第63話 使者来訪――形だけの対話
第63話 使者来訪――形だけの対話
冬の朝は冷たいが、城の応接間には張りつめた熱が満ちていた。
王都からの使者は二名。
一人は礼装の中年貴族、もう一人は魔術師団の補佐役と見られる若い男。
どちらも品位はある。だが、その目に宿るのは明らかに――探りだった。
エレノアは静かに椅子に座り、彼らを見つめ返していた。
微笑みもなく、威圧もせず。
けれど、その瞳には一切の“従属”がなかった。
「遠路のご来訪、誠にご苦労さまですわ。
この寒さの中、辺境まで足を運ばれるとは――王都のご誠意を感じます」
貴族の男が喉を鳴らした。
「……僭越ながら、王命の代行として参上いたしました」
「ええ。文書では、“命令”は確認できませんでしたが」
「……形式上の問題でございます」
若い魔術師が口を挟む。
「グレンヴィル領の統治体制、特に軍制・税制の再編につきまして、
王都としては今後の方針に関する“対話”を希望しております」
“対話”。
その言葉の裏にあるものを、エレノアは即座に読み取った。
(監視、是正、牽制――)
彼女はゆっくりと手元の書類を閉じた。
「それは、“王都の意思を伝える”場でございますか?
それとも、“こちらの方針を尊重する”場かしら」
二人の眉が、わずかに動いた。
「……もちろん、王都としては秩序を重んじ――」
「ですが、現状、貴族議会の議決は――」
「議会の議決が出る前に、
わたくしたちは“命令の空白”に対処してきましたわ」
エレノアは、わずかに微笑んだ。
「貴族たちが争っておられる間に、
この地では雪が降り、道が塞がり、
子どもたちが飢えるかもしれなかったのですもの」
沈黙。
若い魔術師が唇を開く。
「……ですが、エレノア様。
やはり正規の王命なしに、税制や軍事を独自に運用するのは――」
「“命令がなかったから”、です」
彼女の声は穏やかだった。
けれど、その語尾は一切の逃げ道を与えなかった。
「わたくしたちは、王都に逆らったのではありません。
“委ねられた無言”に、誠実に応じただけですわ」
重ねた言葉に、貴族の男がようやく口を開く。
「……つまり、王都の返答があれば、再び従属の形も――」
「従属、という言葉は使われない方がよろしいかと」
エレノアは、まるで子供に諭すように微笑んだ。
「ここにいる民は、“命じられること”よりも、
“共に決めること”を望んでおりますの」
貴族の顔に、明らかな苛立ちが浮かんだ。
それは敗北の兆候だった。
⸻
会談の後。
ゼノとエレノアは、応接間の窓辺で並んで立っていた。
「……見事だったな」
ゼノが呟く。
「言葉を交わしたようでいて、
一歩も渡していない」
「ええ。
“対話”とは、歩み寄りではなく、立ち位置の確認ですわ」
エレノアは、遠くの空を見た。
「王都は、まだ“従わせるための対話”しか知らない。
だから、ああして“届かない声”を送り続けるのです」
「届かなかった声は、どうなる?」
「……やがて、自分の中でこだまするだけ」
彼女は目を細めた。
「その孤独に、王都が気づく日は――
きっと、近いですわ」




