◆ 第6話:集結
2章 氷禍編スタートです。
毎日1話ずつ投稿していく予定なので、良かったら見てみてください。
雷禍を旧学区に“縛り付けて”から、二日が経った。
世界はまだ止まったままだというのに、
俺たちだけは、やけに慌ただしく動き続けていた。
「……名残惜しそうな顔してるわね」
旧学区の外れで立ち止まった俺を、セリアが横目で見る。
視線の先には、
雷に貫かれたまま動かない雷禍が、
リンクコードの鎖に絡め取られるように、そこに“留め置かれて”いた。
「名残惜しいっていうかさ……
あいつ、絶対いつか倒さなきゃいけない相手だろ?
なのに、ああして放置してるのが、なんかスッキリしなくてさ」
「それでいいのよ」
セリアは淡々と返し、背を向ける。
「今回は“勝った”んじゃない。
“居場所を奪った”だけ。
雷禍は本来の担当エリアと切り離されただけで、
存在そのものは、何も終わっていない」
歩きながら、言葉を継ぐ。
「だから次に雷禍と向き合う時は、
私たちの方から“倒しに行く”と決めた時よ。
その覚悟が整った時に戦うべき相手」
美咲は胸の前で手を組み、雷禍の方を見て小さく頭を下げた。
「……また来るね。
次は……ちゃんと、終わらせるから」
雷禍は、何も返さない。
ただ、沈黙のまま、そこに“縛られている”だけだった。
俺たちは、それぞれの想いを胸に、旧学区を後にした。
◇
森の中の道を歩く。
「にしてもさ。山の中の村で七禍討伐の準備って、情報だけ聞くと意味わかんねぇな」
俺が愚痴のように言うと、セリアは端末から目を離さず答えた。
「氷禍の領域は、山脈と森林地帯に重なっている。
その“縁”に、一箇所だけ安全圏が残っていたの。
融合者反応が集中しているのも、その村」
「つまり、そいつらが“氷禍に一番近い人間たち”ってわけか……」
美咲は不安そうに森を見回す。
「戦うために集まってるのかな……? それとも、ただ逃げ込んだだけなのかな……」
セリアは短く息を吐いた。
「その両方だと思う。少なくとも——」
そこでセリアは言葉を切り、少しだけ口元を引き結んだ。
「“あの人”がいるなら、戦う準備をしているはず」
「またその“あの人”かよ。
世界が止まる前からの知り合いってことだよな?
天才科学者さんが認める程の人ね〜」
「観測局時代の同僚よ。
世界一の頭脳は私。
でも、“人を動かす”ことに関しては、あの人が一番。
世界の誰よりも、人の心と戦場を理解している」
「……そりゃ、氷禍と戦う予感しかしなくなってきたな」
そんなことを言い合っているうちに、森が開けた。
そこには、妙に“生々しい”気配のある集落があった。
止まった世界の中なのに、
空き家だったはずの民家に布が張られ、
窓からは微かに灯りの残滓が漏れている。
地面には足跡。
誰かが最近まで歩いていた痕跡。
「……人の痕跡がある」
美咲がぽつりと言う。
セリアの端末が通知を上げる。
《融合者反応:9》
《距離:至近》
「ここね」
セリアが進もうとした、その時だった。
——ザッ。
物陰から、一本の刀が突き出された。
「止まれ。それ以上近づくな」
声は低く、しかし怯えてはいなかった。
粗末な装備のはずなのに、構えが妙に洗練されている。
刀を構えたのは、髭を生やした老人だった。
その背後から、
何人もの影がこちらを警戒している。
どの顔にも、日常から切り離された“何か”を一度は見てきたような、
普通の人間とは少し違う気配が宿っていた。
……あれだ。
こいつらが、セリアの言ってた“融合者の集団”。
「ちょ、ちょっと待って! 私たちは敵じゃなくて——」
美咲が慌てて両手を上げる。
イカつい見た目の男がこちらを睨む。
「敵でなくても、“足手まとい”は要らねえな」
言い方こそキツいが、目の奥は優しそうだった。
セリアが一歩前に出る。
「こんにちは。“観測者”のセリア・ルヴェイン。
世界リセット対策機構の研究部門所属だった者。
もっと簡単に言うなら、あなた達が今手にしている融合装置の産みの親」
その名に反応したのは、別の人物だった。
「——やっぱり、お前かよ」
屋根の上から降ってきた影があった。
ふわり、と音もなく着地する。
銀に近い白髪。
軽く笑っているのに、目だけは戦場のように冷たい。
「久しぶりだな、セリア」
俺の背筋が自然と伸びた。
この男、立っているだけで“場の空気”を握ってやがる。
セリアがわずかに目を見開いた。
「……ライナ」
「おー、ちゃんと俺のこと覚えててくれてて安心したよ。
世界一の頭脳様に忘れられてたら立ち直れないところだった」
軽口なのに、その場にいる全員の緊張が一段階ほど溶けた。
これが——人を動かす奴の空気か。
「誰だ、あんた」
思わず俺が口を挟むと、ライナはニヤッと笑った。
「ライナ・グレン。元・観測局戦術部門。
そして今は——七禍討伐隊“オルタリンク”の指揮官だ。
それとな、人に名前を聞く時はな、自分から名乗るのが礼儀だよ、兄ちゃん」
「あ、悪い。天ノ宮 蓮。ただの人間だ。」
自分で言いながら、
もう“ただの”って言葉が似合わない世界になってることを自覚して、苦笑いが出た。
セリアが小さく呟く。
「やっぱり……あなたが集めたのね。
この短時間で、これだけの融合者を……」
ライナは肩をすくめる。
「お前が世界中にバラ撒いた“世界一”たちを拾っただけだ。
停止前からリセットの話を聞かされてたおかげで、準備期間はそれなりにあったしな」
「……私の理論を、勝手に現場向けに改造したわね」
「理論はお前。実戦は俺の担当だろ?」
ふたりのやり取りは、妙に自然だった。
……ああ、本当に同僚だったんだなって空気。
ライナは改めて、俺たちを見る。
「で。蓮と、そっちのもう一人は何の融合者なんだ?」
セリアが紹介する。
「まず、訂正するわ。
蓮。本来なら停止の段階で間違いなく“止まっている”はずの一般人。
——なのに、なぜか停止波の影響を完全に受けず、動いている“例外”。
その上、雷禍の攻撃を生身で生き残った。
私の観測でも説明困難な、不確定要素、世界のバグみたいなものよ。」
「そして美咲。
医療ナノマシンと融合した"治癒"の能力者。
雷禍相手に、私と蓮を生き延びさせてくれた」
ライナの目が、一瞬だけ鋭くなる。
「……ちょっと待て。
ただの人間って…そういうことなのか⁉︎
非融合者なんて、ありえねー存在だけでも驚愕だが。
今、“雷禍相手”って言ったか?」
そこで、セリアは淡々と言った。
「雷禍は、旧学区で一旦封じてきたわ。
これを使って」
セリアが背中のバッグから、あの紫電を帯びた小型装置を取り出す。
雷禍のマテリアル——座標核。
それを見た瞬間、
空気が、変わった。
ライナだけじゃない。
周囲にいた融合者全員が、目を見開く。
「おいおい……非融合者に雷禍って、マジかよ」
「七禍の座標核……!?
ライナの予想通り……」
「七禍の中でも一番速いと思われる雷禍の攻撃を、凌ぎ切ったってことか……」
ライナは一歩近づき、マテリアルを凝視する。
「雷禍のエリアは、俺の直感では発電所だった。
そいつが旧学区だと……?
いや、違うな」
ライナは指を鳴らしながら、言葉を繋いでいく。
「停止世界になった初期、とりあえず演算装置を強化したかったお前は発電所に行き、
そこで、雷禍のエリアに足を踏み入れてしまった。
その時、マテリアルだけを奪った結果、座標がなくなり自由に動ける雷禍の追跡にあって……
旧学区で、“エリアを書き換えて”封じた。
こんなところじゃねーのか?」
セリアが頷く。
「さすが、単細胞だけど観測局にいただけはあるわね。
マテリアルから鎖の構造だけを模倣して、旧学区に上書きした。
完全な解析は、まだ程遠いけど」
ライナは、ゆっくりと息を吐いた。
「……100人もいれば、俺ら以外にも七禍に挑む奴が現れるとは思ってたが。
よりにもよって……合理的なことにしか興味がないお前がか。
しかも——」
ライナの視線が俺に向く。
「非融合者を連れて、な」
「いや、俺は……停止波からも雷禍からも、
ただ運よく生き残っただけで——」
「この止まった世界で、
動いてるだけでも不自然なのに、
七禍と真正面からやり合って生きてる
“ただの人間”なんて、存在しちゃいけねぇ類だ」
ライナは笑っているが、その目は真面目だった。
「おもしれぇ。
セリア、こいつらも連れてこい。
お前達と、その雷禍のマテリアル。
氷禍戦攻略の鍵になる」
美咲が慌てて聞き返す。
「わ、私も……ですか?」
「治癒の融合者は貴重だ。
守りたい奴がいるやつほど、
最後まで立ってて、諦めねぇ」
ライナはマテリアルに視線を戻す。
「……やはり存在したな、マテリアル。
雷禍のマテリアルの構造がわかるなら、
氷禍の構造にも“応用”できるんじゃねーか?
今度は封じるんじゃなく
——1体、落とせるかもしれないな」
セリアが小さく目を見張る。
「解析の時間が足りてないわ。
それに七禍を舐めすぎている……
鎖で固定しても、そのエリアにヤツらを封じこめたってだけ」
「だからこそだよ。戦場で完成させりゃいい」
ライナは笑った。
「お前が答えを出す。
俺たちが命張って検証する。
いつものコンビだろ?」
セリアは小さく溜息をついた。
「……相変わらず、理屈より現場ね」
「戦場じゃ、それで十分だ」
……ああ、そういう関係か。
頭脳と現場。正反対で、それでも噛み合ってる。
ライナは最後に俺たちを見た。
「氷禍の領域には、うちの偵察が一人“縁”に張り付いてる。
そいつの生存確認と、
氷禍の火力の再チェック。
それが明日の任務だ」
「明日……もう行くのかよ」
「まあ、まだ本格的に戦うわけじゃねえ。
だけどな、準備が遅れれば遅れるほど、
七禍は世界を蝕む。
止まってるのは、人間の時間だけなんだ」
ライナは背後の面々に向き直る。
「ようこそ、“オルタリンク”へ。
七禍討伐部隊——これで総勢十三名だ」
セリアが小さく呟く。
「十三……不吉ね」
ライナは笑って肩をすくめた。
「大丈夫さ、明日は金曜日じゃねーからな」
その言葉に、誰かがフッと笑った。
止まった世界の片隅で、
たしかに“人間の集団”が、動き始めていた。
ここまで見てくださり、ありがとうございます。
氷禍編は毎日1話ずつ、更新していきます。
遂に七禍vs融合者の戦いが書ける!!
楽しみにしてた章なんで、期待しててくださいw




