八重倉京子は今日も居る。
「人の魂って何処にあると思う?」唐突な質問に僕は困惑する。
「何故そんな事を聞くんですか?」僕は向かい側に座る女子生徒に聞いた。彼女はこちらを観ることもせず読書に更けている。
「答えになっていないけど良いか、人の魂の場所は人によって答えは様々だけど私は此処にあると思うんだ。」
女子生徒は本を閉じると自分の胸を指で突く。
「心臓ですか?先輩にしては普通の回答ですね」
「君も言うようになったじゃないか、まあ私にはその心臓ひいては生きてはいないんだけどね。」
先輩は何処か寂しげに言う。
「反応に困るんで止めてもらってもいいですか?」
「おや、幽霊ジョークはお気に召さないか」先輩が眼鏡をくいっと直しながら向き直る。
彼女の名前は八重倉京子、僕の通う学校の怪談に出てくる生徒だ。今から10年程前この学校の図書室で凄惨な自殺を行った生徒が居た。彼女は自分の血でイジメた生徒と見て見ぬふりをした教師の名前を書き呪いの言葉を吐きながら自らの首をきり裂いた。
彼女が発見された姿は丁度身体から溢れた血が広がり、紅い大輪の花の様になっていたらしい。それから間もなくして加害生徒達は事故で手足が千切れ苦しみながら死んだり、「八重倉が来る!」と叫び発狂して精神病院に入ったと言う。
そして当時の担任は失踪し今でも行方が分かっていない。この一連の事件からこれは八重倉京子の呪いと言われ図書室には今でも彼女を供養する為の小さな神棚が祀られている。
「時に後輩君、君は心音を聞いてどう思う?」再び八重倉先輩が珍妙な質問をする。
「心音ですか?」僕は先輩の目の前で胸に手を当てる、ドクン、ドクン、一定のリズムで音が聞こえる。
「別に何とも思いませんよ?」先輩の問いに答えると彼女は僕の胸にそっと手を置く。いきなりの事で少し驚いたが先輩の優しげな表情を見て冷静になる。
「私はこの音を聞くと何故かとても落ち着くんだよ、安心感と言うのかな」先輩がそっと手を離す。
「それじゃあ何時も後輩君には貴重な話を聞かせて貰っているし、今日は私が話そうかな」
先輩が着席するのを見て僕も対面で座る。
「今から話す話は私が生きていた頃に聞いた心音にまつわる話だよ」
先輩が雰囲気たっぷりに怪談を話してくれた。
「おい!美代子は何処に居るんだ!」夜になるとアイツが帰ってくるなりお母さんに怒鳴り付ける。
「あの娘なら寝てるわよ」お母さんが素っ気なく言うと、鈍い音と共に何かが倒れる音が聞こえる。
「何だその態度は!俺が帰って来てやってるのに何で親子で出迎えねえんだ!」お母さんが何か反論するたびにアイツは何度もお母さんを殴り付ける。
「美代子〜パパが帰って来たぞ。何で出迎えてくれないんだ?寂しいじゃないか。」階段を上がる度に、キシ、キシ、キシ、と軋む音が鳴り響く。
下ではお母さんがごめんね、ごめんね、と泣く声が聞こえている。私は押し入れに隠れて震えていた。奴が上がる度に私の心臓もドクンドクンドクンドクンドクンと車のエンジンの様に鳴り響く。
「美代子〜何処だ〜?隠れて無いで出てきなさい、またパパと気持ち良い事をしよう」私必死に「来るな!来るな!来るな!」と心で祈った。その間にも私の心音が鳴り響く。
だがそんな願いも叶わず押し入れの戸が開かれる。
「ここに居るのは分かっているんだぞ美代子」
アイツの下卑た笑みを見てさっきまで鳴り響いていた心音がピタリと止んだ。
「さあ、出てきなさい大人しくしていればお仕置きしなくて済むからな」アイツが手を伸ばして私の足を掴む。
「嫌だ!止めて!離してよ!お母さん!お母さん!」
私は必死に抵抗したがそれも虚しくアイツは馬乗りになりながら私の服を破く。
「さぁ今日も楽しもうな〜」アイツが臭い口を近付けてくる。
「嫌だぁ!離せ!離せよ!」私が暴れるとアイツは私の顔を殴り付ける。
「お仕置きが必要だな!後5発程殴ってやる!」
アイツが拳を振り上げた瞬間。
「痛え!何すんだこのアバズレが!」奴の背中をお母さんが包丁で突き刺した。
「美代子逃げて!早く!」お母さんがアイツに飛び掛り私の身体が自由になる。私は抜け出し階段を転げ落ちる。「痛い、足が歩けない」階段から落ちたせいで足が反対の方向に曲がっていた。
その間でも2階の部屋から二人の叫び声が聞こえる。
「テメエ、くたばりやがれこの売女が!」アイツの声が聞こえてお母さんの悲鳴が上がる。そして静まり返った2階の部屋から何かが転がり落ちてきた。
「お母さん?お母さん!」それは胸と喉を刺され血が噴き出したお母さんの身体だった。
「手間取らせやがって、、、」そして私達を見下ろすようにアイツが血塗れで立っていた。アイツは身体中刺し傷があり辛うじて生きている状態だった。
私は直ぐに折れた足で這いつくばりながら逃げ出した。
ズル、ズル、と服が擦れる音が聞こえる。キシ、キシ、と階段を降りる音が聞こえる。
「美代子〜パパを見捨てないよな?お前も一緒にママと一緒に死んでくれるよな?」アイツが降りて来る!
私は必死に腕の力だけで這いながら玄関の方へと向かった。後少し、後少し、私は懸命に這ってたどり着いた瞬間。「こんな所に居たのか?さぁパパと最後に遊んでから死のうなぁ。」アイツは私の髪を掴むと奥の座敷へと引きづる。
「嫌だァァァァ!離して下さい!お母さん!助けて!お母さんァァァァー!」そして私は奴と共に座敷に連れ込まれ戸が閉まった。
「それでその後どうなったんですか?」
「さぁ、その先は君の想像次第だよ」先輩が話終えるのと同時に下校時間のチャイムが鳴り響く。
「先輩今日はありがとう御座いましたまた当番の日に来ます。」
「ああ、待ってるよ後輩君」先輩はそう言ってヒラヒラと手を振って見送ってくれた。
「さて、これで少しは君の無念は晴れたかな美代子ちゃん?」先輩がそう言って振り向くと、図書室の奥の暗がりに紅いワンピースを着た少女が居た。
ワンピースをよく見ると血で染まっており、彼女の首は取れかけ骨が見えていた。そして彼女のお腹は大きくそれを庇うように刺し傷だらけの手で抑えていた。
「あ、い、つ、だ、け、は、、、、許さない!」
彼女の怒りに満ちた表情を悲しげに見ながら先輩は手を合わせる。
「君に安らぎが来るその日まで、私が傍に居てあげるよ」
八重倉先輩はそう呟くと再び席に着き夕暮れの風景を眺めていた。




