疑念と軋轢
魔族が去って数分後、王都バレラルクに悲しみの雨が降り注いだ。
冷たい雨粒は、血と涙を洗い流そうとするかのように地面を叩く。
瓦礫の隙間に赤黒い水たまりが広がり、焼け焦げた臭いが湿気と混じる。
病院は重症者で溢れ、病床が足りず医者達が叫び合う。城下町や王宮周辺の瓦礫横に医療テントが並ぶが、負傷者を収容しきれず悲鳴が響く。
奇跡的に一命を取り留めた者もいるが、ほとんどの者は帰らぬ人となった。
致命傷を負い、苦しみに悶える者達は治療が追いつかず、次々と息を引き取る。
一体、誰がこの悲劇を予想できたのか。雨音が王都の慟哭を包む。
不幸中の幸いか、王宮はほぼ無傷で、唯一原型を留める建築物として聳える。
ロゼは執務室に篭り、対応に追われていた。
豪華な大理石の壁と絨毯に囲まれた部屋は、まるで現実から隔絶された空間のようだ。
「ロゼ国王…失礼します。只今ペルムズ王国より帰国しました…。」エンディが恐る恐る入る。声が僅かに震える。
「それがどうした?下らねえ報告してくんじゃねえよ。」心の余裕を無くしたロゼが苛立つ。
豪華な椅子に腰掛け、肘を机につき、親指の爪をカリカリ噛む。
激しい貧乏ゆすりが部屋に響く。
エスタ、モエーネ、ジェシカが気まずそうに立ち、ロゼの顔色を伺う。空気が重い。
医療現場から戻った騎士団員が入室。
ボロボロの軍服に泥だらけの靴で、畏まる。
「失礼します…ご報告致します。緊急治療室にてラーミア氏より治療を受けていたモスキーノさんとマルジェラさんの両名が、一命を取り留めました。しかし…依然として昏睡状態が続いており、このまま目を覚さない可能性があるとの事です…。そして、非常に申し上げにくいのですが…残念ながらポナパルトさんが亡くなられました。発見されたときにはもう既に…。」声が途切れる。
「そんな…ポナパルトさんが…?」
エンディが唖然とする。目を見開き、言葉を失う。
ロゼは現実を拒むように顔を歪め、目を逸らす。沈黙が部屋を支配する。
別の団員が駆け込む。
「ご報告致します。現在、"北の港町エシレ"にて、"ラスケル王国"の魔法軍艦が3隻、領海侵犯を行い、同所にて駐在中の保安官と小競り合いを起こしているそうです。そして"南の都市カパーニ"では、"タネドラ王国"の箒に乗った魔法戦士が100名ほど、領空侵犯を行なったとして、現在対応に追われているとのことです。」
「なんだとぉ!?こんな時に…何でだ!?」
ロゼが勢いよく立ち上がり、叫ぶ。
声が執務室に反響する。
「世界一の魔法大国、ナカタムの王都が壊滅状態になってるんだ…その情報は瞬く間に全世界へと発信されたに違いねえ。隣国の野郎ども、この混乱に乗じてここぞとばかりに挑発してきやがってるな…。こういう事しやがる国は、今後増えてくんだろうな…くそがっ!」エスタが歯を食いしばり、分析する。
「ちくしょー!ふざけんなよクソ野郎どもが!どいつもこいつもぶち殺してやる!!」
ロゼが錯乱し、壁を蹴飛ばす。大理石に亀裂が走る。
「国王様…落ち着いてください…。」ジェシカとモエーネが宥めるが、ロゼは聞かず、荒々しく息を吐く。
そこへカイン、エラルド、ノヴァ、ラベスタが入る。
エラルド、ノヴァ、ラベスタは包帯だらけだ。
ジェイドとの死闘で深傷を負ったが、命に別条はなく、動ける程度に回復していた。
対照的に、カインは無傷で服も汚れていない。エンディはカインを見ると、怒りが爆発する。
「カイン!お前何やってんだよ!?お前がいて、何でこんなことになってんだ!お前が前線に出てれば…こんな事態にはなってなかったはずだぞ!!」
エンディがカインの胸ぐらを掴み、怒鳴る。
「うるせえ!仕方ねえだろうが…俺は家族を護ることに精一杯だったんだ!腹わた煮えくり返ってんのは俺だって同じなんだよ!!」
カインが腕を跳ね除け、言い返す。
二人が睨み合い、今にも殴り合いそうになる。
「はいはい、そこまで。今は内輪揉めしてる場合じゃないでしょ。」
バレンティノが手をパンパン叩きながら入室。
カイン同様、無傷で軍服も綺麗だ。
「バレンティノさん…あんたも前線へ出なかったのか…?」エンディが疑うような目で言う。
「フフフ…俺は王宮を守護しなきゃいけなかったからねえ。」
「ポナパルトさんが死んだって聞いたぞ…。」
エンディが言うと、「分かってるよ…嫌って程にね。」バレンティノの目が一瞬鋭くなる。
エンディは皆が同じ疲弊と悲しみを抱えていると悟る。
「カイン…さっきはいきなり怒鳴りつけてごめん…。」
「いや…俺の方こそ悪かった。」
二人は目を合わせず、和解する。
「さてと…じゃあ早速だけど、連中について話し合いをしようか。自らを冥花軍と呼称する此度の賊軍…俺は直接対面してないからよく分からないけど…君達は奴らと交戦したんだよねえ。さっきノヴァ達から聞いたけど、奴らは首に刻まれた花の…花言葉にちなんだ厄介な能力を使用してくると…。」バレンティノが話を進める。
「花言葉だと?ふざけてんのか?」ロゼがピリピリと言う。
「エンディ達がペルムズ王国で交戦した魔族は死んだらしいから省略するとして…そいつを除いて能力が解明されているのはノヴァ達が交戦したジェイドと呼ばれる男のみ。そうだよね?」
バレンティノがノヴァに振る。
「ああ。首に刻まれた花はジャーマンアイリス、花言葉は炎‥って言ってたな。視界に入った空間全ての物質を焼き尽くす能力だ…。」
ノヴァがジェイドの黒炎を思い出し、背筋が冷える。
「ポナパルトを殺し、モスキーノとマルジェラを再起不能にした3体の魔族の能力は一切不明か…厄介だな。」カインが深刻に言う。
死人と昏睡者から情報を得られない。
「じゃあ…本題に入るよ。俺はここまで色々な情報を集めてきたけど…どうにも腑に落ちない点が一つある。この違和感は、魔族達と対面した君たち全員も感じている筈だよ。奴らはどうして、天生士に関する詳細な情報を持っているんだろうねえ?」
エンディ達は嫌な胸騒ぎを感じる。
確かに不思議だった。
500年前の冥花軍が当時の天生士の能力を知るのは納得できるが、2年前に封印が解かれたばかりの彼らが、現在の天生士の名前、顔、特徴、王都居住まで把握し、要警戒人物リストを作っていたのは異常だ。
「フフフ…実はね、ナカタム王国には王都を中心に、沢山の諜報部員を忍び込ませているんだよね。0番部隊のね。この2年間、彼らが目を光らせてくれていたお陰で、国内の危険因子や海外のスパイは何人か捕らえたけど、此度の襲撃が起こるまで魔族らしき者は一体も確認されていなかったんだよねえ…それなのにこちら側の情報は奴らに筒抜け…皆んな、この意味分かるよねえ?」
「おいバレンティノさん…何が言いたいんだよ…?」エンディが生唾を飲む。
「フフフ…賢明な君達なら、薄々勘づいていたはずだよ…この国に裏切り者がいる。それも、確実に俺たちの身近なところにね。」
バレンティノが躊躇なく言うと、部屋がシーンと静まる。
「まあ…そう考えるのが妥当だよな。」
カインが冷静に言う。
「そんな…こんな時に…仲間を疑わなきゃいけないのかよ!?ここまで一緒に戦ってきた仲間を…!」
エンディがショックを受け、声を震わせる。
皆、内心では裏切り者の存在を疑っていたが、考えないようにしていた。バレンティノの言葉で、それが確信に変わる。
ガタガタの戦局、魔族の再襲撃の不安、そして身内の裏切り者。
エンディ達は疑心暗鬼に陥る。
カイン、バレンティノ、ロゼ、エスタ、ジェシカ、モエーネのように戦闘に参加しなかった者への疑念も芽生える。
一般魔法戦士の過半数が逃げ出し、クマシスのように仲間を見捨てた者も多い。
それが戦士達の間に軋轢を生み、不安と迷いが備えや危機管理を下げる。エンディは先の見えない恐怖に震える。
裏切り者は誰だと思いますか?




