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確定日

作者: 泉田清
掲載日:2026/05/24

 ベンチに腰掛け10分経った。9番。私の番号はまだ呼ばれそうにない。

 仕事における私の番号は5番だ。ロッカー、事務机、勤務表、出勤簿、あらゆるものが5番目に位置している。


 外は雨。理容店に来ていた。お気に入りの黒い上着はまだ濡れている。黒い上着はちょうど半年前に手に入れた。デザインから質感まで何もかも気に入った。が、すぐ冬が来て着られなくなってしまった。その反動か、春先には毎日のように身に着けたものだ。

 一昨日の最高気温は28度。今シーズンの黒い上着の出番は終わったはずだった。いま身に着けている理由は今日の最高気温が12度だから。おかしな気分。こうやって待ちぼうけていると、今と、春先と、半年前、自分がどこにいるのか分からなくなる。


 「‐‐番の方、9番の方!」、「あっ、はい」。呼ばれたので立ち上がる。

 もちろん髪も伸びたが、爪も伸びすぎている。酒を飲むと体が痒くなる。昨夜も脛を掻いていたら出血してしまった。ギラリと伸びた爪、恐ろしい凶器に思えたものだ。

 酒を飲むのは休みの前の日だけ。本日は出勤簿では仕事のはずだった。しかし勤務表には非番とある。私は混乱した。今日は何時なんだ?今が何月何日であるのか、最も信頼を寄せているものが(その必要性において)勤務表と出勤簿だからだ。「この日(本日)は出勤ですかね」上司に食い違いを質すと、非番だと判明した。仕事だと思っていた日が休みだった、しかもそれが次の日だなんて、嬉しさのあまり酒を飲みすぎるのも無理はない。少しくらいの出血はご愛敬だ。

 

 「短くしてください、今の半分くらいまで」。バーバーチェアに座らされ、ヘアスタイルのオーダーをした。伸びた髪は乾かすのが面倒なのだ。「あ、洗わなくていいですから」ちゃんと言っておかないと勝手に洗髪されてしまう。料金はともかく時間がもったいない。時間が短縮されるならもっと金を払ってもいいくらいだ。

 この理容所はカットに20分を要する。いつもの理容所は10分で済み、しかも料金まで安い。なぜ今回は20分カットなのか。10分カットには顔剃りが無い。3か月も顔剃りをしないと(特に耳毛)がすごい事になる。「ちょっと、耳がすごいことになってるよ」久しぶりに会った妹に言われてしまった。確かに耳穴から溢れ出すように生えていた。両耳ともにだ。耳毛は加齢と共に増毛するものらしい。


 髪を切られる時。何故か目を閉じてしまう。前髪は分かる、切った髪が目に入らないようにである。後頭部や側頭部の髪を切る時は目を閉じる必要はないのではないか。しかしどこであろうと、切られているとつい目を閉じてしまう。単に眠いのかもしれない。目を閉じていると時間が長く感じられる。たまには目を開けてみる。目を開ける瞬間の自分の顔、目を閉じ、下がり眉の苦しそうなオジサンが一瞬残像として遺る。このオジサンは確かに現実、社会、生活、人生、様々なものに苦悩しているのだった。

 鏡の奥。理容店のドアの向こうに水たまりが見えた。未だ雨は降っている。「ありがとうございました」散髪を終えた老人が料金を支払い、ドアから出て行く。老人は今からどこへ行くのだろう。ここはショッピングモールの一角だ。マーケット、レストラン、道路向かいにはパチンコ店もある。老人は何をやってもいい。いち早く散髪を終えた彼を羨ましく思った。


 「今日は〇月××日△曜日です」全く耳に入っていなかった、店内のラジオ放送が耳に飛び込んできた。そうか、と思った。いまが何時なのか明確に定まった瞬間である。

 散髪を終えた私は早速ATMに並んだ。今日は給料日だったのだ。

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