第42話 暴かれた魔術師団上層の企み
第42話 暴かれた魔術師団上層の企み
夜明け前の執務室に、
紙を捲る音だけが静かに響いていた。
薄闇の中、ランプの光に照らされているのは――
エレノアの指先。
「……ようやく、全体が見えてきましたわね」
机に広げられたのは、
監査団が残した暗号文書の写し。
意味不明の記号、数字、魔術式の断片。
だがエレノアの手によって、それらは“一枚の絵”に変わりつつあった。
⸻
「エレノア。もう夜明けだぞ」
扉を開けて入ってきたゼノが、小さく眉をひそめた。
「また徹夜か」
「必要でしたので」
「必要でも、限度がある」
ゼノはコートを脱ぎながら、
彼女の隣へと歩み寄る。
「――で、何がわかった」
その問いに、エレノアは数枚の紙を静かに重ねた。
「ゼノ様。
この文書……ただの記録ではありません」
「ほう」
「“実験計画書”です」
ゼノの目が細くなる。
「魔術師団の上層部は、国境の魔物活性化を……
意図的に引き起こしていました」
言葉が、室内の空気を凍らせた。
⸻
「氷狼も、か?」
「はい。
氷結魔術の特性を利用して、魔物の凶暴性を強め……
“制御可能な兵器”として運用する計画だったようです」
「……ふざけた連中だな」
ゼノの声は低く、抑制された怒りを含んでいた。
「さらに悪いことに、計画には続きがございます」
「続き?」
「魔獣を制圧し、王都の軍事力として編入する……
そのための“実験場”として、辺境を選んでいたのです」
ゼノの拳が、机の端をわずかに揺らした。
「俺たちを……試すつもりだったというのか」
「はい。
そして失敗すれば、その責任ごと“処分”するつもりだったのでしょう」
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沈黙が落ちる。
氷のように冷たい沈黙。
エレノアは、黒いインクの跡を指でなぞった。
「おそらく監査団は、計画の進行度を確認するための“偵察役”でした」
「王都の命令ではなく……?」
「文書を見る限り、王家の関与は極めて薄い」
「では誰が黒幕だ」
「魔術師団上層と、貴族派閥の一部です。
王太子は……おそらく、この規模を把握していません」
⸻
「つまり……」
ゼノの声が低くなる。
「魔術師団が、独自の軍事力を得て、
王権を超えようとしている」
「その通りです」
エレノアは淡々と頷く。
「これは単なる暴走ではありません。
国家の転覆計画です」
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ゼノは深く息を吐いた。
「……王都は、腐りきっていたというわけか」
「はい。
王太子の放漫や貴族派の横暴は“表層”。
本当に危険なのは、下で動いていたこの組織です」
エレノアの手は震えていなかった。
だがその目には、静かな怒りが宿っていた。
「わたくしを追放したのも……
計画を邪魔する存在と判断されたからでしょうね」
「なるほどな」
ゼノが、ゆっくりと彼女の手元から文書をとる。
「だが、やつらは読み違えた」
「読み違え……?」
「お前を追放したことで――
“俺の領に渡す”ことになった」
ゼノの目が、蒼い光を帯びる。
「それが、やつらの致命的失策だ」
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その声音は、静かでありながら強烈だった。
「エレノア。
これはもう、王都との争いでは済まなくなる」
「ええ。
魔術師団を中心とした“裏の王都”との戦いになるでしょう」
「そして……お前は、その中心に立つことになる」
「……わたくしが?」
「ああ」
ゼノは迷いなく言う。
「この国で最も頭の回る者は、お前だ。
やつらにとって“脅威”だったように……
俺たちにとっては“武器”でもある」
「武器……?」
「間違いなくな」
ふっと、彼は彼女の肩に手を置いた。
「だからこそ、守る必要がある」
⸻
「ゼノ様……?」
「お前を狙う連中は、もう“監査”ではなく“排除”に動くだろう」
その言葉は事実であり、予兆でもあった。
「魔術師団が動く前に、こちらが動く必要がある」
ゼノは軽く息を吸い、宣言するように言った。
「エレノア。
お前に危険が迫るなら――」
一歩、踏み込んで。
「俺がすべて叩き潰す」
それは誇張でも冗談でもない。
まるで“運命の誓い”のように重い言葉だった。
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エレノアは、一瞬だけ目を閉じた。
(……わたくしは、守られる立場になってしまうのでしょうか)
だが次の瞬間、静かに瞳を開く。
「……でしたら、わたくしも覚悟を決めなければなりませんわね」
「覚悟?」
「はい。
この国を、本当に救うための覚悟です」
その目には、かつて王都で見せた“貴族の理”が戻っていた。
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エレノアとゼノが同じ文書を前に並び立った夜。
それは――
王都の“裏の心臓”へ手を伸ばす、始まりの日だった。
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次話
第43話「王女セラフィナの来訪」




