表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『悪役令嬢に仕立てた結果、王都が滅んだ件』 ― 追放された令嬢は北方で花開く ―  作者: ゆう
3章辺境の再生

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/63

第28話 領民の信頼

第28話 領民の信頼


 朝の霧が、ゆっくりと村を包んでいた。

 白く霞んだ景色の向こうから、やわらかなパンの香りと、木を割る音が届く。


 それは、かつての荒廃とはまるで違う――

 “生きている村”の息づかいだった。


「エレノア様!」


 小さな少女が、ぱたぱたと駆けてくる。


「おはようございますわ。今日は冷えますね」


「でもね、お母さんが言ってたの!

 もう、この村は寒くないって!」


 無邪気な笑顔。


 エレノアはその言葉を聞いて、ほんの少しだけ目を細めた。


「……そう。なら、とても嬉しいことですわ」


 その様子を、少し離れた場所からゼノは見つめていた。


(触れれば壊れてしまいそうなくらい、細い背なのに……)


 それでも、彼女の言葉は人の心を温める。


 誰よりも、強かった。



 村の集会場。

 古びた板張りの床の上に、村人たちが集まっている。


「エレノア様に、お礼を……!」


「今まで誰も、こんなふうに話を聞いてくれなかった……!」


「恐れながら……この村を見捨てなかったこと、感謝いたします……!」


 深く頭を下げる人々。


 その姿に、エレノアは慌てて首を横に振る。


「やめてくださいませ。

 私は、ただ当然のことをしているだけです」


「でも、違います!」


 声を震わせながら、ひとりの老女が言った。


「私たちは……ずっと、“仕方ない”と言い聞かせて生きてきました。

 でも、この方は違う。

 “生きていい”と言ってくださった……!」


 静かなざわめき。


 エレノアの胸に、ぎゅ、と何かが詰まる。


「そんなつもりでは……」


「いいえ!」


 別の男が続ける。


「私たちは、あなたを信じたいのです。

 この村の未来を、あなたに預けたいと……!」


 その言葉を、ゼノは黙って聞いていた。

 そして、ゆっくりと前に出る。


「……この方は、命令で動いているのではない」


 低い声が場を静める。


「誰かに強いられているのでもない。

 自分の意志で、この地に立っている」


 静かながら、揺るがぬ声音。


「だからこそ、お前たちが信じるに値する」


 そしてゼノは、ほんの少しだけエレノアのほうを見た。


「……俺が、そう思っている」


 その言葉に、場の空気がやわらいだ。


 エレノアは、驚いたように彼を見つめる。


「ゼノ様……」


「この方は、この領の未来だ。

 敬意をもって迎えろ」


 それは命令でもあり、宣言でもあった。



 その後、小さな簡素な食事会が開かれた。


 村人たちと同じ卓で、エレノアは笑い、話し、子どもたちの話を聞く。


「字を教えてくれるの?」


「ええ。いずれ読み書きができる場所も作りますわ」


「ほんとう? じゃあ、ぼく、おおきくなったら商人になる!」


「それは素敵ですわね。

 あなたなら、きっと立派になれます」


 その光景を、ゼノはしばらく黙って見つめていた。


(……こんな顔をするのか)


 柔らかく、どこか少女のような笑み。


 戦場では見たことのない表情だった。



 食事が終わり、外に出たとき。

 空は青く澄み、遠くの山々が静かに佇んでいる。


「……村の方々が、あれほどまでに心を開いてくださるとは思いませんでした」


「当然だ」


 ゼノは穏やかに答える。


「お前は、誰一人として見下していない。

 それが、彼らにはわかる」


「私は……自分が正しくできているのか、まだ不安ですわ」


「それでも、前を向いている」


「ええ。そうしなければ、この地を守れませんから」


「守るのは、俺の役目だ」


 ゼノは静かに言う。


「お前の役目は、“生きる意味”をくれることだ」


 エレノアは驚いたように息をのんだ。


「……私に、そのような力があると?」


「あるとも」


 彼はゆっくりと、彼女のほうへ視線を向ける。


「そして俺は、その力に何度も救われている」



 夕暮れが近づく。


「今日は、ありがとうございました。

 皆さまと同じ卓につけたこと……忘れません」


「だが、少し無理をしすぎだ」


「私は――」


「わかっている。だが、言わせてくれ」


 ゼノは声を落とした。


「お前が優しすぎるから、皆が甘えてしまう。

 だからせめて……俺だけは、お前を甘やかす」


「……ゼノ様」


「違うな」


 ふっと、柔らかい微笑。


「エレノア。そう呼ばせてほしい」


 一瞬の沈黙。


「……構いませんわ」


 その言葉に、彼の瞳がわずかに揺れた。


「では、これからはそうする」



 村を離れる道すがら。

 風がやさしくふたりを包む。


 すでに領民の中で彼女は“女神”と呼ばれ始めていたが、

 ゼノにとっては、ただひとりの女性。


 誇り高く、気高く、そして誰よりも繊細な心を持つ存在。


「……信頼とは、不思議なものですわね」


「どういう意味だ」


「積み重ねるものだと知っていても……

 こんなにも温かいものだとは思っていませんでした」


「それは、お前が与えているものだ」


「ならば……あなたは?」


「俺は――」


 ゼノは静かに言った。


「お前を信じることで、この土地を信じられる」


 その言葉には、揺るぎない想いが込められていた。



 こうして、村は再生し、

 人の心は、確かな“信頼”を取り戻した。


 そしてその中心には、

 ひとりの令嬢と、彼女を静かに、だが確実に想い始めた男がいた。


 まだ恋とは呼ばない。

 けれど、その芽はもう――確かに育っている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ