[壱壱] 一喜一憂 の 11。
扉が開くと、まばゆい光が廊下に差した。
「はぁ〜い、えヴりばぁでぃ〜↑↑」
校長室の中から響いてきたのは、底抜けに陽気な男の声だった。
声の主を見ようと振り向いたアキラは、校長室の明かりがあまりに眩しくて、目を細める。
だんだん目が慣れてきて、見えたものは・・・孔雀のように煌びやかに着飾った男だった!!
どこか南国調の雰囲気を纏い、極楽鳥とまがうほど派手派手な格好をしたその男は、怪しげなダンスを踊りながら校長室から出てきた。
リズミカルなステップ、軽快でラブリーな腰つき、切れのある手さばき、暑苦しいほどの情熱を秘めた眼差し。
これらが全て、この男が只者でないことを物語っている。
異様な雰囲気に、アキラは2,3歩よろめいた。
この妖しげなお尻プリプリダンスを見ていると、スパニッシュな音楽で頭が満たされていくようだ。
妖魔たちのほうを見ると、彼女たちも奇妙な孔雀男に気おされて、後ずさりをしている。
男が腰をくねらせながら一歩踏み出すと、彼女たちは1,2歩下がる。
丸腰の男に対して、猛獣の群れが引いていく・・・そんな異様な光景である。
この男、いったい何者だ?!
呆気にとられているアキラを、夏生がひょういっと抱え、校長室に駆け込む。
室内には、恐る恐る外をうかがう片口たちがいた。
皆、顔面蒼白だ。
「出てきちまったよ、あああ・・・」
頭を抱える秦山。
「出てきちまったよ、校長が・・・」
アキラは目を見張った。
「え? あれが校長?!」
「正確には校長じゃない。俺たち夜回り組みの担当教員・・・」
夏生が睨むようにして踊る男を見据える。
「いわば”裏の”校長さ」
「校長、もういいです!」
佐原の怒鳴り声が聞こえる。
「さわらちゃ〜ん、そんなにカリカリしなくっていいじゃん〜↓↓」
ぷりりっとお尻を振りながら、『校長』が答える。
「もう、これだから〜。執行部は要らないのよね。私だけでじゅ・う・ぶ・ん☆」
彼のウィンクに、ぞわわっと妖魔たちが引く。
「あの校長先生、無敵じゃないですか」
様子を見ていたアキラが夏生を見上げる。
夏生は冷たい表情のままだった。
「あの雰囲気は妖魔どころか、人間さえ寄せ付けない」
「だからこそ・・・」
片口が口を挟む。
「いや、校長の場合、副作用があるんだよ」
「副作用?」
「そう。彼のオーラは凄まじく強烈であるため、半径5メートルにいる者の意志を殺ぎ、無気力にする。
しかし、いったん彼に無気力にされた者は、
オーラの影響がなくなったとたん、
抑えられていたバネが反動で爆ぜるように、
俄然やる気を起こしてしまう。
これが彼の副作用だ」
「じゃあ、校長の近くにいた妖魔たちが、後ろに引きすぎると・・・」
と、アキラが云いかけると、夏生が校長を指差す。
「あんなふうになる」
見ると、ゴキブリ女たちが羽を羽ばたかせながら、校長の方へ飛び込んでいるところだった。
「5メートルより外に出たら、闘志バリバリだ。
あれなら闘志が尽きる前に、重力にしたがって
校長に突っ込むことが可能だろう。」
「なるほど・・・って、なに冷静に眺めているんですか!!」
アキラが夏生のシャツを引っぱったとたん、校長めがけて突っ込んでいた女たちが壁に打ち付けられた。
見えない矢の使い手、片口の仕業だ。
「校長、早くこちらへ!」
片口が云っているそばから、校長、そして校長室に向かって、次々に女たちが飛んでくる。
片口が矢で打ち落とすだけでは追いつかない。
秦山も剣を振るっている。
「もう、しょうがないんだからぁん」
腰をフリフリ、校長が校長室に向かう。
「どけ」
夏生が校長室の扉の前に出る。
入れ違いに片口、秦山がさっと室内に引っ込む。
彼らの後を追うように、女たちが校長室に迫る。
それを見計らい、夏生が指を組んだ手を高く掲げる。
そして、言葉と共に腕を振り下ろす。
「ふェンっ」
夏生から突風が起こった。
爆風に煽られて、女たちが吹っ飛ぶ。
それを見届けて、夏生も室内に戻る。
「今だ。
入ってくる前に閉めろ」
夏生の号令で、校長室の扉が閉じられる。
「ふう、やれやれ」
扉にもたれて、秦山がため息をつく。
アキラも胸をなでおろす。
と、後ろから震え声がした。
「君たち、気がついているのかね・・・」
後ろを見ると、蒼い顔をした佐原が目に入る。
額には青筋が浮いている。
彼は、怒りで震えた声で云った。
「外に・・・校長を締め出していることに」