【第3話 追放令嬢と、辺境の狼との邂逅】
第3話をお読みいただきありがとうございます。
今回は、
婚約破棄後のエレノアの追放 → ゼノとの初めての真正面からの対話を描きました。
【第3話 追放令嬢と、辺境の狼との邂逅】
婚約破棄から一夜が明けた王都は、まるで祝祭の後のような浮ついた空気に包まれていた。
人々は噂話を酒と同じように楽しみ、街の至るところでエレノアの名が囁かれる。
「やっぱり悪女だったのね」
「アメリア様が泣いていたのよ?」
「公爵家も大変ねぇ……」
それらの声を背に、エレノアは静かに馬車へ乗り込んだ。
王城から届いた“追放命令”。
表向きは「療養のための静養」と記されているが、意味は明白だ。
(……私がいなくても、王都の政は回るのでしょうか)
そんな淡い疑問が胸をかすめたが、すぐに消える。
もう、王都のことは考えなくていい。
ただ、荷物も最小限にまとめられた。
私物の多くは「処分すべきもの」として扱われていた。
それでも、エレノアは背筋を伸ばして微笑む。
「……案外、身軽になりましたわね」
誰に聞かせるでもない独白。
馬車は、王都南門を静かに抜けた。
⸻
夕刻。
追放先として指定された辺境の別邸は、小高い丘に建つ古い屋敷だった。
手入れはされているが、王都の煌びやかさとは無縁の静けさが漂っている。
「……ここなら、誰にも迷惑をかけずに済みますわね」
エレノアは室内を歩きながら、壁を指で軽くなぞる。
古いが、丁寧に整えられている。
公爵家の使用人たちが、せめてもの礼として準備したのだろう。
ふと、窓の向こうで風が木々を揺らす音が聞こえた。
(長い夜になりそうですわね)
その時だった。
轟音が走った。
遠く、城壁の外――
地面が揺れるほどの馬の疾走と、荒々しい足音。
異常を悟ったエレノアが外へ出ると、
そこには――黒髪の青年が馬を降りる姿があった。
辺境の狼。
ゼノ・フォン・グレンヴィル。
灰色の瞳が、静かな夜気を裂いてエレノアを捕らえる。
「……グレンヴィル辺境伯令息。どうしてここに?」
エレノアは礼を取る。
だが、ゼノは一歩、彼女へと近づいた。
「質問は俺の方だ。なぜ、お前がここにいる」
低く鋭い声。
だが怒りではない。
理解しようとする温度を含んだ声音だった。
「療養のため、とのことですわ」
エレノアは微笑んだ。
沈黙と、誤魔化しと、誇りの微笑み。
しかしゼノの目は、それを軽々と見透かす。
「……嘘だな」
静かに告げられた言葉に、エレノアの胸がわずかに揺れる。
「お前の顔は、『追放された者』のそれだ。
誇りで自分を縛って、声を上げることもできなかった者のな」
「……」
エレノアの言葉は、喉の奥でかすれた。
(どうして……)
これまで誰にも見抜かれたことがない沈黙の意味を、
この男は、一目で理解してしまった。
「エレノア・フォン・アウグスト。
王都は、お前という“柱”を失って崩れるだろうな」
ゼノは一度だけ空を仰いだ。
そして、彼女に向けて手を差し伸べる。
「――辺境へ来い。
お前が欲しい。能力も、知恵も、沈黙の誇りもだ」
「……私を、哀れんでいるのですか?」
エレノアは問い返した。
そこには、怒りでも自尊心でもなく、ただ確認したい気持ちだけがあった。
ゼノは即答した。
「俺は“哀れみ”で人を誘わない。
お前を選ぶ理由はひとつだ。
――価値があるからだ」
風が吹いた。
夜の空気が、二人の間を撫でる。
エレノアは強く、瞼を閉じた。
(私は……本当に、ここにいてもいいのかしら)
王都が否定した自分を、
この男は初めから肯定しようとしている。
「……しばらくの間、静養が必要ですわ。
その後のことは……考えさせてください」
エレノアは、ゆっくりと彼の手を取らなかった。
けれど――拒絶でもない。
ゼノは満足そうに頷く。
「それでいい。
お前が歩き出す準備ができるまで、俺は待つ」
その夜、
追放された“悪役令嬢”の運命は静かに動き始めた。
そして、それを動かしたのは――
沈黙の奥にある誇りを見抜いた、ただ一人の辺境の狼だった。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
エレノアは王都で全てを失いました。
しかし、彼女の価値を一瞬で見抜いた男・ゼノとの出会いによって、
“再生”の物語が始まりました。
次回は――
**第4話
「辺境行きの決断と、新たな旅路へ」**




