◆ 第1話:邂逅
世界が息をするのを忘れてから、何日が経ったのか。
太陽は、何事もなかったかのように昇り、
そして沈む。
世界は"死んだように生きていた"。
あらゆる生物たちは動かなくなり、
街から、音が消えた。
その中で動いている俺も…
きっと同じだ。
"死んだように生きている"。
腹の減り具合だけが、
唯一、自分が"生きている"と実感できる瞬間だった。
止まった世界を歩くうちに、少しずつ分かったことがある。
止まっている人間は、どうしても動かない。
肩を揺らしても、耳元で怒鳴っても、
可愛いあの子の服を脱がせても――
まったく、びくともしなかった。
ただ、物は例外らしい。
ある日、腹が減り、
いつもの様に何気なくコンビニへ入ったら、
自動ドアが——普通に開いた。
冷蔵庫も冷えている。
電子レンジも動く。
「……電気、生きてるのかよ」
呟いて、ふと笑った。
飢え死にだけは免れそうで——
その事実に、ほんの少しだけ救われた。
「運が良かった」
そう呟く。
この世界で生きるには、
そう思うしかなかった。
俺はまた、止まった街を歩き始める。
靴音だけが、やたらと響く。
泣き叫んだまま固まった子ども。
走り出した姿勢のまま止まった男。
抱きしめ合う直前で時間を失った恋人たち。
生と死の境目が、
曖昧なまま風化していく。
そんな光景を見ながら、俺は思った。
「……息をしてる俺のほうが間違いなんじゃないか」
——コツ、コツ、と。
音が割り込んだ。
無音の世界に響く、ヒールの音。
反射的に振り向く。
銀髪の少女が立っていた。
止まった世界の中で、
ただひとり――“動いている”。
「……生きてるのか?」
口が勝手に動いた。
少女は一度まばたきをして、
俺をまっすぐ"観測する"ように見つめる。
「——ありえない」
その声には、明確な“驚き”があった。
「停止していない……
交わりの痕跡も、融合反応もない……
なのに、動いている……?」
独り言のように呟きながら、
彼女は視線を逸らさない。
まるで、壊れた理論を前にした科学者みたいに。
「……あなたは、誰?」
「俺は蓮。あんたこそ誰だ?」
自分でも笑ってしまった。
久しぶりの“会話”というやつで、
この世界の異常さすら突っ込めていない自分が可笑しい。
少女は無表情のまま、胸に手を当てた。
「私はセリア。
——“動ける側”の人間」
「動ける側……?」
意味は分からない。
けれど、俺と彼女が“違う側”の人間だということだけは、
痛いほど伝わってきた。
「質問に答えて、蓮」
「質問って……あぁ、うん」
「この世界が止まってから、どれくらい経った?」
「正確にはわからない。三日くらいかな?」
セリアは静かに目を伏せる。
その横顔は、何かを計算するようで、
それでいて――ほんの少し、苦しそうだった。
「本来なら、あなたは止まっているはずだった」
その言葉に、息を飲む。
「この停止現象に……例外は“100人”しか存在しない。私はその1人。
でも、あなたは——その中にいない」
「100人……?」
「今は説明はできない。
私自身、理解が追いついていない」
一拍置いて、彼女は俺を見つめた。
「でも、ひとつだけ確かなことがある」
その瞳が、夜明け前の空みたいに静かに揺れる。
「——あなたはこの世界の"前提"を壊す存在」
言葉が、冷たい空気に落ちた。
その瞬間、
遠くの空が、わずかに軋んだ気がした。
何かが動き出す音。
世界の沈黙が、
ゆっくりと“息を吹き返す”ような錯覚。
俺はまだ知らなかった。
その音が、どれほど残酷な“始まり”だったのかを。
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