◆ 第2話:観測者
近年、科学技術は飛躍的な進歩を遂げた。
だが人類は、その力を“守るため”ではなく、“奪うため”に使い続けた。
セリアは、そんな世界に失望しながらも、
それでもなお、科学を信じていた。
——人間の未来のために。
だが、ある仮説がすべてを裏切った。
神は存在する。
そして、文明が進化して、人間が醜い争いを始めた時、世界は"リセット"(定期的に初期化)されているということ。
神が行う“リセット”とは、都市を壊すことでも、文明を焼き払うことでもない。
それは——
生物情報そのものを書き換える“波”だった。
DNA。
神経伝達。
記憶構造。
“生物”として定義された情報だけに干渉し、それらの活動を停止させる。
——ならば。
生物の定義から逸脱すれば、この波は私たちを“認識できない”のではないか?と仮説を立てた。
私は融合機構を完成させた。
人間と機械、人間と他生物、情報と感情。
あらゆる境界を越えて結びつける技術。
それを用いた者は、生物でありながら、生物情報の枠外に存在する。
“未確認の観測体”となる。
つまり、神のリセット波は、私たちを“対象として認識できない”はずと。
私はその技術を、“100人”に託した。
世界一の歌声。
世界一の剣士。
世界一の絵描き。
世界一の指揮官。
突出した特徴を持つ者たち。
彼らの融合が、新たな“人間”を生むと信じた。
ついに——神は動いた。
世界は止まり、音は消えた。
そして私は、観測によって“七禍”の存在を知る。
神から切り離された“枢要罪”を宿す、世界破壊のためだけに設計されたプログラム。
世界を“更地”にするための、七つの厄災人格。
私は——過信した。
演算装置と融合した私なら、一体くらいは単独で排除できると。
最初に狙ったのは、"強欲"の枢要罪を宿す、雷禍。
雷禍のエリアは発電所だった。
雷禍の“核”が持つ膨大な電気エネルギーは、
私の演算装置の強化と極めて相性が良い。
合理的判断。
……そのつもりだった。
雷鳴の波長。
重力歪曲。
電位差の変動。
数式は、途中で焼き切れた。
理論は拒絶され、
演算は“意味を失った”。
——存在そのものが、論理の外側にある。
【勝率:0.00001%】
私は、その数字を削除した。
理解した。
理性だけでは、神の前座にすら届かない。
だが、その戦闘の最中。
私は、雷禍の支配領域の中枢で、
“異質な反応”を検知した。
雷禍の胸部コアとは別の場所。
発電施設の深部に埋め込まれた、周囲の構造とは、明らかに異質なエネルギー反応の塊。
「……これは……?」
演算装置が導き出した答えは明確だった。
《解析対象:雷禍のマテリアル》
——雷禍の“核”。
今の私では、雷禍には勝てない。
だが、これだけは持ち帰れる。
私は雷鳴を掻い潜り、マテリアルへと手を伸ばした。
そして、それを掴んだ瞬間。
雷禍の動きが、一瞬止まる。
「……?」
胸部のコアが掻き消え、そこには“空洞”が生まれていた。
雷鳴が乱れる。放電の精度が、明らかに落ちる。
——理由は、まったくわからない。
だが確かに、さっきまで“圧倒的”だった雷禍の動きが、一段鈍っていた。
私は迷わず撤退を選んだ。
空間制御。
加速。
遮蔽物展開。
雷撃が背後を掠め、建造物が音もなく崩れ落ちる。
——直撃していれば、即死だった。
何度も、死んだと思った。
それでも——私は逃げ切った。
息を切らしながら、手の中のマテリアルを見下ろす。
「……生きてる。それにマテリアルまで。だけど、勝てはしない。次元が違う」
それだけは、事実だった。
ならば——
必要なのは、理性だけではない。
“停止条件から外れた者”が100人いる。
私と同じ“動ける側”の人間。
彼らを集め、理性と非合理を組み合わせる。
勝率を“計算できる戦い”に変える。
……その日から、私は孤独を捨てた。
崩壊した都市を越え、沈黙した森を抜ける。
観測機構を展開する。
反応——なし。
胸の奥で、何かが軋む音がした。
これが“孤独”という感覚なのだと、
その時になって理解した。
そして、三日前。
——ピ。
端末に微かな光点が灯る。
《生体反応検知:コード不明》
信号源、北西区域。旧市街区。
融合者コードも、数値も不明。
だが確かに——“動いている”。
私は、息を吸った。
「……まだ、終わっていない」
そして歩き出す。
観測者としてではなく、
——ひとりの“抗う者”として。




