涙と誓い
サイバーは身も心も深く傷つきました
王宮周辺に100を超える仮設テントが並び、怪我人の治療が続く。
血と消毒液の臭いが漂い、医者の叫び声と患者の呻きが響く。
サイゾーは一つのテントで布団に包まれ、療養していた。
左半身の重傷は命に別状なく、後遺症も残らない見込みだ。
目を半開きにし、ボーッと天井を見つめる。雨音がテントを叩く。
そこへクマシスが現れる。
「チョリーッス!サイゾー隊長、ご機嫌いかがっすか!」
見舞いの品も持たず、鼻歌交じりの軽い調子だ。
サイゾーを見捨てて逃げた負い目を感じつつ、「まあ気にしてねえだろ」と都合よく考えていた。
サイゾーは無視する。
まるで誰もいないかのように目を逸らす。
「ちょ…ちょっとお〜、無視しないでくださいよぉ〜!」クマシスが焦り、おちゃらけた態度を続ける。
「…クマシス、お前…どうして逃げたんだ?」
サイゾーが消えそうな声で問う。
「…え?」クマシスがギクリとする。
サイゾーが本気で怒っていると悟る。
「お前あの時…俺を置いて逃げたよな…?」
サイゾーが上体を起こし、鋭い目で睨む。
「いや…あの…それは…その…。」
クマシスがオドオドする。
「クマシス…確かにお前はだらしなくてお調子者で、怠け者でどうしようもない奴だけど…仲間を見捨てて逃げる様なクズではないと思っていた…そう信じていた…なのに何で…何で俺を見捨てて逃げた!どの面下げて俺の前に現れた!?」サイゾーの声が震える。
クマシスを信じ、右腕として大切に思っていた。
魔族の攻撃より、裏切りの痛みが深い。
「どっか行けよ!もう顔も見たくない!2度と俺の前に姿を見せるな!!」涙を溜め、怒鳴る。
周囲の怪我人、巡回中の団員と保安官、医療従事者がクマシスに視線を向ける。
「しょうがねえじゃねえかよ…あんな強い奴ら…俺なんかじゃどうしようも出来ねえんだから…自分の命が一番大事なんだよ!文句あるかバカやろーー!!!」クマシスが視線に耐えきれず、捨て台詞を吐いて逃げる。
開き直っているのか、いつもの如く心の声をぶちまけたのかは不明。
一番部隊副隊長の威厳は失墜し、サイゾーとの溝は修復不可能に。サイゾーは幻滅し、布団に潜る。
王宮では、思わぬ事態が起きていた。
数十名の暴徒化した市民が王宮へ押し寄せ、罵声を浴びせ、投石を始めた。
魔族の襲撃で家族や家、財産を失った怒りが爆発。
「こらロゼ!出てこい!この無能な馬鹿国王!」
「コラ異能者ども!全部てめえらのせいだぞ!さっさと出ていけ!」
「異能者のクソども!魔族はてめえらを狙って襲撃に来たらしいじゃねえか!責任取れよ!!」
石が門に当たり、怒号が響く。
執務室の窓からエンディ達が悲しげに見つめる。
「異能者かあ…そういえばそんな風に呼ばれてた時期もあったなあ。」エンディがしみじみ言う。
「ロゼ国王!どうすればよろしいでしょうか!?」
保安官の男が慌てて尋ねる。
「…止めてこい。多少手荒になってもいいが…殺すなよ?」ロゼが冷静さを取り戻し、指示。
エスタ率いる100名近い保安官が鎮圧に向かう。
「あの…暴徒化した市民の中には、被害の少なかった地区へ行って傷害や強盗を繰り返している人たちもいるって聞きました…。私たちはそちらへ出向きます。」モエーネが緊張して言う。
「いや、いい。それは騎士団員に任せよう。」
ロゼが力なく返す。
「強盗って、ひでえな…。こんな時こそみんなで一丸となって頑張るべきなのに…。」
エンディが心を痛める。
「仕方ねえよ…災害時や戦時下では、行き場や金を失った奴らがゴロゴロ居るからな。心無い事をする奴らが現れるのも必然だ。」カインが冷静に言う。
「なあ…俺たちこれからどうすりゃいいんだ?」
エラルドが窓の外を見ながら言う。
「どうすりゃいいって?どういう意味だ?」
ノヴァが問う。
「魔族どもが俺たち天生士を狙って襲撃に来たのは事実だろ?そのせいで市民が巻き添えになったのも…。あいつらが俺たちに出てけって言うのは無理も無えよな。」エラルドの声に迷いが滲む。
「だからって俺たちがここを出て行くわけにはいかねえだろ。奴らが俺たちを再び狙ってくるのは間違いねえ。俺たち天生士が分散すれば、被害区域が拡がるだけだ。奴らが再び襲撃に来ると分かっている以上、早々に王都から市民達を避難させることを最優先すべきだと思うぜ?」
ノヴァが理路整然と言う。
ロゼが頷く。
「ノヴァの言う通りだな…まずは国民と…あとは戦意を喪失した戦士たちを王都から離れさせよう。」
少し元気を取り戻す。
「俺たちは…俺たちにできる事をしよう。」
エンディが前向きに言う。
失ったものを嘆かず、進む意志だ。
「ふっ、そうだな。エンディ、久しぶりに一緒に修行でもするか?」
「おっ!いいねえ!」
エンディとカインが鍛錬を決める。
「俺たちも一緒に修行しよっか。」
ラベスタがノヴァを誘う。
「悪いなラベスタ、修行は1人でする主義なんだ。」
ノヴァが断る。
ラベスタは無表情だが、むくれている。
「ようラベスタ、お前よ、俺の修行に付き合ってくれねえか?」
「しょうがないなあ。」
エラルドの誘いにラベスタが応じる。
皆が執務室を後にし、鍛錬へ向かう。
「フフフ…みんな張り切ってるねえ。俺も一肌脱ぐとするか。」バレンティノが続き、出る。
執務室はロゼ、ジェシカ、モエーネだけに。
「悪い2人とも、少し1人にしてくれないか?」
ロゼが言う。
ジェシカとモエーネが顔を見合わせ、気遣いながら出て行く。
一人になると、ロゼは声を殺して泣いた。
自身の不甲斐なさ、国王の器量不足を痛感し、悔しさが溢れる。
20歳の若さで大国を背負う重圧が心を押し潰す。
犠牲者の顔が脳裏に浮かび、誰よりも心を痛めていた。
「ちくしょう…こんな時…お父さんだったらどうしたんだろう…。お母さん…俺もうどうしたらいいか分からねえよ…!」机に顔を伏せ、亡魂に縋る。
数分後、泣き止み、顔を上げる。
目は赤いが、強い決意が宿る。
「魔族ども…来るなら来い。もう誰も死なせねえからな…!」固く誓う。涙でスッキリしたようだ。
この時、誰も知らなかった。再び来る魔族が、思わぬ形で地の利を潰してくることを。
不穏な影が…




