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ドアル解放軍によるラーミア誘拐事件は、ついに国のトップが動く事態にまで発展した!
インダス艦が去って30分が経過した頃、ようやく港に数十名の保安官が到着した。
保安官達はは散り散りになって、町の人たちに聞き込み調査をしたり、現場検証を行っていた。
箒に乗って空を飛び、港町上空を巡回している保安官も数名いた。
「焦ったぜ、まじでよ。船から柄の悪いのがぞろぞろ降りてきてよ、ぶっ飛ばしてやろうと思ったんだが、奴ら俺にビビったのか、ガキども連れてさっさとトンズラしちまったんだ」
「なるほど。そのガキどもというのがラーミアと…ラーミアと一緒にいたエンディという少年のことですね?」
中年腹のドクターに書き込みをしていたのは、魔法庁保安局の、一番部隊の隊長と副隊長の二人組だ。
一番部隊から十番部隊、占めて十個の部隊で形成されている保安局の中でも、この一番部隊は、王都バレラルクの治安維持活動に勤しむ、花形と呼ばれるエリート部隊だ。
そんな部隊のトップ二人が、わざわざこんな、魔法族の住んでいない辺鄙な田舎町に赴き、聞き込み調査を行うなど異例の事で、此度の事態が、如何にただ事ではないかを物語っていた。
ドクターは2人に、昨夜エンディがラーミアを担いで病院に来た経緯と、朝2人で海を眺めながら仲良く会話をした後、港に向かったことを説明していた。
「ところでエンディという少年は何者ですか?調べたところ、この町の住人ではなさそうですが」
サイザー隊長が尋ねた。
「さあ、知らねえな。それより隊長さん、有力な情報を提供してやったんだからよ、報奨金は?もちろんくれるんだよな?」
「そうですか、お忙しいところすみません。ご協力ありがとうございました。それでは失礼します!」
いやらしい顔で金をせびるドクターを無視し、お礼を言って2人は立ち去った。
ドクターは苦渋に満ちた表情を浮かべている。
「しかし妙だな…なぜ奴らはラーミアと一緒に、そのエンディとかいう少年まで連れ去ったんだ?」
「そんな事どうでもいいよ!あーあ、かったりいなぁおい!早く帰って寝たいなあ!」
「おい、心の声が漏れているぞ」
「はっ…も、申し訳ございません隊長!つい…」
2人は人気のない緑道を歩きながら会話を続けた。
隊長のサイゾーは七三分けの黒髪に眼鏡をかけた、いかにも堅実で真面目な好青年という感じの男だ。
その一方で副隊長のクマシスは、常に気怠そうにしている、いかにも神経質そうな、おかっぱ頭と両目の下のクマがチャームポイントの青年だ。
「それにしても、給仕1人探すのにここまで大規模な捜索をするのは変だと思っていたが、まさかドアル解放軍が関わっていたとはな」
「ですね。そしてこの町に来た大男は、おそらくダルマイン。まさかギルドの下についていたとは…」
クマシスは右手の親指の爪をガリガリ噛みながら、怪訝な顔をしていた。
「これは俺たちだけでどうにかできる問題じゃない。騎士団にも協力を要請しよう!お前はできるだけ大きな船を手配しろ。準備が整い次第、すぐにインダス艦の追跡に向かうぞ!」
「追跡とかまじでめんどくせえ!あんた1人で行ってくれや!」
「お前、頼むからその心の声を口にする癖をいい加減に治してくれないか?」
サイゾーが切実な願いを込めて指摘すると、クマシスは我に帰り慌てふためいた。
サイゾーは心底呆れた表情をしている。
一方、エンディとラーミアを乗せたインダス艦は、大嵐で荒れ狂った大海原を航海していた。
ラーミアは船で一番広い部屋でダルマインと2人きりだった。
20畳ほどの部屋に、椅子が4つついてるダイニングテーブルと3人がけのソファーが置いてあるだけの、なんとも殺風景な部屋だった。
ラーミアはソファーに座り、窓から見える外の悪天候と、時折ガタガタ揺れる船に対して怖がっている様子だった。
ダルマインはダイニングテーブルに置いたウイスキーを飲みながら、ラーミアを見張っていた。
「心配すんな、こんなの船乗りなら日常茶飯事よ。この程度で沈没なんかしねえからよ。それよりなんか食うか?」
ダルマインのそんな問いかけにも、ラーミアは完全に上の空だった。
「ちっ、愛想のねえ小娘だな」
エンディは、インダス艦の最深部にある、広さ5畳ほどの独居房に収監されていた。
独居は光の届かない真っ暗な部屋で、窓もトイレもなく、埃まみれで壁の隅っこには苔が生えているような、劣悪な環境だった。
鉄格子の外では街を襲撃した兵隊の1人が、酒を飲みながら泥酔した状態で、看守の役割をしていた。
エンディは眠っていた。
いや、気絶していると言った方が的確だろうか。
エンディは再び不思議な夢を見ていた。
エンディは夢の中で、広々とした空間にいた。
大富豪や権力者しか立ち入る事を許されないような、格式のある建築物の部屋の一つのようだった。
そして、目の前には、何者かが立っていた。
部屋は明るかったが、どういうわけかエンディは、目の前の人間らしきシルエットの、肝心の顔がぼやけていて認識できなかった。
しかし、何故だかその者に対して、激しい怒りと憎悪を感じており、気がつくと、夢の中で身体が動いていて、その者に一目散に飛びかかっていった。
エンディがその者の眼前に到達する10歩手前ほどの距離に立ち入ると、突如、全身に感電したような激痛が走った。
まるで、本物の稲妻にその身を撃たれてしまったような感覚だった。
そんな緊張感が最大値に達したタイミングで、エンディは目を覚ました。
怒りの感情を持ったまま目を覚ましたエンディは、目を覚ますと同時に、再び全身から突風のようなものを放出した。
港町で兵隊たちを吹き飛ばした時とは比べものにならないくらい、凄まじい威力を纏った突風だった。
その突風は独居の壁に大きな穴を開けて、鉄格子をも破壊した。
そしてなんと、壁に空いた大きな穴から、エンディは大海に放り出されてしまったのだ。
傷口が海水で沁みた。
さっきの夢はなんだったのか、そんなことを考える余裕もないまま、エンディは荒れ狂う大海原に身一つで投げ出され、もがき続けていた。
泥酔していびきをかいていた看守は、独居を破壊する大きな音で目が覚め、急いで確認に行くと、壁に空いた大きな穴から大量の海水が浸水してくることに驚嘆し、悲鳴をあげながら急いで上階まで走った。
「何事だ!?」
大きな音を聞いたダルマインが、急いで独居のあるフロアに向かい階段を下っていると、血相を変えて階段を駆け上る看守と鉢合わせた。
「提督、ここは危険です!突然壁に穴が開き、海水が浸水してきました!すぐに補填を!」
「なにぃ!?てか酒臭えなてめえ!エンディはどうした!」
「独居を確認しましたがいませんでした!おそらく海に逃げたかと!」
「なにぃ!?ふざけんなてめえ!泳いで捕まえてこいや!」
「そんな殺生な!こんな暴風雨の中どうやって!てか、それ完全にパワハラですよ!」
ダルマインはタバコに火をつけ、なんとか冷静さを取り戻し、これ以上の浸水を防ぐため、部下たちに補填作業の準備に取り掛かるよう命令を下した。
「ちくしょう、ラーミアに加えてあのガキも差し出せば、大手柄だったのに…!」
ダルマインは壁を思い切り殴り、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
エンディは泳いで船を追いかけようと考えたが、流石にそれはあまりにも無謀だった。
その前に何とか海上に出て呼吸を整えようと試みたが、そのまま溺れて気を失い、荒波に攫われてしまった。
部下を総動員させ船の補填作業を命じたダルマインは、両手で髪をぐしゃぐしゃに掻き回し、カリカリしながら、ラーミアがいる自室へと戻った。
ダルマインはドアを乱暴に開け、部屋に入るなり苛立った口調で「エンディは死んだぜ?」と言い放った。
ソファーに腰掛け俯いていたラーミアは、勢いよく顔を上げてダルマインを直視した。
「嘘よ!」
「あれほどの深傷を負った状態で大時化の中海に放り出されたんだ。まず助からねえよ」
「エンディが死ぬ訳ないよ!助けてくれるって言ったもん!」
ラーミアは涙で瞳を潤わせながら、声をかすかに震わせながら言った。
「なあ、奴はお前と同じ"異能者"だろ?どういう関係なんだよ?」
「…知らない。会ったのは昨日が初めてだったから。多分…」
「多分?まあいい。どうせ奴は死んだんだ。それより外を見てみろや」
ラーミアは言われるがまま窓から外を覗くと、遠くにとてつもなく巨大な一枚岩の様なものが海に浮かんでいるのが見えた。
「着いたぜ?ここがドアル解放軍の本拠地、"ミルドニア"だ!」
ダルマインは歯を見せてニイッと笑った。
つい先ほどまで怯えていたラーミアは、腹を括ったような強い眼をしていた。
その巨大な岩は、島をまるで要塞のように囲んでいた。
船がその岩に近づくと、岩に大きな穴が空いているのが見えた。インダス艦はゆっくりとその洞窟の中に入った。
洞窟の中は真っ暗で不気味なほど静かだった。
その洞窟の中にいる間、乗組員は皆、終始無言だった。
洞窟を抜けると、明るい場所に出た。
先程までの嵐がまるで嘘のように晴れ渡っており、まさか、このミルドニアと呼ばれる地点のみが晴れているだけで、この地点を抜ければ、再び大時化に襲われるのではないかと錯覚してしまうほどだった。
海上では天気が変わりやすいと言われているが、まさかここまでとは、ラーミアも驚いていた。
辺りをよく見渡してみると、インダス艦によく似たボロボロの黒船が20隻ほど、放置されているように停泊していた。
ラーミアは、おそらくこれらは全て廃船になっていて、まともに動くのは自身が乗ってる船だけなのだろうと直感した。
イカリを降ろし、一同は船を降り、上陸した。
「ちっ、出迎えもしねえのかよ。まあいいや。いくぞオメェら!」
「はい!提督!」
ダルマインとラーミアが横並びになって先頭を歩き、その後ろを20人の兵隊たちが2列になって歩き出した。
岸辺を抜けて狭い小道に入り、滑ったりつまずいたりしながら歩いた。
狭く険しい小道を抜けると、そこは砂埃が舞い散る荒野だった。
枯れ果て、ひび割れた大地の中心に、真っ白な円柱型の巨塔が建ってあるのが見えた。
「いつ来ても辛気臭え場所だぜ…」
憂鬱そうな口調でぼそっと呟く、気が重そうなダルマインの顔を、ラーミアは不思議そうに眺めていた。
一同は、巨塔に向かって歩き出した。
一方、場面はミルドニアから数十キロ離れた名も無き小さな孤島へと移り変わる。
浜辺には、先程の時化で座礁したイルカが7頭打ち上げられていた。
7頭のうち6頭は死んでいる。
残りの1頭は怪我を負い、呼吸もできない状態ながらも、懸命に生きようとしている。
そんなイルカの群れに、金髪の少年がゆっくりと歩きながら近づいてきた。
金髪の少年は冷たい目で、イルカたちをジーッと眺めていた。
「悪いな。俺にお前を助けることはできねえよ」
金髪の少年は立ち止まったまま、死にかけのイルカを見下ろしながら言った。
「お前は死んだほうが幸せそうだな」
金髪の少年は、とても悲しそうな目をしていた。
そして、ふと右横に目をやると、イルカの死骸に紛れて人間が倒れ込んでいるのに気がついた。
人間が漂流してくるのなんて初めてだな、と珍しく思いながら、仰向けで倒れているその男に近づいた。
漂流者の顔を見た金髪の少年は、さっきまでのクールな装いが嘘のように動揺し、怖気と冷や汗が止まらなかった。
「こいつは…エンディ…?」
腰を抜かした金髪の少年は、心臓が止まるかと思うくらい驚愕していた。
偶然漂着した無人島で、エンディの正体を知る金髪の少年が登場!