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『悪役令嬢に仕立てた結果、王都が滅んだ件』 ― 追放された令嬢は北方で花開く ―  作者: ゆう
3章辺境の再生

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第34話 商人たちの覚醒

第34話 商人たちの覚醒


 朝の市場に、久しく聞かなかった音が満ちていた。


 布を広げる音。

 籠を置く音。

 硬貨の触れ合う、澄んだ響き。


 それは単なる喧騒ではない。

 “生きる意志”の音だった。


「……ずいぶんと、賑わってきましたわね」


 市場を歩きながら、エレノアは静かに微笑んだ。


「これが“覚醒”だ」


 ゼノは短く答える。


「人は、生きられると理解した瞬間から、欲を持ち始める。

欲とは、本来“希望”だ」



 露店のひとつに、見慣れない紋章が掲げられていた。


「ここは……?」


「王都から来た商人です」


 役人が答える。


「最近の噂を聞きつけ、独自の取引拠点として……」


「ほう」


 ゼノの声が、かすかに低くなる。


 エレノアの存在を見つけた商人が、すぐに歩み寄ってきた。


「これはこれは、エレノア様。

近頃のご活躍、王都でも評判でして――」


 過剰な笑顔。

 過剰な距離。


 ゼノの視線が、鋭く細められる。



「ぜひ一度、王都へお戻りになられては?

今のお力があれば、王族も――」


「その話は、必要ない」


 遮る声。


 ゼノだった。


「この方は、俺の領で働いている。

勝手な誘いは慎め」


「あ、これは失礼を……」


 商人が言葉を濁す。


 だが、その視線はなおもエレノアに向けられている。


「王都へは戻りません」


 エレノアが、凛と告げた。


「私の居場所は、ここにあります」


 この言葉に、ゼノの心がわずかに揺れる。



 周囲の商人たちも、次々と声をかけてくる。


「交易路を広げたいのですが……」

「価格設定についてご意見を……」

「暁の丘への拠点設置のお許しを……」


 それは、彼女の知性を認めた証。


 だが同時に、

ゼノの胸には、見過ごせぬ感情が生まれていた。


(……あまりにも、視線が集まりすぎる)


 守りたいという感情の奥に、

確かな“嫉妬”が芽生える。



「エレノア」


 彼はそっと声をかける。


「少し、こちらへ」


「……?」


 ゼノは自然な仕草で、彼女を人の輪から引き寄せた。


 あまりにさりげなく、だが確実な距離の変化。


「お疲れでしょう」


「そのようなことは――」


「今日は、ここまでだ」


 低く、しかし優しく。


 彼女を気遣う言葉であり、

同時に――囲い込む行動でもあった。



 市場を離れ、少し静かな通りへ。


「ゼノ……どうかされましたの?」


「……いや」


 一瞬、言葉を探すような沈黙。


「ただ……」


 彼は目を逸らしながら続ける。


「お前が、誰の手にも届きそうになるのが、嫌なだけだ」


 はっきりとした独占。


 エレノアは静かに微笑んだ。


「私は、物ではありませんわ」


「わかっている」


 だが、視線は真剣だった。


「だからこそ、誰のものにも軽々しくならぬでほしい」


「それは……」


「俺の、わがままだ」


 その一言には、隠しようのない想いが滲んでいた。



 そのとき、一人の若い商人が駆け寄ってくる。


「ゼノ様! エレノア様!

暁の丘の住民たちが、自主的に共同倉庫を――」


「任せる」


 ゼノは即答した。


「だが、決裁はエレノアに」


 その言葉に、彼女が少し驚いた顔をする。


「私に?」


「ああ。

この地の“流れ”は、お前が操っている」


 静かな、絶対的信頼だった。



 日が傾くころ、市場は再び穏やかさを取り戻した。


「……すべてが、動き始めていますわね」


「そうだ」


「けれど私は知っています。

これはまだ“始まり”にすぎないことを」


 ゼノは小さく笑った。


「お前はいつも、その先を見ている」


「……一歩ずつでよいのですわ」


「俺はその歩みに、必ず並ぶ」



 夕暮れの中、市場を振り返る。


 商人たちの目に宿る、意志と希望。


 だがその中で、ひときわ強く輝いていたのは

銀糸のような気品をまとった令嬢だった。


 そして、その隣に立つ男の眼差しは、誰よりも深かった。


(……絶対に、手放さない)


 それは誰にも聞こえない誓い。


 だが確かに、

“ひとりの男としての覚悟”だった。


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