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「シッツヴァル!!」
アマレットは大慌てでそう唱えた。
すると、周囲に正方形の空間が出現した。
その空間はロゼ達を囲い、カインの放つ熱気からかろうじて身を守る役割を果たしていた。
「モスキーノ!あれはやべえぞ!お前の氷でなんとか出来ねえのか!?」
ポナパルトは珍しく取り乱していた。
「無理だね。大気中の水分が乾燥し切ってて、氷を創れない。」
モスキーノは諦めた口調で言った。
アベルも水を一切放出出来なくなっていた。
恐るべき熱気だった。
「おいエンディ!一旦退け!こっちに来い!」
ノヴァがアマレットの創り出した空間の中から叫んだ。
「あいつ…なんであんなもんの近くに立っていられるんだよ…?」
ロゼはエンディの身を案じ、口をあんぐりと開けていた。
「己の無力を知り慄け。絶望しろ。お前らはこれから灰になる。だが安心しろよ…痛みを感じる間もない程一瞬で終わらせてやるからよ。」
カインは恐ろしい表情で言った。
しかし、エンディは一歩も引かなかった。
こんな状況だというのに堂々としていて、凛とした表情をしていた。
エンディは、カインの放つ熱気を弾き返す様に、カインに向かって絶え間なく大量の風を放っていた。
「マルジェラさんのおかげで…俺は記憶を取り戻すことができた。」エンディが静かに呟いた。
「は?何言ってんだてめえ?」
「そして今、命の危険をひしひしと感じるこの状況で"あの日"感じた恐怖を鮮明に思い出した。不思議だな…人間ってのは危機的状況に陥れば陥るほどに進化していくんだな。生命の維持が困難だと脳が敏感に感じ取れば、その進化も劇的になる。」
「何が言いてえんだよ?」
「隔世憑依のやり方を…やっと思い出せたって言ってんだよ。お前のおかげでな?」
エンディがそう言うと、カインは驚いた顔をしていた。
「思い出したのか…。見せてみろよ!」
そう言い放ったカインの表情は、どこか楽しそうに見えた。
エンディはスーッと深呼吸をし、呼吸を整え、気持ちを落ち着かせた。
そして、腹を括った。
「隔世憑依 風の使者」
そう唱えると、エンディの周囲に台風の様な強烈な風が吹き荒れた。
その風は、まるで凝縮され押し込まれるようにしてエンディの身体に吸収されていった。
エンディの身体は銀色に発光しているように見えた。
「すげえじゃねえか。これでやっと…終わるんだな。」
カインは、まるで何かを成し遂げた様な言い方をした。
「カイン…俺はお前とこんな風になっちまった事、本当に残念に思ってるぞ。」
エンディはとても悲しそうだった。
「まだそんな下らねえ事言ってんのかよ。もう殺し合いは、とっくに始まってるんだぜ?これで何もかも…終わらせてやる!!」
カインはそう言い終えると、右手の拳に炎を纏った。
その姿は、まるで小さな太陽を手に持っている様に見えた。
エンディもカインの戦法に乗る様にして、右手の拳に風を纏った。
その姿は、まるで巨大ハリケーンを手に持っている様に見えた。
両者向かい合い、その後同じタイミングで走り出し、ぶつかり合った。
凄まじい破壊力を秘めた力と力がぶつかり合った。
その威力は拮抗していた。
2つの拳が触れ合っているだけだというのに、大地は裂け、周囲の山脈が悉く破壊され、地形が崩壊していった。
アマレットが防御の魔術を唱えていなければ、皆の体は跡形もなくこの世から消滅していたに違いない。
「これは…2人とも死んじゃうね。」
バレンティノが縁起の悪い事を言った。
しかしその見解は、的を得ていた。
「クソォ…どうすりゃいいんだよ!」
ロゼは自身の無力さを呪った。
「俺たちにはどうすることも出来ないね。」
ラベスタはこんな時でも無表情だった。
「エンディ…カイン…。どうしてこんなことに…。」ラーミアは、バレラルクでみんなと一緒に過ごしていた日々を思い出し、切ない気持ちに押しつぶされ涙を流していた。
「カイン!もうやめて!エンディはね…カインが皆んなから怪しまれていた時も、カインのことずっと信じてたんだよ!?あいつはそんな奴じゃないって…あいつはきっと戻ってくるって…。大切なお友達だと思ってたの!ずっとカインの事気にかけてたんだよ!?ずっと信じて待ってたんだよ!?エンディも、今でもその気持ちは変わってないでしょ!?お願いだからもうやめて!」
ラーミアは、感情を抑えきれず泣き叫んだ。
その悲痛な訴えは、エンディとカインの耳にも届いていた。
「そんな事…わざわざお前に言われなくても知っていたさ。」
カインが下を向きながら、小さな声でボソリと呟いた。
「…え?」
エンディはカインの声がよく聞き取れず、聞き返してしまった。
2人の拳のぶつかり合いと、それに伴う周辺環境の破壊は止まらなかった。
そんな状況で、カインは上を向いてエンディの目をジッと凝視した。
全部わかってたよ。お前が俺のこと信じてくれていた事も、俺のことを大事に思っていてくれてた事も。
俺は全部知ってたよ、昔から。
カインは心の中で呟いた。
そしてカインは、ゆっくり自分の力を弱めていき、隔世憑依の形態を少しずつ解いていった。
「カイン、お前…どうしたんだよ?」
エンディはカインの異変にすぐ気がついた。
汚水は真水には戻れない。
烏は白鳥に成れない。
一度汚れてしまった心は、2度と純粋さを取り戻せないんだ。
綺麗な人間になりたかった。
だけどそれは叶わぬ夢だった。
俺の心は救いようのないほど汚れてしまったから。
だから、俺はお前らみたいな綺麗な人間とは一緒に居ちゃいけないんだ。
本当は俺だって、お前らと一緒に楽しく生きたかった。
信頼できる仲間達と幸せを分かち合いたかった。
お前らに心を開きたかった。
だけど、俺にはそんな願望を持つ資格すらない。
カインは、ロゼやノヴァ、ラベスタとエスタ、ジェシカとモエーネを遠い目で見つめながらそんな事を考えていた。
そして、アマレットに視線を向けた。
アマレットもカインを見ていた為、2人は一瞬だけ視線が合った。
カインはすぐに、その視線を逸らして下を向いた。
アマレット、お前が未だに俺のことを想ってくれてるなんて夢にも思わなかったぜ?
俺の事なんてとっくに忘れていると思ってたからよ、心の底から嬉しかった。
だけど、俺はその気持ちに応えちゃダメなんだ。
血で汚れきったこの腕では、お前を抱きしめる事なんて決して許されないから。
お前には俺の事は忘れて欲しい、俺はお前のこと忘れないけどな。
もし生まれ変わりというものがあって、生まれ変わった世界でまた巡り逢えて、お前が俺の前世の過ちを許してくれるなら…その時はちゃんと心から愛してると伝えたい。
たとえそれが実らなくても。
「おいカイン!お前何やってんだよ!」
エンディがそう叫ぶと、カインは我に返った。
カインが徐々に力を弱めていることに気がつき、このままではカインを殺してしまうと危惧したエンディもまた、自身の力を弱めていった。
すると、カインはエンディの右腕を掴んで自身の腹部に直撃させた。
力が弱まり隔世憑依も解けかかっているとはいえ、エンディの腕は風の力を纏っていた。
エンディの腕は、カインの腹部を貫通した。
「カイン…お前…何考えてんだよ…?」
エンディは頭が真っ白になってしまった。
カインは優しく微笑みながら、エンディの顔を見た。
「エンディ、お前は記憶を失っても昔から何も変わらなかったな。呆れるほどお人好しで純粋で、泣き虫で…心痛めてる奴見れば自分の事の様に悲しんで、そのたび寄り添って…馬鹿がつくほど正直で優しくて…俺はそんなお前のことが大好きだったぜ?ありがとな、俺みたいな汚い人間の事を友達だって呼んでくれてよ。後は任せたぜ?親友…。」
カインは、今まで見せた事もない様な優しい笑顔を浮かべながらそう言った。
そして、ゆっくりと瞼を閉じた。
「カイン!!!」
エンディは叫んだ。
震えが止まらなかった。
アマレットは自身で創った防御の空間を解き、一目散にカインの元へと走っていった。
「カイン!カイン!どうして!?」
アマレットは血塗れで倒れているカインの体を何度も何度も揺さぶり、泣き叫んだ。
どれだけ大声で名前を叫んでも、カインは目を覚まさなかった。
「ラーミア!カインを治してやってくれ!早く!!」
エンディがそう言うと、ラーミアは急いでカインの傷口を治癒しようと試みた。
アマレットは泣き崩れていた。
その泣き声からは、底知れぬ絶望感と悲しみが伝わってきた。
エンディはただ、祈るしかなかった。
ラーミアの治癒が成功し、カインが蘇生する事を。
すると、ロゼが意を決してエンディに話しかけた。
「なあエンディ…話してくれないか?お前ら一体、過去に何があったんだ?そして…4年前の出来事も、聞かせてくれないか…?」
こんな時にこんな事を聞くべきではないことは、勿論ロゼも重々承知の上だった。
しかし聞かずにはいられなかった。
この戦いに関わっている以上は、知るべきだと思っていた。
エンディは無言だった。
何も喋りたくなかったのだ。
しかし、エンディは分かっていた。
いつかみんなには話さなければならない日が来ると。
話すことが自分の義務だと。
そして今がその時だということも。
「エンディ…私も一緒に話すよ。」
アマレットは泣き腫らした顔で言った。
遂にエンディの失われた記憶が明らかになる。
ついにエンディの過去が!




