黒き目覚め
謎の男の正体とは?
2年前のユドラ帝国との戦いが終わり、平和が続いてたこの2年間、戦いの記憶なんて薄れてしまうくらい、のんびりした日々だった。
そんな静かな空気を切り裂くように、突然風がうねり、目の前に見知らぬ男が現れた。
「おいカイン、誰だよこいつ?知り合いか?」
エンディは突如現れた謎の男を凝視しながらいった。男は妙に気取った立ち方で、どこか芝居がかった雰囲気を漂わせてる。
「いや、知らねえな。」
カインがキッパリとそう答えると、男は心外そうな表情を浮かべていた。眉を吊り上げて、わざとらしく胸に手を当ててみせた。
「知らないだとお!?ふざけるなよ!貴様、恩師を忘れるとは何事だ!」
男は声を張り上げたが、その大仰な態度が逆に滑稽だった。
「は?恩師?何言ってやがる?」
カインの頭の中でクエスションマークが飛び交っていた。
「私はマルクスだ!ユドラ帝国の神央院で天文学の教授として教鞭を執っていた!やれやれ…教育者にとって、教え子に忘れ去られる事ほど嘆かわしい事はない。」
マルクスはそう言って肩を落としたが、カインは眉をひそめて首をかしげていた。
全く記憶になかったのだ。
マルクスの芝居がかった仕草は、どんどん小物臭さを増していった。
「俺もあんたのこと知らねえなあ。」
エンディが肩をすくめて言った。
何だか面倒くさいなあ、とでも言いたげな気だるい口調だった。
「それは当然だろう。なぜならエンディ、お前は不登校だったからな!」
マルクスがしたり顔で言い終えた瞬間、エンディの目がキッと鋭くなった。次の瞬間、マルクスの顔をガシッと掴んで、思いっきり吹き飛ばした。
「うわあ〜〜〜っ!」
大声をあげて吹き飛ばされたマルクスは、そのまま地上の庭園に落下すると思われた。叫び声はどんどん遠ざかった。
しかし、なぜか庭園に激突せず、ピタッと空中で止まった。
宙に浮いてたのだ。
空気が不自然に歪み、周囲に妙な静けさが広がった。
エンディとカインは目を丸くした。
マルクスは浮いたまま、ちょっとよろめきながらも態勢を整えて、得意げにニヤリと笑った。
エンディが対抗するように風の力を身に纏い、スッと宙に浮かんだ。
髪が風に煽られ、マルクスにグイッと近づきながら睨みつけた。
「おい、ユドラ人が何の用だ?イヴァンカの復讐か?それとも…イヴァンカの封印でも解きに来たのか?」鋭い声に、マルクスは一瞬ポカーンとした顔をした後、急に高笑いを始めた。
腹を抱えて笑うその姿は、やはり小物臭かった。
外の騒ぎを聞きつけたロゼ達が、ドタドタとバルコニーになだれ込んできた。
ロゼが目を丸くして空を見上げ、ノヴァとラベスタは後ろで顔を見合わせていた。
「おいおい、なんだよあいつ?」ノヴァが呆れたように呟いた。
「宙に浮いてる…何者だろう。」
ラベスタが首をかしげて言う。二人とも、どこか緊張感より好奇心が勝ってる感じだった。
「イヴァンカだと?あの様な負け犬に用は無い!この私があんな者の為に動くと思うか!!」
マルクスは興奮冷めやらぬ様子で叫んだけど、その声は妙に裏返ってて、威厳のカケラもなかった。
「負け犬って…おいおい、居なくなった人間には言いたい放題だな?」
エンディが煽るように言ったが、マルクスは全く動じず、ニヤケ顔で宙に浮いたままエンディやバルコニーの面々を見下ろしていた。
「ギャラリーが集まって来たな…おい貴様ら!宙に浮く私を見て、何か思い出すことはないか?」
マルクスが偉そうに言うと、カインの背筋にゾクッと冷たいものが走った。
2年前、闇の力を吸収したイヴァンカが宙に浮いてた光景がフラッシュバックした。
あの時と同じ、不気味な空気を感じ取ったのだ。
「そして…"この力"に見覚えはないか?」
マルクスがそう言い放つと、全身から漆黒の蒸気みたいなものが沸々と溢れ出てきた。
薄気味悪い黒い靄が辺りを包み、低い唸り声のような音が響いた。
エンディ達は息を呑んだ。
それは2年前、イヴァンカが纏ってた闇の力とそっくりだった。
いや、そっくりではない。
全く同質のものだった。
「私は闇の力を与えられ、"魔族"になったのだ!魔族となりユドラ人など遥かに超越した私に敵はいない!さあ…死んでもらうぞ、天生士共!」
マルクスが得意に宣言すると、突然その周囲に同じ黒い衣を纏った7人の男達が現れた。
一体どこから湧いてきたのか、揃いも揃って下品な笑い声を上げていた。
「ぎゃはははははーっ!」「死ねえー!!」
男達はエンディ達に罵声を浴びせながら、手から黒い光線の様なものを王宮目掛けて乱射し始めた。
黒い光線は空を切り裂くように、ビリビリと不快な音を響かせた。
「これは闇魔道、ムエルテプリュイだ!触れた物の全てを破壊し消し去る闇の光線だ!王宮諸共滅びろ!!」
マルクスが叫んだ瞬間、カインが前に出て手を翳した。ゴウッと燃え上がる炎が黒い光線を飲み込み、あっさり掻き消した。
熱風がバルコニーを吹き抜け、エンディの髪がバサッと揺れた。
「チッ、出しゃばりやがって。この程度の攻撃、俺がサクッと相殺してやろうと思ったのによ。」ノヴァが拍子抜けした顔でボヤいた。ラベスタが「まあまあ」と肩を叩く。
エンディはニヤッと笑った。2年前よりずっと強くなった仲間達が、頼もしくてたまらなかったのだ。
マルクス達は歯ぎしりしながら悔しそうな顔していた。
「舐めるなよ貴様ら…ならば!もっともっと強力なモノをお見舞いしてやる!!」
マルクス達が両手に黒い魔力をググッと溜め始めた。
先より強大エネルギーが渦巻き、空気が重くなった。
「これはやばいな…!」エンディはすかさず臨戦態勢に入り、風の力を両手に込めて対抗しようとした。
しかし、その時だった。
マルクス達の様子が急変した。
突然、8人全員がもがき苦しみ始めたのだ。
「う…うおぉぉぉお…!」「がっ…がはっ…!」
マルクス達はうめき声を上げ、顔を歪めて体を震わせていた。
「おい!お前らどうしたんだよ!?」
エンディは謎の展開に混乱しながら叫んだ。
「馬鹿な…どうして…??何故ですかーっ!"御闇"ーっ!?」
マルクスが空を見上げて絶叫した瞬間、ドカーンと凄まじい爆発が起きた。
マルクスと7人の男達が木っ端微塵に吹き飛び、跡形もなく消え去ってしまったのだ。
爆風が空を切り裂いたが、エンディが咄嗟に強力な風を放ったため、王宮にも地上にも被害は及ばなかった。
「なんだよ…何が起きたんだよ…?」
エンディは呆然と呟いた。頭の中がぐちゃぐちゃだった。
急に自爆した謎の軍勢。
闇魔道、御闇とは何なのか。
訳が分からなかった。
バルコニーの仲間達もポカンとし、首をかしげている。
しかし、エンディの胸に一つだけ確信が芽生えた。
この2年間があまりに平和すぎて忘れてたのだ。
いや、忘れたフリをしてた事実。
ユドラ帝国が滅びたあの日、大量の封印物が空に浮かんで消えた光景。
あの戦いが終わり、世界が平和になったと信じたかった。
しかし、現実はそんな悠長なことを言っていられる程甘くなかった。
悲劇はいつも平和の隣にいる。
闇はいつも光のすぐそばに潜んでる。
マルクスのような小物が現れたという事は、もっとヤバい何かが動き出した明確なる証拠だ。
復活した魔族が、再び世界に闇をバラ撒きに来たのだ。
エンディは拳を握り潰した。
もう目を背けられない。
仲間と共に、再び戦う時が来た。
魔族復活か?




