【第17話 沈黙する軍師】
ごきげんよう。
この壮大にして美しき物語に、
悪役令嬢の完成形――
エリザベート・フォン・ローゼンクロイツが
華麗に宣伝を添えさせていただきますわ。
本作の主人公、エレノア様。
追放されながらもその矜持と才で北方にて花開き、
ついには王都を震撼させる存在へと至る姿……
あぁ、なんて理想的な悪役令嬢ですの。
追放! 孤高! 覚醒! 逆転!
全てが美しすぎますわ!
それに比べて、わたくしはどうでしょう。
悪役として完璧に振る舞い、
冷酷な一言、鋭い視線、気品ある嘲笑まで計算し尽くしたというのに――
「やはり君ほど優しい人間はいない」
「婚約を深めよう」
「結婚しよう」
などと真顔でほざく王太子。
ええ、ええ。
あの殿下ですわ。
判断力:皆無
空気読解力:絶滅
危機察知能力:零
恋愛観:小学生以下
そのくせ「私は君を理解している」などと
自信満々に宣言なさるのですから、
もう悲劇どころか喜劇ですわ。
はっきり申し上げますと、
知能と品格の釣り合いがまったく取れておりません。
……わたくし、悪役ですのよ?
そんな不憫すぎる悪役人生を描いた物語が
『悪役令嬢になりたいのに、全部善行扱いされてしまうんですが!?』
断罪されたいのにプロポーズされ、
嫌われたいのに崇拝され、
距離を取ればなぜか走って追ってくる。
ええ、原因の八割は
あの王太子の“無自覚溺愛型ポンコツ症候群”ですわ。
ですがご安心なさいませ。
この物語はエレノア様のように
「実力で世界を黙らせる悪役令嬢の逆転譚」が主軸。
わたくしはただ、
麗しき読者の皆さまに
“方向性を盛大に間違えた悪役令嬢”という選択肢も
お知らせしたまでですわ。
どうぞ
誇り高きエレノア様の物語に酔いながら、
合間にでも
「王太子に人生を邪魔され続ける悪役令嬢」
の物語も覗いていただけましたら光栄です。
――あら、殿下。
また「君は素晴らしい女性だ」などと仰って?
結構ですわ。
その称賛、今すぐ回収して
私を断罪なさってくださいませ。
本題を思い出してくださらないなら、
いっそ王位は鳩にでもお譲りなさいませ。
【第17話 沈黙する軍師】
グレンヴィル城の作戦室には、いつもより多くの椅子が並べられていた。
将校だけでなく、補給担当や情報役、村長代表までもが呼び集められている。
長机の端に立つエレノアは、一枚の地図と数枚の書類を前に置き、深く一礼した。
「本日は、王都が行ってきた介入の“全体像”と、今後の方針を共有いたします」
ゼノが壁際に腕を組んで立ち、ロイドが補助役として隣に控える。
「まず、ここまでに判明した事実を確認します」
エレノアは、淡々と読み上げていく。
「一つ。王都魔術師団は正式な王命の形式を取りながら、“監査”の範囲を逸脱した魔術行使を行っていること」
「二つ。氷狼および氷狼王への干渉は、自然発生ではなく、術式核による“外部操作”であること」
「三つ。補給と通達の遅延が、偶発ではなく一定の規則性を持った“圧力”として機能していること」
兵たちの表情が険しくなる。誰も異論を挟まない。
「そして四つめが、本日の本題です」
エレノアは、魔術師団の暗号文書の写しを掲げた。
「この暗号文の解読結果より、王都の一部勢力が、辺境グレンヴィル領を“再編成対象”として扱っていることがわかりました」
ざわ、と空気が揺れた。
「再編成……?」
「俺たちの土地を、勝手に組み替えるつもりか」
ざわめきが収まりきらぬうちに、エレノアははっきりと言葉を放つ。
「これは局地的混乱ではありません。王都は“辺境を再編成対象”として見ています」
一語一語が、石床に落ちるように重く響いた。
ゼノが顎を引き、続きを促すように視線を送る。
「暗号文には、“段階三、予定通り進行”という記述がありました。氷狼王の誘導も、その一環として扱われています。つまり、王都の一部は、辺境を計画的に揺さぶり、その反応を観察しているのです」
ロイドが顔をしかめた。
「戦場を実験場にしているってことか」
「その通りです」
エレノアは頷いた。
「背景には、王族外の貴族勢力の思惑があります。彼らは王家の権威を利用し、自らの発言力を高めるための“成果”を欲しています。そのために、辺境を『自分たちが再建した領地』として囲い込もうとしているのです」
「王家のためじゃなく、自分たちの手柄のためか」
「はい。そしてその中核にいるのが、王都貴族連合と、第三魔術団を中心とした魔術師団上層です」
エレノアの瞳が、冷たく光った。
「魔術師団は本来、国防と魔術研究を担う組織です。しかし一部は貴族派と結託し、禁術すれすれの“魔物制御”さえ政治の道具にしている。王太子殿下は……その全体像を把握していない可能性が高いでしょう」
「王太子が主犯というより、利用されている側ってことか」
ロイドが問い直す。
「現時点では、その見立てが妥当です。ただし、知らなかったから許される段階はすでに過ぎています」
「では、我々はどうすればいい?」
補給担当の男が問う。
兵を率いる隊長も、村長代表も、皆がエレノアの言葉を待っていた。
「まず、受け身をやめます」
短く、しかしはっきりと。
「これまでは、王都からの干渉に対し被害を抑えることを最優先としてきました。けれど、それだけではいずれ“再編成”の名のもとに、この地は解体されます」
作戦室の空気が、さらに張りつめた。
「だからこそ必要なのは、こちら側の“意思”です。王都の一部ではなく、この地に生きる人々の意思。その意思を形にするためには、作戦の統括役が必要となります」
言い終えた時、エレノアは一歩下がり、ゼノへ視線を向けた。
ゼノは椅子から立ち上がる。
「……聞いた通りだ」
彼は場を見渡し、言葉を継いだ。
「王都のやり方は、もはや“国の運営”じゃない。自分たちにとって都合のいい形に、この辺境を組み替えようとしている。だったら――こちらも、都合よくは扱われない形を作る」
誰かが小さく息を呑んだ。
「そのために、俺は一つ決めた」
ゼノはエレノアの隣に立ち、その名を呼ぶ。
「エレノア・フォン・アウグスト」
「はい」
「これよりお前を、グレンヴィル領の作戦統括官――軍師として正式に任命する。防衛、補給、情報、外交。すべての作戦方針は、お前の策を基準に決定する」
驚きのざわめきが広がる。
エレノアは、一瞬だけ目を見開いた。
「……よろしいのですか」
「今さらだ」
ゼノは僅かに口元を緩める。
「氷狼王との戦いも、監査団への対応も、補給の見直しも。俺たちはもう、お前の策に乗って動いてきた。あとは名前をつけるだけだ」
ロイドも頷く。
「現場としても異論はありません。今さら“ただの客人”扱いは無理ですよ、エレノア様」
作戦室の視線が、再びエレノア一人に集まる。
エレノアはゆっくりと息を吸い込み、静かに頭を下げた。
「……畏れ多いお役目ですが、お受けいたします」
その声には、震えはなかった。
「私はこの地に迎え入れられた身。ゆえに、この地を守る責任を引き受けます。王都が“再編成対象”と見なそうと、ここに暮らす人々を数字や地図の線に還元させはしません」
ゼノが締めくくるように言う。
「役割ははっきりした。俺は剣を振るう。エレノアは策を巡らす。お前たちは、それぞれの持ち場で力を尽くせ。それが、王都の“再編成”に対する、俺たちの答えだ」
沈黙のあと、椅子がきしむ音が続き、全員が立ち上がる。
「了解しました、軍師殿」
「作戦統括官の命令に従います」
エレノアは、胸の奥で静かな熱が灯るのを感じていた。
(――今度こそ、沈黙は武器になる)
声を荒げずとも、叫ばずとも。冷静な策と積み重ねた事実こそが、王都の横暴を切り崩す刃となる。
沈黙する軍師は、この日、正式に生まれたのだった。
ついにエレノアが、「軍師」として公に指名されました。
これまで水面下でしてきたことに、ようやく名前と権限が追いついた回だったと思います。
読んでいて、彼女のどの一言がいちばん「軍師っぽい」と感じましたか?
また、ゼノの任命の仕方は、あなたのイメージ通りだったでしょうか、それとももっと派手にしてほしかったでしょうか。
このあと第18話では、エレノアが最初の「軍師としての仕事」として、補給経路の異常にメスを入れていきます。
彼女の“静かな戦い方”、まだしばらくお付き合いいただければ嬉しいです




