら、豪勢な装飾が施されているサテン生地が虹色に輝いている。
それを、モモンガのように手足で広げて、ぴったりと壁につけ、鶏冠のように立てた銀色の髪につけたジェリーをキラキラとさせ、ラメでぎっとり固めた長いまつげをしばたかせ、一行をキラキラと見つめる熱視線。
校長だった。
「どうしてここにいるの?って顔ね。
知りたい??」
がっちりアイメイクの熱視線を向けられ、アキラはガクガクと首を縦に振った。
「なつみちゃんの起こした風を利用して、ひゅるんとここに入り込んだの。
今日のファッションのテーマは”自由に羽ばたく鳥”。
たくさんの風を受け止められるようにしたのよ☆」
「それにしても、よく気流に乗れましたね」
佐原がずり下りた眼鏡をようやく直しつつ、言葉を発した。
「大量の妖魔がやって来る
+
めんどくさがりの夏生が来る
↓
爆風で一気にカタをつける
ということは、夜回りベテラン担当教員である私が見抜けないはずがないでしょ」
「はあ、そうなんですか・・・」
片口が感心している。
秦山はむすくれている。
「というか、さすがはなつみちゃん。
私が入り込むのをわかってて、あの技使ったんでしょ〜ぉ」
校長は無表情な夏生にウィンクする。
夏生はやはりたじろがずに云い返す。
「いえ。
今日のテーマが『大木』だと思って、風にしました」
「まあ、そんなりりしかった、私?
それから『(妖魔が)入ってくる前に閉めろ』って的確な指示、かっこよかったわ〜」
「『(校長が)入ってくる前に閉めろ』と云ったつもりだ」
「も〜ぉん、なつみちゃんたら照れ屋さん♪」
今度は両目で何度もウィンク。
さすがの夏生も目をそらした。
「それで、そのおチビちゃんは?」
「カマトトぶってもダメです。
校長ならわかるはずですよ」
ぶっきらぼうに夏生が答える。
「今夜は一段と夏生に絡みますね、校長」
延々と続く夏生と校長の会話に、佐原が割って入る。
「これが絡まずにおられましょうか♪」
意味ありげに夏生にウインク。
そして、アキラにはそばのソファを指して、またまたウィンク。
「ま、そこに座って。
冷たいものでも持ってくるわ。
もちろんみんなにもね☆」
煌びやかなマントを翻して軽やかに着地すると、部屋の奥に消えていった。
そう云われて気づいたが、アキラは喉がカラカラだった。
そして、この部屋は春にしては異様に暑い。
蒸すような暑さだ。
これじゃまるで・・・
「はい、レモネード」
校長の声で我に返る。
汗をかいた冷たいグラスが手渡される。
見上げると、おじさんがにっこり笑っていた。
一瞬わからなかったが、校長だ。
メイクをすっかり落としたので、同一人物とは思えない・・・尻を振る歩き方ではわかるが。
グラスをなぞると、半透明の水の中に、レモンの果肉が涼しげに、くるくると泳いでいるのが見えた。
「そんなじろじろ見なくても大丈夫よぉ」
顔を上げると、校長がデスクにひじを着いて、アキラをうっとりと見ていた。
アキラは慌ててレモネードを飲み干した。
飲み終わって恐る恐る校長の方を見ると、もう彼はアキラを見つめておらず、栄養ドリンクを飲んでいた。
改めて校長室を見回すと、けっこう簡素な部屋であることに気づいた。
四方の壁の横一列を埋めている歴代の校長の肖像画がなければ、どこかのオフィスの一角、そこそこのホテルの狭いロビーのようだった。
アキラたちが今いる応接室の奥には、セパレーションを透かして、台所と洗面所が見える。
部屋はいわゆる1LDKで、普通に暮らせるほどの広さがある。
続いてアキラは、思い思いの格好で休憩している、妖魔退治の面子を見回した。
隅っこにしゃがんでチビチビとレモネードをすすっているのが片口。
彼にのっかかり、目を閉じて口を開けて居眠りしているのが秦山。
それを呆れた顔で眺めているのが大瀬。
その対角の壁にもたれて、眼鏡を拭いているのが佐原。
そして同じく壁にもたれて空のコップを弄んでいるのが夏生。
明るいところで見ると、皆、今しがた妖魔と戦っていたとは思えないような、普通の高校生だった。
ここだって、見た目は普通の高校だ。
それがどうしてこんな、モンスターだらけの
化け物屋敷になっちゃってるんだ?
しかもどうしてこんな、僕が巻き込まれてしまっているんだ?
そもそも僕は・・・
かり かり
扉の向こうで、何かが――といっても妖魔しかいないのはわかってはいるが――つめで引っかく音がして、アキラは思わずそちらを振り返った。
かりかり・・・がりがりがり
扉はびくともしないが、音はひどくなる。
学生たちの方を見ると、彼らは、まるでその音が聞こえていないかのように、のんびりとくつろいだままだった。
「大丈夫よ、アキラちゃん。
そんなに眉間にしわ寄せなくても。
入ってきはしないわ」
気づくと、校長が笑みを浮かべてアキラを見ている。
アキラは思わず下を向く。
なぜか、顔がカッと熱くなっていた。
「なつみちゃん」
校長の呼びかけに、夏生が顔をしかめ、しかたなく扉の方を見やって口を動かした。
音がぴたりと止んだ。
「ね、大丈夫でしょ?」
にっこり微笑む校長。
どうやらここは安全な場所らしい。
(聞くなら今だ)
決心して、アキラが顔を上げる。
「あの、唐突でスミマセンが・・・」
夜回り組みの生徒が環視する中、アキラはやや緊張気味にしゃちほこばって校長に尋ねる。
「この学校って、いったいどうなっちゃってるんですか?」
そんなアキラを見つめながら怪しげな笑みを浮かべ、校長が聞き返す。
「知りたい?」
「はい」
アキラが頷くのを見て、校長は、この上もなく満足そうに微笑んだ。