第13話 王命という名の介入
王命という言葉は、時に正義の仮面を被る。
だが、その内側にあるのが支配であるならば、
それはもはや命ではなく、侵略である。
沈黙の令嬢は、
静かにその矛盾を見抜きはじめていた。
グレンヴィル城に、王都の使者が到着したのは正午前だった。
門前に立つその一団は、あまりにも“公式”の装いだった。
王家の紋章を掲げた馬車、儀礼用の装束、そして傲慢さを隠しもしない視線。
「……始まりましたわね」
窓辺に立つエレノアは、静かにその光景を見つめていた。
城内ではすでに緊張が走っている。
兵たちの動きも、どこか硬い。
ほどなくして、使者は謁見の間へ通された。
先頭に立つのは、王都貴族の一人――
グラウス伯。
王太子派に近い人物であり、かつてエレノアを「冷酷な女」と非難した男でもある。
「グレンヴィル辺境伯令息ゼノ殿、そして……元公爵令嬢エレノア殿」
彼はわざとらしく頭を下げた。
「王都より正式な王命を携え、参上した」
ゼノは玉座代わりの椅子に腰かけたまま、表情を変えない。
「聞こう」
「よろしい」
グラウス伯は巻物を広げ、高らかに読み上げた。
⸻
〈王命
昨今の辺境における魔物異常および魔術的干渉について、
王都は調査および是正の権限を有する。
よって、王都魔術師団を正式監査官として派遣し、
グレンヴィル領はこれに全面協力せよ〉
⸻
空気が静まり返る。
誰もが、その文面の“異常さ”に気づいていた。
「監査官……?」
ロイドの声が低くなる。
「つまり、軍事と内政への介入」
「その通りだ」
グラウス伯は薄く笑った。
「これは国の安定のためであり、疑う余地はない」
ゼノの視線が鋭くなる。
「王都はいつから、辺境の防衛体制にまで口を出すようになった?」
「それは……」
「通常、辺境伯家に一任されるはずの権限だ」
ゼノの声には、王家への配慮すらなかった。
「それを越える理由を、説明してもらおう」
グラウス伯は一瞬だけ、言葉に詰まった。
だが、すぐに視線をエレノアへ向ける。
「……この地には、危険因子が存在する」
「危険因子?」
「過去に王命を誤用し、国家運営に混乱をもたらした者だ」
皮肉を含んだ言葉。
言うまでもなく、その指す先はひとつ。
エレノアだった。
だが彼女は、微塵も動じなかった。
「それは、どの記録に基づくご判断でしょうか?」
静かで澄んだ声。
感情ではなく、“問い”としての声。
「王太子殿下より正式な報告が――」
「王太子殿下は、私が処理した公文書に一度も目を通しておりませんが」
その言葉が、謁見の間に落ちた。
震えるほど冷静な事実だった。
「殿下は、私の起案した文書に署名なさるだけのお立場でした」
ざわり、と空気が揺れる。
グラウス伯の顔色が変わった。
「……それは言い過ぎだ」
「事実ですわ」
エレノアは一歩、前に出た。
「もし異なる記録があるのなら、提示なさいませ。
私は、王命の改竄など一度も行っておりません」
その場にいる誰もが理解した。
この令嬢は、逃げない。
そして、嘘を吐いていない。
ゼノが口を開いた。
「調査は拒否しない」
その一言に、伯の表情が緩む。
だが次の言葉で、その顔は凍った。
「だが、監査権は我が領地法の範囲内でのみ認める。
軍備への介入、情報閲覧、兵の指揮系統への接触は不可だ」
「……それでは意味が――」
「意味はある」
ゼノは断言する。
「王都が“協力”ではなく“支配”を目的としている場合、
こちらも守るべき領民がいる」
グラウス伯は口を噤んだ。
代わりに、低く言う。
「……よろしい。ではその条件で調査を開始する」
だがその視線は明らかに、敵意を宿していた。
とくに、エレノアへと向けられていた。
⸻
謁見が終わり、人々が退出した後。
静寂の中で、ゼノがぽつりと呟く。
「来たな……“公式の圧”が」
「ええ」
エレノアは淡く微笑んだ。
「ですが、想定内です」
「怖くはないのか?」
「怖さはありますわ」
正直な言葉だった。
「けれどもう、王都の顔色をうかがう理由はありません」
その視線は、まっすぐだった。
「ここは、私が守ると決めた場所ですから」
ゼノは何も言わず、ただ深く頷いた。
沈黙の令嬢は、
ついに“王命”という名の首輪に抗い始めていた。
王都は、ついに公式の介入を開始した。
だがそれは秩序ではなく、圧力であった。
そしてエレノアは、
自らの誇りをもって、その圧を受け止める。
次に語られるのは、
この監査の裏で動き出す“偽りの忠誠”である。




