第12話 魔術師団の暗号文書
捕らえられた紙の断片は、
王都魔術師団の“意志”そのものだった。
氷狼の出現は偶然ではなく、
計画された支配の一手。
沈黙の令嬢は、その歪んだ構図を
静かに、そして確実に読み解いていく。
王都への返書を出した翌日。
グレンヴィル城の空気は、どこか張りつめていた。
表面上はいつも通りの朝。
だが、城の内側では確実に“緊急事態”へと傾きつつあった。
「エレノア様、こちらを」
ロイドが差し出したのは、薄い革袋だった。
中には数枚の紙束。だが、それらは一見して“普通の文書”ではなかった。
文字が、歪んでいる。
一定の規則性もなく、意味のある文として成立していない。
「……これは?」
「昨夜、国境付近で捕えた不審者が持っていたものだ。
例の術師と接触していた形跡がある」
エレノアは静かに紙を広げた。
歪んだ文字列。
無意味な記号。
だが、その視線は迷わなかった。
「これは……暗号化文書です」
「読めるのか?」
「時間はいただきますが……解析可能ですわ」
ゼノは即座に決断する。
「エレノア、優先仕様だ。
必要なら城の資料庫も自由に使え」
「はい」
彼女は紙束を丁寧に揃え、机の上に並べ始めた。
⸻
数時間後。
書斎の机には、写し取られた文字と、整理された記号が幾重にも広がっていた。
(やはり……王都魔術師団特有の置換暗号……)
エレノアの指先が小さく動く。
文字の頻出率。
語尾のパターン。
文脈の“空白”。
「……ここですね」
一枚の紙に、新たな文章が浮かび上がっていく。
⸻
〈段階三、予定通り進行
辺境の反応は想定範囲内
氷狼王の誘導も成功〉
〈次は“圧”の強化へ
指示系統は秘匿を維持せよ〉
⸻
彼女の瞳が細まった。
「やはり……計画的……」
さらに読み進める。
⸻
〈対象:グレンヴィル領
目的:支配権の再構成
注意:令嬢エレノアの介入を警戒〉
⸻
その一文で、空気が凍った。
「……私の名がある?」
エレノアはその文字を、しばらく見つめ続けた。
そこに感情の揺らぎはなかった。
あったのは、理解と静かな怒りだけだった。
⸻
その後、ゼノとロイドを呼び、解読内容を伝える。
「これは――」
ゼノの眉が大きくひそめられる。
「俺たちの動きは、すでに王都側に把握されている可能性が高いということか」
「はい。
それどころか、“私の存在を障害”として認識しています」
「つまり……」
ロイドの声が低くなる。
「最初から、エレノア様を外すつもりで?」
「おそらく」
エレノアは頷いた。
「氷狼王の誘導も、辺境への干渉も、
すべて“私の影響力を測るため”です」
「……ふざけた話だな」
ゼノが吐き捨てるように言う。
「国を守ってきた女を“危険因子”扱いとは」
「王都にとって都合の悪い存在は排除の対象ですわ。
それは昔から変わりません」
淡々とした声が、逆に重い。
⸻
さらに読み解かれた一文。
⸻
〈王太子フレデリック殿下の判断を通さず
魔術師団が単独で進行〉
⸻
「王太子も、完全に把握していない動き……?」
「その可能性が高いですわ」
「つまりこれは、王太子ではなく――」
ロイドが息を呑む。
「王直属の誰か、あるいは貴族派閥の独断」
「ええ」
エレノアは紙を静かに折りたたんだ。
「王都は、ひとつではありません。
そして最も厄介なのは、“責任の所在が曖昧な権力”です」
その言葉に、ゼノは深く息を吐く。
「……つまり俺たちは、見えない敵と戦うことになる」
「はい。
ですが見え“始めた”だけ、まだましです」
エレノアは顔を上げた。
「次にすべきなのは、
敵の指示系統の特定です。
そして――証拠の確保」
「確実に潰す気か?」
「潰しません」
彼女はきっぱりと言った。
「“王都が自壊する材料”を、積み上げるのです」
ゼノの口元がわずかに歪む。
「……相変わらず、静かな復讐だな」
「復讐ではありませんわ」
エレノアは微かに目を伏せた。
「国が正しい形に戻るために、必要な処置です」
それは、冷酷ではない。
だが甘くもない。
沈黙の令嬢の“やり方”だった。
暗号文書に記されていたのは、
辺境を管理下に置こうとする冷たい意志。
そして、その障害として名指しされた一人の令嬢。
だが、その存在こそが
王都の崩壊を静かに導こうとしていた。




