1-7
敵陣総本部の内部へ!
ミルドニアの円柱型の巨塔は、かなり年季の入った建物だった。
周辺には浮浪者のような見た目の男たちが数人、土木工事や湖の除染作業を行なっていた。
彼らは所謂、奴隷のような存在なのだろうとラーミアは直感した。
重厚な扉がひとりでに開いた瞬間、ダルマインはラーミアを横目で見ながら「すげえだろ、こいつは自動ドアってやつだぜ?初めて見たろ?魔法は一切使ってねえんだぜ?」と、まるで自身の手で発明したかのような得意げな口調で言ったが、ラーミアは無反応だった。
建物に入ると、中にはダルマインが引き連れている兵隊たちと同じ戦闘服を着た、ドアル解放軍の軍人が何人もうろうろしていた。
「お疲れ様です!提督!」
「うるせえな!別に疲れてねえよ!」
ダルマイン一行の帰還に気がついた軍人たちが一斉に敬礼をすると、ダルマインは鬱陶しいと言わんばかりに怒鳴りつけた。
「もういいぞてめえら!全員持ち場に戻れ!」
引き連れていた部下たちに指示を出すと、ダルマインはラーミアと2人でエレベーターに乗った。
ラーミアは生まれて初めて乗るエレベーターに戸惑っていた。
「すげえだろ?こいつはエレベーターっつう代物だぜ?さっきの自動ドアと同様、魔法は一切使ってねえ!ドアル族の科学力の結晶だぜ?恐れ入ったかコラ!」
ダルマインは鬼の首をとったように鼻高々だったが、またしてもラーミアは上の空だった。
高層階に着き、廊下を少し歩くと、厳重そうな二重扉を通り部屋に入った。
そこには、この古びた塔には似つかわしくないような煌びやかな光景が広がっていた。
天井にはキラキラ輝くシャンデリア。
大理石の床にはレッドカーペット。
テーブルや棚には高級そうな骨董品や陶器が置かれ、壁にはピカピカの銃器や刀類などが掛かっていた。
「ギルド総統!只今戻りました!」
そう、何気なく入室したこの部屋こそが、ドアル解放軍トップの、ギルド総統の執務室だったのだ。
緊張した様子で深々と頭を下げるダルマインを見て、ラーミアはキョトンとしていた。
「随分と遅かったじゃねえか。そんな小娘1人捕縛するのにどんだけ時間かかってんだ?」
「…申し訳ございません。少々トラブルがありまして。ラーミアを探している時に偶然、"異能者"の小僧を見つけまして、そいつがまた腕の立つ野郎だったんです…」
ダルマインは必死に弁解した。
頭を下げていていて、ギルド総統に表情を見られていないのをいいことに、ダルマインは些少の緊張感を孕んだ屈辱的な表情をしていた。
また、王宮でラーミアを捕獲した後、緊急用のボートで逃げられたことは、何としても隠し通そうとしている様子だった。
「ダルマイン、オマエよ。そんな言い訳が通ると思ってんのか?じゃあその小僧はどこにいるってんだよ。あぁ?」
「それが、逃げられちまいまして…」
「はー、オマエは本物の愚図だな!」
そう侮辱されると、ダルマインのコメカミには分かりやすく血管が浮き出て、眼光は途端に鋭くなり、思わず顔を上げてギルド総統を睨みつけてしまった。
ギルド総統は背が低く、金銀財宝を着飾った派手好きで、この上なく性悪そうな初老の男だ。
「あの、私を捕まえてどうする気なんですか?」
自分がなぜ誘拐されたのか、ラーミアはおおよその見当はついていたが、鎌をかけるような質問をした。
「心配いらないよお嬢ちゃん。我々に協力してくれるんなら悪いようにはしない。この先、君の"力"はどうしても必要なんだ」
ギルド総統は先程とは打って変わり、優しい笑顔で答えた。この上なく不気味な、歪んだ笑顔だった。
そしてドアの前に立っている見張りの軍人に、ラーミアを別室に連れて行くよう命令した。
「私、あなた達に従う気なんてないから!」
強気な捨て台詞を残し、見張りの軍人に連れられ、ラーミアはギルド総統の執務室を後にした。
「それではギルド総統、私もここで失礼します!」
ダルマインは逃げるように執務室を後にしようと試みたが、そうは問屋が卸さなかった。
「待てよ豚野郎。お前よ、さっきこの俺を睨みつけたよな?」
「とんでもない!決してそのようなことは…私めが、ギルド総統にそのような無礼を働くわけがありませぬ!」
たじろぐダルマインを、ギルド総統は血走った目で睨みつけていた。
「消せ、ジャクソン」
ギルド総統が冷酷な声色でそう言うと、ダルマインの背後に、色黒の大男が立っていた。
一体、いつからそこにいたのか。ダルマインは、全くその気配に気が付かなかった。
ジャクソンは、右手に持っている大刀の刃をダルマインの首に当てた。
ジャクソンの身体つきはダルマインのような肥満体型ではなく、かなり筋肉質だった。
おまけにダルマインのようによく喋る男とは対極的な、寡黙そうな男だった。
「くっ、てめえらぁ…!」
開き直ったダルマインは、ついに主君であるギルド総統をてめえ呼ばわりしてしまった。
「お前みたいにヘマばっかする無能野郎はもう用済みなんだよ!せっかく役職与えてやったのに偉そうに踏ん反り返ってるだけでなんの役にも立たねえ穀潰しが!それにな、前々から俺に対する態度が気に食わなかったんだ。ここで死ね!」
ギルド総統が、まるで積年の不満がつもりにつもったかのようにそう言うと、ダルマインは恐怖で顔が真っ青になり、全身から冷や汗が噴き出してしまった。
すると、突如天井から一本の太い木のツルが勢いよく生えてきた。
なんとそのツルは床まで伸びてきて、声を発したのだ。
「やめろ」
不気味な低い声が部屋に響き、3人は凍りついた。
「おいおい、なんでお前がしゃしゃり出てくるんだよ!?」
ギルド総統が納得のいかない様子で声を荒げると、木のツルは再び声を発した。
「黙れ。たしかに使えねえ野郎だが、その男の航海術はまだ役に立つ。今殺すのはまだ時期尚早だ。」
「くそっ、分かった分かった。おうジャクソン!やっぱ殺すのはナシだ!だが総統であるこの俺を睨みつけたのは立派な不敬罪だ!しばらく牢屋に入れておけ!」
「…はい」
「なにぃ!?牢屋だと?ちょっと待てよ!」
ジャクソンは喚き散らすダルマインの襟首を掴み、有無を言わさず連行した。
木のツルはゆっくり天井まで縮み、天井に穴を残して消えていった。
ギルド総統は、自身の思い通りの展開にならなかった事をつまらなく感じ、悔しそうな表情を浮かべた。
「クソが!結局俺様も散々利用された挙句、最後は消されんのかよ…!」
「それは…貴様の今後の行い次第だ」
連行されながらまだ喚き散らしているダルマインを、ジャクソンは静かになだめていた。
そして、場面は再び名も無き孤島へと移り変わる。
エンディが漂着した名も無き孤島は獰猛な肉食獣が蔓延る密林地帯だった。
猛毒を宿す爬虫類や植物も数多く存在し、危険すぎて人間などとても寄りつけない無人島だ。
そんな四面楚歌の"死の森"で、金髪の少年は暮らしていた。
密林のほぼ中心とも言える場所で、大木の上に木造の家屋を造り生活しているのだ。
驚くことに、広さ7畳ほどのその部屋には、物が何も置かれていなかった。
金髪の少年の心は、この部屋同様に空っぽなのだろうか。
部屋の真ん中で眠るエンディを、金髪の少年は隅っこに座り込みながら注視していた。
「うおっ!!」
金髪の少年は、突然大声をあげて飛び起きたエンディを見て震撼した。
「ん?ここはどこだ?!」
「ようエンディ、久しぶりだな」
金髪の少年は、恐る恐るエンディに話しかけた。
「え?」
「オレを殺しにきたんだろ?いつかこんな日が来る事は分かっていた。覚悟はできてるぜ?煮るなり焼くなり好きにしろよ」
神妙な面持ちで構える金髪の少年に、エンディは急いで詰め寄り、即座に右手を差し伸べた。
エンディが右手を差し伸べようとする動作を、自身に殴りかかってくるものだと勘違いしていた金髪の少年だったが、あまりにも予想外のことを言われて拍子抜けてしまった。
「お前が助けてくれたのか?ありがとう!」
「…は?」
エンディは、金髪の少年に対して屈託のない笑顔で礼を言い、握手まで求めた。
あまりにも予想外の展開に、金髪の少年は思わず取り乱してしまった。
「なんで礼なんか言うんだよ?俺は…お前に…」
「さっきから何言ってんだ?それよりどうして俺の名前を知ってるんだよ?」
こいつ、まさか記憶を失っているのか?
金髪の少年の鋭い洞察力が的中した。
「いや、寝言で言ってたぞ。俺はエンディだーってな」カインは澄ました顔で誤魔化し、難なく馬を乗り切った。
「なんだよそれ、恥ずかしいな。俺エンディ、よろしくな!お前、名前は?」
「…カインだ」
カインは俯きながら小声で答えた。
そしてゆっくり自身の右手をあげ、ようやく2人は握手を交わした。
カインを見たエンディは、なんて綺麗な男なんだ、と思った。
サラサラと艶のある綺麗な金髪。
ラーミア顔負けの白い肌に長いまつ毛。
整った目鼻立ち。
驚くほど美少年だったのだ。
しかし、どこか影のあるオーラを醸し出しており、寂しげな目をしていて、エンディは自分と似た匂いを感じた。
しかしその瞳の奥からは、底の知れない"何か"を感じた。
「ありがとうな、カイン。何か礼をしたいけど、俺もう行かなきゃいけないんだ」
そう言ってエンディは外に出た。
自分がこんな高い所にいたことにびっくりして、危うく足を滑らせる所だった。
下を見ると、アナコンダが絞め殺した牛を丸呑みしていた。
「おい、行くってどこに?」
エンディはカインに事の経緯を簡潔に話した。
「…なぜ、昨日今日会った女のためにそこまで?」
カインは心底不思議そうだった。
「自分でもよくわからないんだ。でもどうしても助けたい。助けなきゃいけない気がするんだ!」
エンディは固い決意を述べた。
こいつは相変わらずお人好しだな…と、カインは心の中で呟いて、鼻で笑った。
「助けるって、どうやって?」
「それは…これから考える!」
自信満々に答えるエンディを見て、カインは呆れた様子でため息をついた。
「何か手がかりはないのか?」
「うーん…確かあの黒船、インダス艦とか言われてたんだよな…」
「…なるほどな、ドアル解放軍とやらか。それなら、手がかりが無いこともないぜ?」
「おお!何か知ってるのか!教えてくれ!」
エンディは鼻息を荒くさせながらカインに迫った。
「この島に人間は俺しか住んでいないが、たまに大陸のギャング共が密猟目的で来るんだよ。奴らはたしか、ドアル解放軍と武器の取引をしている。そいつらの船に忍び込めば、その女のもとにたどり着けるんじゃねえか?」
カインは、そのギャングともドアル解放軍とも交流はないが、たまに密猟目的で訪れるギャング達の会話に聞き耳を立てていたため、このようにエンディにとって有益な情報を知っていたらしい。
「なるほど、それは名案だな!ところで密猟って?」
「野生動物のキバやツノ、特に毛皮は高く売れるからな。肉は獣臭くて食えたもんじゃないが、貧民層には人気らしい」
「なんだよそれ、ひでえな…」
エンディの表情は曇った。
「ひどい?お前だって肉くらい食うだろ?」
カインから嘲笑うようにそう言われ、エンディは何も言い返せなかった。
「なあ、お前こんなとこでずっと1人で、寂しくないのか?」
「…別に。快適だし気に入ってるよ。それより見ろよ、噂をすればなんとやらだぜ?」
大木の上から遠くを見ると、一隻の船が島のすぐ近くに停泊していた。
海面は夕焼けで赤く染まっていた。
「奴らだ。島に入ってこないってことは、今日は魚介類の密猟だな。あれに乗ればラーミアってのに会えるかもしれねえぜ?」カインは密漁船を親指だけクイッと指差しながら言った。
「え、あれが!?じゃあ急がなきゃ!こうしちゃいられねえ!色々教えてくれてありがとなカイン!また今度遊びくるよ!」エンディは、今にも密漁船に飛びついてしまいそうなほどに勢いづいていた。
「ああ、気をつけてな…」
心なしか、カインの表情が寂しそうに見えた。何もない部屋に戻ろうとする哀愁漂うカインの後ろ姿に、エンディは後ろ髪が引かれる思いに駆られた。
「孤独って、痛いよなあ」
エンディが小声で呟いた。
「は?」
エンディの唐突な発言に、カインは思わず振り返ってしまった。
「お前も一緒に来いよ、カイン」
「え?」
エンディに笑顔でそう言われ、カインは動揺してしまった。
「俺たちもう、友達だろ?」
暖かくて優しい風が吹いた気がした。
その風は、カインをとても懐かしい気持ちにさせた。
「まあ、暇だしな。付き合ってやるか」
カインは後頭部をボリボリかきながら、満更でもなさそうな様子だった。
2人は下に降りて、走り出した。
カインが仲間に加わった!