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[拾] 十中八九 の 10。

「ジぇジぇ、プふ!」


おかしな呪文だが、夏生が真顔で気合を入れる。


その直後、轟音が一行を襲った。


鼓膜がびりびり震え、体が揺さぶられる。


まるで、電車が何十列も通る高架線の下にいるようだ。




バチっ、バチバチっ




結界に触れたゴキブリ女が、時おり火花を散らす。


その火花が、フラッシュモーションのように、おぞましい大群を照らす。


アキラは夏生の背中に顔をうずめていた。



やがて、音が治まり、アキラは顔を上げた。




かさこそ・・・かさこそ・・・




群れから遅れている何匹かが、そばを通る音がする。



「・・・なんか、云ってるよ」



アキラの言葉に、夏生以外の一同が振り向く。


「あの人たち、何か云いながら、進んでなかった?」


アキラは同意を求めるように、秦山、佐原、片口の顔、そして夏生の背中を順々に見た。


「俺は何も聞こえなかった」


と、秦山。



「もしかしたら・・・これが”分裂型”であることを考えると・・・」


考え込む佐原。


「”分裂型”?」


アキラは喃に説明を求める。


「一つの妖魔――例えばさっきの蛇女やゴキブリ女みたいに、人の形を保てなくなった霊体のことなんだけど――の体が、何らかの原因で、2つ以上の霊体に分裂したタイプのこと。

 手や足とか体のパーツがバラバラに独立することもあれば、全く同じ形の体がいくつもできるものもある。

 いまのやつは後者だね」


「ふ〜ん・・・いろいろいるんだなぁ」


アキラと喃が会話しているうちに、秦山たちの話も進む。


「これだけ多くの分裂体が、統一された行動をとることは滅多にない。

 おそらく、外部の何がしかの思考に影響を受けたものと思われる」

 

「だよな。いつだっけ、前にも似たようなことがあったよな」


「その話は大瀬先輩から聞きました。

 『理科準備室・冷蔵庫襲撃事件』ですよね」


片口が口を挟む。


「冷蔵庫襲撃事件?

 なんですか、それ?」


アキラが片口にたずねる。


「何年か前、真夜中に理科室の冷蔵庫がメタメタに破壊されたことがあったんです。

 それは妖魔の仕業でしたが、原因は私たち夜回り組みにありました。

 ある夜回り組みが、任務中に雑念を抱き、たまたま近くにいた分裂型妖魔の一部が影響を受け、同じ型の妖魔が冷蔵庫に殺到してしまったらしいんです」



まだ納得のいかない顔をしているアキラに、喃が補足する。


「分裂型は、分裂すればするほど、自分の意思は弱くなり、周りの思考の影響を受けやすくなる。体が増える分、頭の中が薄くなっていくんだ。

 普段はそれぞれの個体はバラバラの行動をしているんだけど、彼らの精神は基本的に同一で、例えば一つの個体に強い刺激を与えると、その情報は同じ体から分裂した全個体に共有される。

 同じ理屈で、強い思考が一個体に入り込むと、全個体がその思考に支配されてしまうんだ。」


「因みに冷蔵庫襲撃事件きっかけの雑念とは、『アイスが食べたい。理科室のあの冷蔵庫にありそうだ』ってやつだ」


夏生がにまりと笑む。


 「うわあ。

 じゃあ、任務中は何も思っちゃいけないんですね」


アキラが両手で頭を押さえる。


「そういうのに備えて、俺らは雑念なんか抱かないように訓練しているのさ」


ふふんとふんぞり返る秦山。


それをスルーして、佐原が本題に戻す。


「そう、その冷蔵庫事件の際に、妖魔たちは『冷蔵庫』、『理科室』、『アイス』などと口にしながら突進していったそうだ。

 これはそのときと同様の異常事態と見て、早急に対策を立てるべきで、その対策の鍵が、この子供の聞き取った、彼らの声にあるだろう」


「なら、先輩。僕に一匹しとめてさせください」


申し出たのは片口だった。


「奴らの動きはすばやくて、聞き取りにくいです。

 一匹しとめて、奴らが何か云っているのか確認しましょう。

 念のため。」


「・・・そうだな」


佐原はあごに当てていた手を眼鏡に持っていった。

そんな彼の様子を見つめているアキラに、喃がささやく。


「生け捕りは、文部にとって残酷な行為なんだ。

 文部は、妖魔が人間の一部だと思っているから・・・」


なるほど、とアキラは納得した。

だから、先ほどから夏生が秦山たちに対して冷たい態度なんだ。

しかし、蛇女と戦うときに見せた、あのキラキラした表情は何だろう・・・?


「では、片口。

 君に、妖魔生け捕りの許可を下す」


佐原がやっと決断を下した。


「はいっ」


返事するや否や、片口はひょいと夏生の前に飛び出した。


同時に、一瞬だけ周りの空気がゆがんだ気配がした。


「片口が結界の外に出たんだ」


喃がアキラに解説する。


「大丈夫なのかな」


心配するアキラの肩を、佐原が優しくたたく。


「大丈夫さ。

 彼は僕らの中で一番すばしっこくって、正確な動きができる奴だから。

 もう明かりをつけていいよね」


佐原の白い炎があたりを照らす。


すでに、片口は来るべき獲物に対して、構えていた。


弓を引くような構えだ。



  かさこそっ



音がした方角へ向け、肩まで引いていた手の手のひらを、パッと開く。


すると、廊下の奥でどさりとモノが落ちる音が響いた。


緑色の明かりが高く灯って、音の正体を照らす。


やはり、ゴキブリ女だった。


仰向けになり両手両足をうごめかせている。


片口とは、教室3室分離れていた。


彼の武器は弓矢で、秦山のように目に見えないものであるらしい。


しかし、これだけの距離で、暗闇の中、正確に標的を射抜くとは、驚きである。


アキラは生唾を飲み込んで、片口の背中を見つめた。




「夏生、あのあたりまで結界を引っぱっていってくれ」


「了解です」


全員がゴキブリ女の近くに移動した。


片口が口元に人差し指を当てる。


「急所ははずしてあります。

 耳を澄ませば、あの妖魔の声が聞こえるはずです」


佐原がうなずく。


アキラも秦山も耳をそばだてる。


『・・・ちょ・・・しっ・・・』


微かだが、声が聞こえる。


皆、全身を耳にして聞き入る。


『・・・こ、・・・ちょ・・・しつ・・・』



聞き取れたのは・・・


「校長室!」


秦山、佐原、片口、夏生が一斉にはっと顔を見合わせた。


「校長室と云ったな!」


「行くぞ!!」


云うなり彼らは駆け出した。


アキラは小脇に抱えられ、宙を猛スピードで進んでいた。


顔を上げると夏生の必死な形相があった。



「大瀬、大瀬っ、聞こえるかっっ!

 校長室前厳戒態勢だっっ!!」


 この一行の中で一番落ち着き払っていた佐原までもが慌てている。

 

 校長室前に行くと、とんでもないことが起こるみたいだ・・・


アキラは本能的に感じ取った。


それくらい彼らの様子は鬼気迫っていた。

 

 一同の懸念をそよに、ゴキブリ女たちの足音は遠ざかっていく。

 


『あててて。着いたよ、校長室前・・・うげっ

 なんじゃこりゃあ!!』

 

炎から声が聞こえる。


「大瀬、そいつらを校長室に近づけてはならない!!」


佐原が走りながら炎に向かって怒鳴る。


『え〜、無理だよぉ。

 僕無力だし、一緒にいるの追河だしぃ・・・』

 

なんとも頼りないなよなよとした声である。


「そうだ追河っ、あいつはショートカットができるぜ! はっ!!」


気合一発、秦山が炎を灯す。


「追河、聞こえるか!?

 1−5から校長室前、ショートカットだ!!」


秦山が炎に向かって叫んだとたん、頭に金槌で殴られたような衝撃が走った。


はっとアキラが気づくと、一行は重々しい木の扉の前に立っていた。


扉の横には「校長室」とネームプレートが下がっていた。


アキラたちは一瞬にして、教室前から校長室に来たことになる。





 ざざざざざざざ・・・

 

 

 


聞き覚えのある音がしているのに気づいて、アキラが首をひねると、あのゴキブリ女たちの大群が迫って来るのが見えた。



「ダメだ! 間に合わない!!」

「諦めるな!!」

「何としてでも阻止せねば!」



 しかして大群は、ついに校長室前に来てしまう!


「喃、こいつを連れてけ」


夏生がアキラを廊下に放り出す。


「さ、アキラくん。こっちへ」


喃の後に続こうとして、振り返る。


 一同は、校長室の扉を背に、大群に向かって構えていた。


 先ほど、勝ち目がない、他の応援を呼ぼうと云っていたメンバーで、妖魔の大群に立ち向かおうとしているのだ。

 

 

 このままじゃあ、おそらく、かないっこない・・・!

 

 


 アキラが夏生たちに駆け寄ろうとした瞬間、校長室の扉が突然開いた。


 

 

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