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増田家回顧録  作者: 増田朋美
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第一話

これは何の変哲も無い平凡な人生の回顧録であるから、劇的な展開は期待しないでもらいたい。

 私は増田文治というが、私が幼少の頃の時代、私はとても変わったところに住んでいた。私がまだ赤ん坊の頃、父は生活の糧が底を尽いて増田家にやってきたらしい。私が物心ついたときは既に増田家の中にいて、そこで生活していたから、私の故郷はそこということになる。

 増田家では伯父と祖父、それに住み込みで働く従業員たちがいたが、その人たちも今風に言ったら大変変っていたということになるかもしれない。そのことを書くことにする。


その一

 私の父ちゃんは塗り物を作っていた。塗り物なんて物は生きるためには必要とされない。当たり前のことである。現代社会、機械製品で十分間に合う。父ちゃんがなぜ塗り物に走ったのかというと、増田家は代々蕎麦屋だったが、父ちゃんは蕎麦屋なんてけちくさいと嫌っていたからであった。日ごろから良治伯父さんと仲が悪く、よく喧嘩した。塗り物は大きな夢があると思っていた。それで、家を飛び出して修行に出たのであるが、あいにく現代社会で塗り物をほしがる人など、そう大していない。だからお金が無かった。生活の糧が全部無くなって奥さん、-つまり私の母であるが、私はその人を見たことがない。-に捨てられ、挙句の果てに増田家に戻ってきたのである。

 父ちゃんは増田家に来てからも、塗り物を作りつづけていた。良治伯父さんは蕎麦屋を継いで、当主になっていた。当主、とは家の最終決定権を持つ人である。だから伯父さんのほうが優勢だった。伯父さんはよく、

「直治、おまえも一度塗り物やって、塗り物一個でやっていくことは、いかに大変か判っただろ、それなら店を手伝っておくれよ。」

という。父ちゃんはうるせいなあといいながら酒をのむ。時には「うるせえなこの野郎!」と立ち上がる時もある。でも、三度の食事を出しているのは私だよと伯父さんに言われると、絶対後が出ない。伯父さんには頭が上がらないのだ。

 でも、誰かが塗り物を買ってくれることがあれば「よう、兄貴、いつも馬鹿にされてるが、今日は塗り物が売れたゾウ!」と自慢する。伯父さんも伯父さんで「でも、それっておまえが哀れっぽいから、情けで買ってくれたんだろうさ!」という。こうなると、父ちゃんは何にも言えない。

それくらい気が小さい父ちゃんだった。

 

 一方、伯父さんはものすごく厳しかった。私を名門の私立小学校へ通わせた。なぜかというと、「直治みたいな悪いやつにならないようにね。」ということだった。はじめは雷のようにおっかない人だと思っていたが、そのうち父ちゃんと似たようなところがあると判った。伯父さんは三味線ををよく弾いた。ばん、ばん、ばん!と、豪快な響きだった。自分が三味線を弾いていることを消して否定しなかった。休みの日はよく稽古場に行って、仲間もたくさんいるようだ。三味線だって客観的に言うと生きていくためには必要とされない。父ちゃんも塗り物にはまっている。だから二人ともそう言う抽象的な、芸術的なものに関心があるのだ。ただ、内側に持つか、外に持つかの違いなだけだったのである。

 

 増田家は典型的な町屋作りで、家が極端に狭かった。今時、他の部屋を通って移動するなんて考えられない。しかも、二階が無いから、私と伯父さんと従業員の正太が居間で寝て、隣の六畳にじいさんと従業員の平助が、玄関を入ってすぐの四畳半に女性の従業員、朝子、八重さんが、父ちゃんは物置部屋三畳で寝ていた。昼間は居間として食事したり、新聞読んだりして、夜はちゃぶ台を畳んで布団を敷いてねたのである。何よりも、増田家には机をおくスペースが無かったので、良治伯父さんが、「これで勉強しな」といって、りんご箱を一つもらってきてくれたが、きちんと作られておらず、がたがたゆれた。その間伯父さんたちがおしゃべりしたり、三味線を弾いたりするので、煩くってたまらない。私は何度か、「伯父さん、少しお声を小さくしていただけませんでしょうか?」と頼んだことがある。が、「何を言う。生意気なこと言うんじゃない。勉強するから静かにしてくれなんて、おまえにそんな特権は無いんだよ。自分のことに他人まで巻き込むんじゃない。」と厳しく叱られた。こう言うところが、普通の親と違う厳しさだった。

 そんな風に、一方が一生懸命勉強している間、もう一方は愉快におしゃべり、また一方は三味線、そして父ちゃんが酔っ払って帰ってくる。嫌になるほど、どうしようもない家庭だった。


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