テラ占領作戦
1. 出撃
秘密ドックの格納庫に、出撃を控えた艦艇が、整然と並んでいた。
「総員、配置につけ」
クラウゼの声が響く。
乗組員たちの動きに、無駄はなかった。
長年の統制体制の下で鍛え上げられた寸分の狂いもない動き。
「艦隊司令として、改めて確認する」
クラウゼは、集まった士官たちを見回した。
「今回の作戦、独自判断は一切許されない。
想定外には、必ず、私を通して総統府の指示を仰げ。
我々の役目は、決定された事項を、
正確かつ迅速に実行することにある」
「了解」
返答に、迷いはなかった。
命令に忠実であること、それこそが、この艦隊の、
そしてクラウゼ自身の揺るぎない信条だった。
「出撃する」
格納庫の扉が開き、
艦隊は静かに宇宙へと滑り出していった。
2. 進軍、最初の衝撃
中継の星系間の長距離ワープを幾度か繰り返し、
艦隊はテラの勢力圏へと近づいていった。
「司令。センサーに、異常な反応があります」
観測士官の声に、クラウゼは、モニターに目をやった。
「異常、というのは」
「通信量です。この宙域だけで、我々の本国、
ヴァリアント全体の何倍もの通信が
絶え間なく行き交っています」
「それだけではありません」
別の士官が続けて報告する。
「民間船の数も、桁違いです。
この距離でも、これだけの数が検出されるとは……」
ブリッジにしばしの沈黙が落ちた。
「これだけの船が、常に動いているのか」
誰かが、小さく、そう漏らした。
誰もそれを咎めなかった。
クラウゼ自身も、内心では同じ驚きを覚えていた。
「動揺するな」
クラウゼは、静かに、しかしはっきりと言い渡した。
「我々の任務は、変わらない。
予定通り、進軍を続ける」
3. 対峙
テラ本星の防衛圏に近づくと、案の定、
迎撃態勢を取ろうとする艦隊の反応があった。
だが、その動きは、明らかに鈍く、統率を欠いていた。
「敵艦隊、展開が、不揃いです」
「主力は、査察艦隊としてアヴァロンに出払っている、
との事前情報通りだな」
クラウゼは静かに頷いた。
「総統府、応答願う。交戦許可を求める」
通信を送り、しばしの間を置いて許可が下りる。
クラウゼはそれを受け、
慎重にしかし着実に艦隊を展開させていった。
テラ残存艦隊の側では指揮系統の混乱が、
瞬く間に広がっていくのが見て取れた。
命令の行き違い、統一されない動き、士気の低下。
烏合の衆と化した艦隊は、
組織的な反撃すらまともにできなかった。
「敵艦隊より、通信。
艦隊が降伏の意志を表明しています」
戦闘が始まってから、さほどの時間も経たないうちに、
その報せが届いた。
クラウゼは、即座に、その報告を総統府へと転送した。
艦隊としての抵抗は、これで実質的に終わりを迎えた。
4. 軌道上への進出
艦隊の降伏を受け、総統府から次の指示が届いた。
「テラ本星の軌道上まで、進出せよ。
政府への圧力とする」
クラウゼ艦隊はその指示に従い、
そのままテラ本星へと近づいていった。
近づくにつれ、その規模がはっきりと見えてくる。
「司令。あれを、ご覧ください」
観測士官の声に促され、
クラウゼはモニターに映る夜側の惑星表面を見た。
途切れることのない、光の帯だった。
都市の明かりが、大陸の輪郭をなぞるように、
隙間なく連なっている。
ヴァリアントでは、
これほどの規模の光を見たことがなかった。
「あれは、全部……」
「都市の明かりです。恐らく」
さらに、軌道上には、無数の衛星や施設が、
まるで人工の環のように惑星を取り巻いていた。
「あれだけの数の施設が、
常に軌道上にある、ということか」
乗組員たちの間に、言葉少なな沈黙が広がった。
誰もが、その光景に、圧倒されていた。
クラウゼ自身も、内心ではその光景に息を呑んでいた。
だが、その動揺を表情に出すことはなかった。
「感傷に浸る時間はない」
クラウゼは、静かに、しかし厳格な声で告げた。
「予定通り、任務を続行する」
5. 威嚇射撃
「政府施設周辺、及び軌道上の防衛設備に対し、
威嚇射撃を実施する」
クラウゼの号令のもと、艦隊は慎重に狙いを定めていった。
人口密集地は、明確に避ける。
あくまで、抵抗の意志を挫くための、限定的な攻撃だった。
光の帯が、幾筋か、テラの空を切り裂いていく。
地上からも、はっきりと見える規模の光景だった。
それからさほど時を待たずして、
テラ中央政府から正式な通信が届いた。
「抵抗の継続は不可能と判断します。
降伏条件の提示を求めます」
クラウゼは、即座にその内容を
超高速回線を通じて総統府へと転送した。
6. ヘルガの決断
「艦隊としての抵抗は、終わった」
――その一報を受け取ってから、
ヘルガは、軌道上への進出と、その後の威嚇射撃の経過を、
逐一報告として受け取り続けていた。
そして今、超高速回線を通じて新たな一報が飛び込んできた。
「総統! テラ中央政府より、抵抗継続は不可能
との連絡が届いております!
降伏条件の提示を求めています!」
ヘルガは、しばらく言葉を発せなかった。
艦隊の降伏を聞いた時点では、
まだどこか実感の伴わない部分があった。
だが今、政府そのものが膝を折ったという、
この一報を前に、ようやくその重みが、
はっきりとした輪郭を持って迫ってきた。
祖父が種を蒔き、父が育て、そして自分が、
ついに、この手で実らせた。
三代にわたる悲願が、
今、確かに、現実のものとなろうとしている。
だが、その条件を定める決断は、
これから自分が下さねばならなかった。
「条件は、今から示す」
ヘルガはそう告げると、
あらかじめ想定していた内容を、静かに読み上げ始めた。
「政府機能の全面停止。軍の武装解除。
ヴァリアント総統府による統治の受け入れ。
以上を、降伏の条件とする」
三代にわたって、これほどの規模の星系を統治するなど、
誰も、具体的には想像していなかった。
それでも、迷っている時間はなかった。
この機を逃せば、また、いつ好機が巡ってくるとも知れない。
「これを、テラ政府に正式に通達しろ」
その一言によって、
条件がテラ政府へと突きつけられた。
返答は、さほど時間を置かず受諾という形で届いた。
この戦いは、こうして、正式に終結した。
「……そうか」
一連の報告を聞き終えたヘルガは、
それだけを、改めて静かに呟いた。
歓喜と呼べるほどの高揚は、不思議となかった。
むしろ、これまで積み重ねてきた重圧が、
ゆっくりと体の中から抜けていくような、そんな感覚だった。
執務室の窓から灰色の空を見上げる。
(ようやく、ここまで来た)
だが、その安堵も長くは続かなかった。
(これで、終わりではない)
テラという、これまで想像していた以上の規模を持つ星系を、
これから、統治していかねばならない。
占領は、始まりに過ぎない。
その現実が、静かに、しかし確かに、ヘルガの胸の中に、
新たな緊張として根を下ろし始めていた。




