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『悪役令嬢に仕立てた結果、王都が滅んだ件』 ― 追放された令嬢は北方で花開く ―  作者: ゆう
3章辺境の再生

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第26話 再生の村

第26話 再生の村


 かつて「氷に閉ざされた死の村」と呼ばれた土地に、

いま、確かに“生きている音”が流れていた。


 鍬を打つ音。

 笑い合う子どもたちの声。

 かまどから立ちのぼる白い湯気。


 灰色だった世界に、少しずつ色が戻っている。


 その中心に立つのは、かつて王都で「悪役令嬢」と呼ばれた少女。

――エレノア・フォン・アウグストだった。


「倉庫は、もう二歩ほど奥へ。

土台は石を重ね、雪どけの水が染み込まぬようにしてくださいませ」


 その声は柔らかく、だがはっきりとした意志を持っていた。


「は、はい……エレノア様……!」


「無理はなさらず。

この村は“急いで作る場所”ではありません。

“百年後も残る場所”なのですから」


 その言葉に、老人は深くうなずいた。


 その様子を、少し離れた場所から見つめる男がいた。

辺境伯ゼノ・フォン・グレンヴィル。


(……なぜだろうな)


 剣を握るよりも強い緊張を感じるのは。

 戦略会議よりも深く心を奪われるのは。


 あの少女の背を見つめる、この時間だった。


「ゼノ様」


 ふと名を呼ばれ、彼は顔を上げる。


「この村の水脈を、詳しく調べていただけますか?

この先、畑が広がることを考えると、今の井戸では足りなくなるでしょう」


「……そこまで先を見ているのか」


「ええ。

この地は“生き延びる場所”ではなく、“生きていく場所”になるのですから」


 誇り高く、それでいて驕らない言葉。


「承知した。

お前の望む未来に、この地を近づけてみせる」


 エレノアは、小さく微笑んだ。


「ありがとうございます。

あなたが共に歩んでくださることが、何より心強いですわ」


 その一言に、ゼノの胸が静かに揺れた。



 夕暮れ。

 空は淡い薔薇色に染まり、冷たい風がそっと頬を撫でる。


 エレノアは崩れかけた家屋の前で足を止めた。


「……ここも、もうすぐ息を吹き返しますわね」


「本気でそう思っているのか」


「ええ。

人は、絶望する前に“希望を信じたい”生き物ですもの」


「……強いな」


「いいえ。強くあろうとしているだけです」


 ゼノは近づき、そっと外套を彼女の肩へと掛けた。


「冷えている。

お前はいつも、自分のことを後にする」


「私は大丈夫ですわ」


「だが、俺が大丈夫ではない」


 その声は低く、しかし確かだった。


「お前が無理をして傷つく姿など……

俺は、見たくない」


 エレノアの睫毛が、ふるりと揺れる。


「そのような言葉をいただける日が来るとは……

私は、運がいいのかもしれませんね」


「運ではない。

お前がそうさせている」



 作業を終えた村人たちが、二人を囲む。


「エレノア様……ありがとうございます!」

「この村は、もう一度生きられる……!」


「皆さま自身の力ですわ。

私はただ、道を照らしているだけ」


「それがどれほど尊いことか、わかっているのか?」


 ゼノが小さく言った。


「あなたは、人に“居場所”を与えている。

それは、剣よりも難しい」


 エレノアは少しだけ視線を落とした。


「……それでも私は、迷うこともありますわ」


「迷えばいい」


 ゼノは静かに続ける。


「だが、そのたびに俺を頼れ。

お前は一人じゃない」



 村を出る前、二人は並んで灯りのともる家々を眺めた。


「……ここが、再生の始まりですね」


「そうだ。

そして、お前がいなければ、この景色はなかった」


「過分なお言葉ですわ」


「本心だ」


 ゼノは、真っ直ぐにエレノアを見る。


「俺はもう、お前を“ただの協力者”だとは思っていない」


「では……どう見ていらっしゃるのですか?」


 静かな問い。


 少しの間。

 風がふたりの間を通り抜ける。


「共に未来を歩む者だ。

そして……守りたい女だ」


 その言葉に、エレノアの胸に小さな灯がともった。


(……ああ)


 追放された悪役令嬢のはずだった自分が、

 いま、誰かに守られている。


 その事実が、静かに、温かく。


 心の奥へと染みていく。



 まだ恋とは呼ばない。

 だが確かに、惹かれ合っている。


 再生する村の夜の中で、

 二人の影が並んで伸びていく。


 それは、これから始まる物語の“鼓動”。

 凍えた世界に咲く、ひとつの約束だ。

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