2-24
「お前は…エラルド!そんな怖い顔してどうしたんだよ?」
エンディは顔色を窺うように言った。
「…バスクを殺ったのはてめえか?」
エラルドは凄みのある口調で尋ねた。
「バスク?誰だそれ?」
エンディは話の趣旨が分からず困惑していた。
エラルドは、エンディの反応を見てバスクを殺したのはコイツではなさそうだと察した。
「そうか、まあいい。どの道てめえらは全員…俺が殺してやる…!」
エラルドは狂気を感じさせる血走った目つきでエンディに殴りかかった。
エンディはすかさず右腕で防御を試みたが、鋼鉄のように硬いエラルドの拳から炸裂する打撃によって腕を痛めた。
エンディはエラルドの猛攻をかわし、防御に徹して様子を窺っていた。
「…っ!そうか、お前も異能者だったよな。確か鉄だったか?」
エンディは腕の痛みに耐えながら、少しばかり苦しそうな顔つきで言った。
「ああ、そうだ。てめえは俺の体に傷一つつける事も出来ず死ぬことになるぜ?ガキの頃憧れたてめえを殺すのは、流石の俺も少しばかり心苦しいがな。」
そう言い放ったエラルドの肉体は、みるみるうちに黒金色へと変化していった。
全ての皮膚が鉄へと硬化され、エンディは不気味さを感じた。
「憧れてたって、どういう意味だ?」
「てめえはウルメイト家の長男として生を受け、ユドラ人最高傑作とまで謳われてたからな。同じ歳でこんなにすげえ奴がいるんだって…俺も頑張って追いついてやるって…死ぬほど努力したぜ?まあ俺が一方的に知ってただけで、てめえは俺のことなんざ認知してなかっただろうけどな…。」
エラルドはそう言い終えると、エンディの顔面目掛けて飛び膝蹴りをした。
エンディは背後に下がり、なんとかかわした。
「だけどてめえは記憶を失って腑抜けちまった!もうてめえの時代は終わったんだよ!だからてめえぶっ殺して、この俺がユドラ帝国最強の戦士になってやる!!権力も武力も濫用しまくってよお!今まで以上に世界を徹底的に蹂躙しまくってやるぜ!?」
「エラルド…お前はそんな事の為に戦っているのか?」
「あぁ!?そんな事だと!?世の中は力が全てなんだよ!せっかく強者の世界に生まれてきたんだからよお、哀れで間抜けな弱者をいたぶって何が悪いんだ?逆らう奴は誰であろうと皆殺しにしてやるぜ!ヒャハハハッ!」
エラルドは自己陶酔に浸り、甲高い声で楽しそうに笑いながらエンディに猛攻をかけていた。
「お前って…かわいそうな奴だな。」
エンディはエラルドを憐れむように言った。
エラルドは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
「かわいそうだと…?この俺が…?かわいそうなのはてめえだろ!?ユドラ人の血脈を受けて、更には異能者として産まれてきて…どうしてその絶大な力を駆使して世界を支配してやろうって思わねえんだ!?どうしてあんな下らねえゴミどもと連んでんだ!?俺には全く理解できねえぜ!?」
エラルドは自身の歪んだ価値観を投げつけた。
エンディはかける言葉が見つからなかった。
「バスクが死んだんだぞ…。神の気高き血が1つ途絶えたんだ…てめえの仲間の、下らねえカス野朗ごときによってな…。同じユドラ人として、てめえは何も思わねえのか?」
「俺の仲間のどこが下らないんだ?どうして俺の仲間が、そのバスクって人を殺したと決めつけるんだ?」エンディはエラルドを冷静に問い詰めた。
「はぁ?てめえの仲間以外に誰がいるんだ?」
「お前は、少し自分自身を疑った方がいいぞ。」
エンディがそう言うと、エラルドは心底呆れたような表情を浮かべた。
「てめえは次元のちげえ馬鹿だな。もういいわ、さっさと死ねや!」
エラルドがそう言って、エンディの顔面を殴ろうとした。
しかしエンディはエラルドの攻撃に対してカウンターを合わせ、エラルドの腹部に渾身の一撃を炸裂させた。
風の力を纏った拳から繰り出されたその打撃は、エラルドの鉄の肉体にも確実なダメージを喰らわせた。
エラルドは吹き飛ばされ、倒れ込んだ。
「てめえ…まさか記憶が戻ったんか…?」
エラルドは先ほどからの攻防戦で、エンディの空間認識能力の高さに驚いていた。
鉄の肉体にダメージを与える打撃力といい、以前相見えた時よりもエンディの戦闘能力が確実に上がっていることを確信していた。
もしかすると、記憶が戻って戦闘におけるかつての感覚を取り戻したのかもしれないと思った。
それが、エラルドの質問の真意であった。
エンディはその質問に答えることが出来ず、なんとも言えない表情を浮かべていた。
確かに4年振りにユドラ帝国に帰郷したことで、少しずつ漠然とした"何か"を思い出しつつはあった。
しかしそれが何かと問われると、あまりにも抽象的すぎて答えることに難儀したのだ。
「エンディ〜、やりゃあ出来んじゃねえかよ…?やっと楽しくなって来たぜぇ!」
エラルドは高揚していたが、それ以上に激昂していた。
それは、先程の一撃でプライドを傷つけられたからだ。
「オラアァァッ!!」
冷静さを失い、頭に血が昇った状態でエンディ目掛けて怒号を発しながら一直線に突進した。
エンディは、不思議と冷静だった。
右手の人差し指と中指を、指間腔をくっつけた状態でエラルドに向けて振り払った。
すると、2本の指の先端からカマイタチの斬撃が放出された。
エラルドは上半身を斬られた。
それは、鉄の体に斬り傷を負わせるほどの、凄まじい威力だった。
エラルドは唖然とした顔で、ゆっくりと倒れた。
これは、向かってくるエラルドに対してエンディが反射的にとった行動だった。
つまり、ほとんど無意識による攻撃。
「エラルド…頭冷やして自分を見つめ直せよ?」
かろうじて意識のあるエラルドに、エンディはそう言い放ち、その場から立ち去ろうとした。
すると、エラルドは「待てよっ!!」と言った。
エンディはゆっくりと振り返った。
「…どうしてトドメをささねえんだよ!?」
エラルドはフラフラとしながらゆっくりと立ち上がり、この上なく苦渋に満ちた表情で言った。
「俺は自分の過去と向き合って、ラーミアを助けて…みんなを守る為に戦いに来たんだ。お前を殺す為にここに来たんじゃない。」
「この野郎…コケにしてくれるじゃねぇかよお…!」
「目的も信念もなく、自分の欲望を満たす為だけに戦ってるお前なんかに俺は絶対に負けない。自分に意見する人間を敵視して聞く耳を持たないと、いつか誰からも相手にされなくなるぞ?俺のことが気に入らないなら、傷を癒して心を入れ替えてから出直してこい。何度でも相手になってやる。」
エンディは厳しい口調でそう言うと、エラルドに背を向けて再びスタスタと歩き出した。
エラルドは何も言い返せず、悔しそうな表情で歯を剥き出しにしながらエンディを睨みつけていた。
「エラルド…何をしている?」
すると突如、背後から聞き覚えのある声が聞こえ、エンディとエラルドは恐る恐る振り向いた。
そこには、マルジェラが立っていた。
「マルジェラ…さん?どうしてここに??」
エラルドが尋ねた。
いつもの癖で危うく呼び捨てにしそうになっていた。
「こいつは…マルジェラ…!?」
エンディは冷や汗をかきながら、すかさず臨戦態勢に入った。
「エラルド、なぜエンディを追わない?お前の使徒隊の戦士としての誇りと、イヴァンカ様に対する忠誠心はその程度のものなのか?」
「いえ…そんなことはないです…。」
マルジェラに偉そうな口を聞かれ、エラルドは不快で堪らなかった。
何よりエラルドの傷は深く、とてもエンディを追えるような状態ではなかった。
「例え四肢をもがれようとも敵を喰い殺すくらいの気概を持たなければ、戦士としての務めは果たせないぞ。早くエンディを殺せ。それが出来ないなら、俺がお前を殺すぞ。」
マルジェラはそう言って剣を抜いた。
「おい!そんな言い方ねえだろ!?エラルドは頑張って戦ったんだぞ!あんたエラルドよりも立場が上なのか知らねえが、労いの言葉の一つくらいかけてやったらどうだ!?」
エンディは怒っていた。
敵である自分を庇って怒りを露わにしているエンディを、エラルドは不思議そうな顔でポカーンと見ていた。
「組織という枠組みの中では成果の出せない者から排除されるのが世の常だ。バスクのように志の異なる者も例外ではない。」
マルジェラは冷たく言った。
「マルジェラさん…バスクのようにって…それは一体どういう意味ですか?」
エラルドは血の気の引いた顔をしていた。
すると、マルジェラの後ろからウィンザーが颯爽と現れた。
「マルジェラ、口が軽いよ。空気を入れるような真似はやめなさいね?」
ウィンザーが呆れた口調で言った。
「ウィンザーさん…嘘だろ?まさか…あんたがバスクを殺したんですか…?」
エラルドは強い精神的ショックを受けていた。
「なんでだよっ!!なんとか答えろよ!!」
そう叫び終えると同時に、エラルドはマルジェラとウィンザーに掴みかかろうとした。
しかし、ウィンザーに背中を斬られて気を失ってしまった。
「君は良き戦士だと思ってたけどね、残念だね。使徒隊筆頭隊である私たちに楯突くのは立派な反逆罪…本来なら死罪に値するけどね、君は異能者だし何かと利用できそうだから、とりあえず生かしておいてあげるよ。」
ウィンザーはそう言い終えると、エンディの方にクルッと顔を向けた。
「久しぶりだね、エンディ。悪いけど君は別だよ。君は見つけ次第殺すようにとイヴァンカ様から天命を仰せつかっているからね。君ごときがイヴァンカ様の脅威になるとは到底思えないけどね…。」
ウィンザーは冷酷な表情をエンディに向けた。
エンディはゾッとした。
しかし、2人の間にマルジェラが割り込むように入ってきた。
「待てウィンザー、それは俺の役目だ。」
「"俺の役目"とは?意味不明だな。」
ウィンザーは訝しげな表情をしていた。
「もうすぐで"謁見の間"に集まる時間だ。ウィンザー、お前は使徒隊の長として誰よりも早くあの場に着いていなければならない。エンディなどに構っている暇なんてないだろう?」
「心配いらないよ、エンディを殺すのに時間なんてかからないからね。それに使徒隊の長として、エンディの首を謁見の間に持参したいしね。」
マルジェラとウィンザーは互いに目を合わせ、どこか殺伐とした空気を纏っていた。
すると、突如マルジェラの背中から真っ白で大きな翼が勢いよく生えてきた。
そして恐るべき速度でエンディに詰め寄り、エンディの顔を片手で掴んだ。
エンディは何が起きたか分からず混乱し、全く反応できていなかった。
エンディは壁に勢いよく叩きつけられた。
崩壊した壁の向こう側は、外だった。
外といっても、バベル神殿のとてつもない高さ故、濃霧で眺望など一切望めなかった。
マルジェラはエンディを掴んだまま、両翼を大きく羽ばたかせて霧の中へと消えていった。
マルジェラは一体どこへ行ったのか、何を考えているのか。エンディもウィンザーも皆目見当もつかなかった。
濃霧の中へと消えていった2つの影に、ウィンザーは疑惑の眼差しを向けていた。
マルジェラの思惑は?




