【第4話 辺境への決断は、静かな灯火のように】
王都を離れ、静かに呼吸を取り戻したエレノア。
その心の揺らぎを見抜いたのは、ただ一人、辺境に生きる男だった。
彼女が守り続けた沈黙は、王都では罪にされ、孤独の象徴となった。
だがゼノにとっては、それこそが“力”。
この章は、
追放された令嬢が己の誇りを抱いたまま、
初めて“選択”という名の一歩を踏み出した物語である。
【第4話 辺境への決断は、静かな灯火のように】
追放された別邸で迎えた二日目の朝は、王都にいた頃よりも驚くほど静かだった。
エレノアは薄いカーテンを開け、遠くの丘陵地帯を見つめた。
朝靄に包まれた大地は穏やかで、鳥の声だけが新しい一日の訪れを告げている。
(王都の喧騒とは、こんなにも違うのですね……)
それは寂しさではなく、不思議な安らぎだった。
沈黙を守る必要のない場所。
悪役と呼ぶ者もいない世界。
エレノアは、胸の奥の空洞が、少しずつ外気で満たされていくのを感じた。
⸻
昼過ぎ。
別邸を管理する老使用人が、馬車の来訪を告げた。
「お嬢様……本日も、グレンヴィル辺境伯令息が」
「……また?」
昨日、突然訪ねてきたゼノ。
彼が再び来る理由は、わずかしか思いつかなかった。
「お前を必要としている。それだけだ。」
あの言葉の重さは、簡単に忘れられるものではない。
そして、扉が開く。
黒衣を纏った青年が、陽光を背に立っていた。
灰色の瞳は、相変わらず静かで、しかし熱を帯びている。
「エレノア。今日の体調は?」
「……ええ、問題ありませんわ」
ゼノは彼女の返答に満足したように頷き、玄関ホールへ歩み寄る。
「昨日から考えていた。
お前の“沈黙”が、王都では枷となった。
だが辺境では、それは武器になる」
「武器……?」
「誇りを守るために声を上げない選択をした者を、
俺の領地では“強き者”と呼ぶ」
エレノアの紫水晶の瞳が揺れる。
(強き者……?
王都では、あれは“弱さ”として扱われたのに……)
ゼノは躊躇なく続けた。
「お前の判断力と知識は、辺境に必要だ。
俺は、それを真っ当に評価する場を用意できる」
「……評価?」
胸が少しだけ痛む。
王都で求め続け、ついに得られなかった言葉だったから。
ゼノは真っ直ぐな声音で告げた。
「――辺境へ来い、エレノア。
お前が望む形で働ける場所を、俺が作る」
その誘いは、甘さではなく、深い確信に満ちていた。
⸻
その日の夕刻。
エレノアは書斎にひとり座り、机に広げられた紙を見つめていた。
そこには、王都から届いた“形式上の静養命令”の写し。
そして、ゼノが差し出した“選択の余地”。
どちらにも縛られない、第三の道が目の前にある。
(……私は、何を望んでいるのかしら)
問うように天井を見上げる。
王太子のために沈黙を守り続けた日々。
誤解と偏見に晒された社交界。
自分を“悪役”と呼ぶ声に、ただ耐えるしかなかった時間。
しかし――
「あなたには価値がある」
あの一言が、胸の奥深くに残っている。
それは慰めでも、同情でもない。
真正面から向けられた、ひとつの評価。
エレノアはゆっくりと立ち上がった。
鏡に映る自分の姿は、王都にいた頃と変わらないはずなのに。
なぜか、立ち姿が少しだけ軽く見えた。
「……決めましたわ」
扉を開け、外へ出る。
そこにはゼノが待っていた。
「答えを聞こう」
エレノアは、一瞬だけ呼吸を整えた。
そして、静かに言った。
「わたくし……辺境へ参ります。
あなたのもとであれば、誇りを失わずにいられる気がします」
ゼノの瞳に確かな光が宿った。
「――歓迎する。
お前は今日から、辺境グレンヴィル領の“客人”だ」
その瞬間、エレノアの道は静かに変わり始めた。
追放令嬢ではなく。
悪役でもなく。
ひとりの誇り高き女性として。
彼女は、初めて自分の意思で未来を選んだのだった。
こうしてエレノアは、王都の欺瞞を捨て、
辺境へ向かうという決断を下した。
それは逃避ではなく、再生の始まり。
王都で誤解され続けた沈黙が、
辺境では“価値”として扱われるだろう。
次に語られるのは、
エレノアが初めて踏み入れる辺境の地――
そして、そこで待つ厳しさと温かさの物語。
**第5話
「辺境グレンヴィル領――狼たちの住む場所」**
彼女の未来は、静かに、しかし確実に動き出していた。




