◆ 第4話:灯(ともり)
雷鳴が、空を裂いていた。
音はしない。
だが建物の影にいても、静電気が肌を刺す。
俺とセリアは、旧学区の屋上へと駆け込んだ。
セリアの端末が、赤く点滅する。
《融合者017:生体反応、近傍》
「……この先に、いるわ」
その言葉と同時に、
俺は屋上へ続く扉を蹴り開けた。
そこに――少女が立っていた。
汚れた制服。
乱れた黒髪。
細い腕で、小型の融合装置を必死に抱きしめている。
少女は、怯えた目でこちらを見た。
「……誰……?」
セリアが一歩前に出る。
「私はセリア。彼は蓮。
あなたは……“融合者017”ね?」
少女は、小さく頷いた。
「……空木美咲。
医療ナノマシンと融合して……
能力は……“治癒”……です」
その目の下には、深い隈。
泣き続け、疲れ果て、それでも折れきれなかった瞳。
セリアが、わずかに目を見開く。
「医療ナノマシンに治癒……
融合は、その人間の“深層”と最も相性のいいものしか定着しない」
美咲の手が、震えた。
「助けたかった……
でも……誰も動かなくて……
どれだけ治しても……誰も、目を開けてくれなかった……」
声が、かすれる。
「それでも……
生きてる人が、いるなら……
その人だけでも、助けたかった……」
その言葉に、セリアは一瞬だけ視線を伏せた。
「……017、あなた本当に優しい人だったのね」
「おい、セリア」
俺は美咲の方を見る。
「番号じゃなくて名前で呼べよ。
ちゃんと、美咲って名前があるんだからさ」
セリアは少し戸惑ったように目を瞬かせる。
「……そうね。
悪かったわ、美咲」
美咲は、泣きそうな顔のまま……ほんの少しだけ笑った。
――その時。
空が、震えた。
雷禍の“気配”。
空間が歪み、屋上の縁が白く灼ける。
《雷禍反応──120m》
「……来たわ」
美咲の身体が、強張る。
「あの化け物がみんなを!?……」
「説明は後だ。伏せろ!!」
雷撃が走り、
屋上の床がえぐれ、世界がひっくり返る。
美咲は恐怖に足を震わせながらも、
必死に手を前へ突き出した。
淡い緑色の光が、彼女の掌から広がる。
砕けた瓦礫が、
“修復されるように組み上がり”、
即席の壁となって立ち上がった。
雷禍の軌道が、
その一瞬の障壁でわずかに逸れる。
セリアが目を見開く。
「……治癒能力の応用で、構造物の“修復”を壁として展開……
初期段階で、この精度……?」
美咲は震えながら叫ぶ。
「全部は……防げない……!
でも……少しでも……役に立ちたい……!」
第二撃。
修復壁が砕け、美咲の身体が大きく揺らぐ。
俺は二人を抱え、横へ飛び込んだ。
雷撃が屋上を薙ぎ、
破片が雨のように降り注ぐ。
「……大丈夫だ。二人とも、生きてる」
俺は息を吐く。
セリアが、必死に端末を操作する。
「……拘束なら可能。
雷禍のマテリアルを使って、“擬似エリア”を上書きするわ」
「拘束?」
「雷禍の“エリア”を、この旧学区に新しく固定するの。
あの化け物を、ここから動けなくする」
美咲が息を呑む。
「それって……
アレを……ここに、閉じ込めるってこと……?」
「ええ。
でも構築に時間がかかる……数十分」
俺は前へ出た。
「なら、その時間稼ぎ、俺が引き受けた」
雷禍が、屋上の縁に姿を現す。
稲光の眼が、俺を捉える。
足が震える。
正直、怖い。
でも。
「おい、雷野郎。
邪魔するノイズは鬱陶しいだろ?
ほら、こっちだ!!」
雷撃が、
俺の“すぐ横”を掠めて鉄塔に直撃する。
爆ぜる火花。
——遅れて、膝が震えた。
……今の、当たってたら死んでたよな?
——《世界の想定外》——
胸の奥で、
あの意味のわからない言葉が、また微かに響いた。
「……理由はわからんけどな」
俺は、笑って雷禍を睨む。
「今日は……運が、いい日らしい」
その後も、
美咲の治癒壁と、
俺の“偶然”が重なり、
雷禍の猛攻を必死に凌ぎ続けた。
──数十分後。
「構築完了……!!
“リンクコード”展開!!」
青白い光が地面を走る。
旧学区の地表に、鎖のような紋様が刻まれた。
次の瞬間。
雷禍の動きが、“目に見えて鈍った”。
放電は消えない。
だが——
雷撃は、旧学区の境界線を越えた瞬間、
霧散するように消えていく。
「……効いてる」
セリアが、荒い息のまま言う。
「リンクコードは、
雷禍と“元の担当エリア”との同期を遮断した」
美咲が息を呑む。
「……じゃあ、倒したわけじゃ……」
「ええ。
ただ“居場所を奪った”だけ」
雷禍は、確かにそこに存在している。
だが、その雷撃は——
もはや“世界を侵食する力”として機能していない。
「七禍は、
神に設定された“担当エリア”と同期して初めて、
本来の"世界を滅ぼす災厄”として機能する存在なの」
セリアは、端末を睨みながら続けた。
「今の雷禍は——
エリアを失った、不完全な災厄」
雷禍が、苛立つように空を睨む。
雷鳴が歪み、暴走しかけるが——
その力は、旧学区の外へは届かない。
「……つまり」
俺は唾を飲み込む。
「ここから出なきゃ、
あいつの本気の雷は、街までは届かないってことか」
「ええ。
雷禍はもう、“侵攻”はできない。
でも——」
セリアの声が、低くなる。
「存在そのものは、消せていない」
雷禍の稲光の眼が、こちらを睨み続けていた。
「…でも……とりあえずは、成功。
雷禍を、発電所エリアから切り離せた……」
誰も、勝ったとは言わなかった。
ただ——
“世界を守り切った”という実感だけが、
三人の胸に、小さく灯っていた。




