第15話 操られた氷狼
忠誠は歪み、命は操られる。
魔物すら、意志の道具となる時代が始まった。
だが沈黙の令嬢は、その構図すら見抜いていた。
これは災厄ではなく、試練。
第15話 操られた氷狼
夜明け前。
辺境の森を裂くように、低く唸る声が響いた。
「……来たぞ」
見張り塔の兵が、震える声で告げる。
青白い霧の向こうに、複数の影。
獣の輪郭、鋭い牙、冷気を纏った毛並み。
「氷狼だ……それも、群れだ!」
城壁の上に緊張が走る。
だが、それはただの魔物ではなかった。
「……動きが、おかしい」
ゼノの視線が細くなる。
「通常の縄張り行動じゃねぇ。
まるで……“引き寄せられている”」
隣で、エレノアが静かに頷いた。
「王都が、乗ってきましたわ」
「なに?」
「昨日、ハロルドを通じて流した“警備の隙”の情報……
それを確かめるための、強制的な実地試験です」
「つまり、この襲撃は――」
「“こちらが動じるかどうか”を見るための囮」
冷静すぎる判断だった。
⸻
「迎撃準備!」
ゼノの号令が響く。
弓兵が前進し、槍兵が陣を固める。
だがエレノアは、別の視点で狼たちを見ていた。
(……魔力の流れが、不自然)
群れの中心にいる一体だけが、異様に静か。
だが、その眼には鈍い光。
「ゼノ様、中央の個体……あれが核です」
「何が違う?」
「他の個体が“感情”で動いているのに対して、
あれだけが命令で動いています」
それは、魔物ではなく“操り人形”。
次の瞬間、そこから鋭い咆哮が放たれた。
狼たちが一斉に前進する。
「来るぞ!!」
氷の牙が、壁へと叩きつけられる。
だが――
「第二陣、開け!」
ゼノの指揮に合わせ、
あらかじめ配置されていた重装兵が前へ躍り出る。
「第三矢列、解放!」
連続する衝撃音。
氷狼たちの脚が止まる。
「っ……!」
エレノアが、目を見開く。
操られた核個体が、空を見上げた。
そこに浮かぶ、淡い光。
(術式……!?)
「来ます!」
彼女の声と同時に、氷柱が空から降り注いだ。
地面が砕け、城門前が凍結する。
「……王都の魔術だな」
ゼノが唸る。
「ええ。
氷結の中級術式……しかも“外部誘導型”」
「つまり――」
「術師は、この場にはいません」
遠隔操作。
それは、純然たる“試し撃ち”だった。
⸻
「ゼノ様、あの核個体だけを狙ってください!」
「急所は?」
「喉元。そこに“術式核”が埋め込まれています!」
「了解」
次の瞬間、ゼノは跳んだ。
凍てつく地を蹴り、剣を翻す。
鋭く、正確に。
核個体の首元へ一閃。
悲鳴ともつかぬ声を上げ、その身体が崩れ落ちた。
同時に、他の氷狼たちの動きも鈍る。
混乱し、森へと散っていく。
支配が途切れたのだ。
⸻
戦いのあと。
氷狼の首元から、砕けた黒い結晶が発見された。
「これが……術式核」
ゼノが呟く。
「魔物を操るための装置ですわ。
本来、禁術にあたるもの」
エレノアの視線が冷たくなる。
「王都は、明確に一線を越えました」
「だな」
ロイドが唇を噛む。
「もう“監査”じゃない……侵略だ」
エレノアは核を布で包み、静かに言った。
「……これが、証拠になります」
見せるためではない。
だが、備えるための証拠。
王都が“正義”を語る日に。
⸻
その夜。
書斎でひとり、エレノアは結晶を見つめていた。
(あの時と同じ……)
王都で、誰にも知られず不正を処理していた日々。
命令を歪め、貴族の私益を封じ、沈黙を守っていた頃。
だが今は違う。
隣に、信頼がある。
そして背後には、この地の人々がいる。
「……私は、退きません」
それは誓いではなく、宣言だった。
操られた氷狼は、王都の意志を運ぶ矢であった。
だが、その矢は初めて折られる。
そして沈黙の令嬢は知る。
この争いは、もはや偶然ではないと。
次に語られるのは、
この“禁術”を巡って動き出す新たな指令。




