第43話 王女セラフィナの来訪
第43話 王女セラフィナの来訪
その少女は、冬の朝の光をまとって現れた。
白い外套をはためかせ、浅く息を切らしながら――
だがその歩みは、必死に礼節を守ろうとしていた。
「ここが……グレンヴィル……なのですね……」
震える足で馬車から降り立ったその姿を見た瞬間、
エレノアは確信した。
(……王族)
それは装いではない。
空気そのものが、彼女の周囲に優しく漂っていた。
柔らかさ、気高さ、そして……傷ついた心。
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「ご来訪の目的を伺っても?」
警戒するゼノの声は低い。
だが、少女は怯まずに前へ出た。
「わ、わたくし……
王女セラフィナ・エルデンと申します……!」
その瞬間、兵士たちの間に緊張が走った。
「王女……殿下……?」
「なぜ王都から……?」
ゼノは剣の柄に手をかけつつ、静かに彼女を見下ろす。
「王女殿下が、このような辺境までひとりで来る理由は?」
「それは――」
セラフィナは、震える唇を噛んだ。
「お願いが……あるのです……!
エレノア様……あなたに……!」
その名が呼ばれたとき、
エレノアの胸にかすかな痛みが走った。
(王家の者が……わたくしの名を……)
思いがけない痛み。
かつて仕えていた国の象徴が、
いまは助けを求めて頭を下げようとしている。
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「まずは、落ち着いて中に入りましょう」
エレノアはそっと手を差し伸べた。
セラフィナはそれを見つめ、
ためらいながらも、そっとその指先に触れた。
「……ありがとうございます……」
その瞬間、王女の瞳に涙がにじむ。
だが、エレノアは何も問わなかった。
ただ淡く微笑み、彼女を城内へ導いた。
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◆ 謁見の間
暖かな暖炉の前で、ようやく王女の震えが止まった。
「王女殿下。
ここまで来た理由を……聞かせていただけますか」
エレノアの声は穏やかだった。
対して、
セラフィナの声は震えていた。
「王都は……もう持ちません……!」
あの王都が。
永く続いた王家が。
あの栄華が。
「兄……王太子フレデリック様は……
貴族派と魔術師団に挟まれて……
もう、何が正しいのかわからなくなっておられます」
「…………」
「ご自分の判断で何一つ動かせず、
まわりの者たちが嘘をささやいて……
それでも……
“エレノアなら、どうにかしてくれるはずだ”と……!」
その名を呼ぶ声は、痛いほど切実だった。
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「王都は……崩れています」
王女セラフィナは、絞り出すように言った。
「民は困窮し、軍は分裂し、
魔術師団は独自の兵力を増やし……
このままでは……」
小さな手が震えている。
「……この国が……壊れてしまいます……!」
誰よりも国を愛していた少女の、
必死の叫びだった。
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エレノアは静かに目を閉じた。
胸の奥には、痛みがあった。
王都で過ごした日々。
守ろうとした制度。
救おうとした人々。
すべてが、いま崩れつつある。
(……それでも)
彼女はゆっくりと瞳を開いた。
「王女殿下。
そのような大事を……なぜわたくしに?」
セラフィナは、エレノアの手を両手で掴んだ。
「エレノア様……!
あなた以外に、頼れる方はいないのです!」
「わたくしを追放した王家が、
また……わたくしに縋ろうと?」
「違います……!
あれは……兄の弱さ……
貴族たちの策……!」
涙がこぼれた。
「でも……本当に国を救えるのは……
あなたしかいないのです……!」
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その場にいて、ただ一人、
ゼノだけが冷静に王女を見据えていた。
「王女殿下。
あなたの言葉が真実だとして――」
低く、鋭い声。
「国を救うには、まず“腐敗の根”を絶たねばならない。
王家だけでは足りない」
「……わかっております」
「それを、エレノアに求めるのか」
王女は涙を拭きながら、真っ直ぐに頷いた。
「……はい」
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ゼノは、静かに息を吐いた。
「エレノア」
「……はい」
「お前は、どうしたい」
その問いに、
セラフィナは震え、
エレノアは胸の奥に沈んだ感情を探った。
後悔、怒り、悲しみ。
それでも――
「……国を……見捨てるわけにはいきません」
静かな声。
しかし、揺らぎなき意志。
王女の目が大きく開かれた。
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「ですが」
エレノアは続けた。
「これ以上、王都の腐敗に振り回されるつもりはありません。
戻るとなれば……わたくしの条件で動きます」
「……条件?」
ゼノと王女が同時に問う。
「はい」
エレノアは、少しだけ微笑む。
「国の改革を、わたくしが主導すること。
それを……王家が認めるならば」
王女セラフィナは涙を流しながら、何度も頷いた。
「……わかりました……!
兄にも……言い聞かせます……!」
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そして、ゼノが静かに立ち上がる。
「エレノアが動くなら――」
王女を射抜くような鋭い視線。
「俺も同行する。
二度と、王都に好き勝手はさせん」
その誓いに、
エレノアの胸が微かに震えた。
(……ゼノ様……)
「お前を危険に晒すなら、
王家だろうと……敵だ」
その言葉は、
王女セラフィナすら息を呑むほどの強さだった。
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こうして、
王女の来訪は――
国の崩壊の序章であり、
エレノアが再び“国政の中心”へ立つ兆しでもあった。
そして何より――
ゼノとエレノアが
“国を動かす二つの意志”となる第一歩でもあった。
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次話
第44話「影の刺客団」




