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黒船襲来!
「何だ!あの黒船は!?」
窓際に座っていた客の男が、外を見ながらそう叫んだ。
するとラーミアは突然、勢いよく立ち上がり、窓際まで勢いよく走った。
そして、窓から黒船を確認したラーミアは、ひどく怯えた様子だった。
エンディは急いで、ラーミアの元へ駆け寄った。
エンディに続いて他の客も、店員さえも、外の様子を見ていた。
どうやらあの大きな音の正体は、黒船の汽笛のようだ。
「あれは…インダス艦じゃねえか」
この店の名物の1つであるドレッドヘアで筋肉質なオーナーがそうつぶやいた。
「インダス艦?それってドアル族の海賊共じゃねえか!」
「そうだ!あの黒船、俺も見たことあるぞ!間違いない!なんでこんな所に!?」
「それが…奴ら最近、ギルド総統の軍門に下って、ドアル解放軍に加入したらしい…!」
店内がざわつき始めた。
港に数隻停泊している漁船がちっぽけに見えるほど、巨大な船で、まるで大きな黒鉄の塊のようだった。
「まさかあの黒船が?」
エンディは状況を理解すると、会計することを忘れて、ガタガタと震えるラーミアの手を引っ張り店を出た。
外に出ると、インダス艦見たさに野次馬がゾロゾロと集まっていて、町は物々しい雰囲気に包まれた。
「まさかあいつら…ラーミアを探しにきたのか?」
「…うん。そうだと思う…」
船から柄の悪い恰幅のいい大男が、戦闘服を身に纏い、銃を持った男たち20人を引き連れてぞろぞろと降りてきた。
「逃げるぞ!ラーミア!」
「待って、でも…」
「どうした?」
「私のせいで町の人たちがひどい目に遭わさせるかもしれない…」
ラーミアは泣きそうな顔でそう言った。
エンディは焦った。どうすればいいのか分からなかった。
そうこうしているうちに、大男たちは海岸から町へと侵入してきてしまった。
大男は肩で風を切るように堂々と歩き、後ろに引き連れている兵隊たちは両手に銃を持ちながら足並みを揃え行進していた。
すると気性の荒そうな屈強な漁師たちが10人、侵入者の前に立ちはだかった。
「何しにきたこの野郎!海賊がこの町に何の用だぁ?」漁師の一人が喧嘩口調で尋ねた。
「海賊だぁ?そんなチンケな稼業はとっくに廃業してんだよ!てめえらに用なんざあるか馬鹿野郎!俺様はラーミアって小娘を探してんだ!この町に来てねえか?」
大男は大きな声で、目の前の漁師達を含めたその他大勢の野次馬たちに、威圧するように問いかけた。
この大男が、この集団の頭領だろうと、その場にいた全員が満場一致でそう思ったに違いない。
180を超える長身、髪型は両サイドをツーブロックに刈り上げたオールバック、鋭い眼光、そして口髭を生やしていた。
体格が良かったが、決して筋肉質というわけではなく、どちらかと言うと肥満体型だった。
この男の全身からは粗暴性の強さが滲み出ていた。
気性の荒い漁師達も、圧倒され怖気付いてる様子だった。
「そんな小娘知らねえな、さっさと帰ってくれ!」
漁師の1人が、冷や汗をかきながらそう叫んだ。
「ダルマイン提督!あれを見てください!」
大男が引き連れている兵隊の1人が、沖合いに泊まっている小さな木造船を指さしてそう叫んだ。
「あれは間違いなく、ラーミアと共に姿を消した備え付けの脱出ボートです!」
「なんだよ、あるじゃねえか!やっぱ俺様の読み通りだったな!」
ダルマインはニヤリとした。
「てめえら、しらみ潰しに探せ!保安官や騎士団が来ねえ限り銃は使うな!」
「はい、提督!」
ダルマインがそう命令すると、20人の兵隊達は銃を腰にさし、目の前の漁師たちを呆気なく蹴散らした。そして瞬く間に町へとなだれ込み、ラーミアの捜索が始まった。
怒号を発しながら市場を荒らし、家屋を荒らし、やりたい放題だった。邪魔をしようとする市民には、容赦なく暴行した。
「そんな、ひどい・・・」
ラーミアは悲痛な気持ちになった。
「何してんだよラーミア!あいつらお前を探してんだろ?早く逃げよう!あんな危ない連中に捕まったら何をされるか・・・」
「だって、私のせいで町の人たちがこんな目に遭ってるんだよ?それなのに私だけ逃げるなんてできないよ!」
エンディが何度も一緒に逃げようと促しても、ラーミアは聞く耳を持たず、ただ怯えて立ち尽くしていた。
「どうすりゃいいんだよ・・・!」
エンディは混乱した。
相手はたったの20人だったが、あまりの凶暴さと、銃を所持していることを理由に、最初は抵抗しようとしていた町の住人達も、恐ろしくなってどんどん逃げ出していた。
中年腹のドクターとその妻も、丘の上の病院からその様子を見ると、脇腹を押さえながらゼェゼェと息を切らしながらさらに高台へと向かい走り出していた。
唯一立ち向かったのは、まだ幼い子供だった。
「逃げるな!みんな!」
勇気を振り絞ってそう言った勇敢な子供は、昨日エンディが助けた子だった。
少年は、今日も今日とて、祖父らしき老人と市場に買い物に来ていたのだ。
そして運悪く、二日連続で最悪の事態に巻き込まれてしまった。
「おい!あのガキ何してんだ?」
「おい君!早く逃げろ!殺されるぞ!」
町を荒らす男達を、何もできずただ眺めているだけの住人達が、ざわつきだした。
「僕は逃げない!あのお兄ちゃんみたいに、かっこいい正義の味方になるんだ!!」
少年は、青ざめた顔で制止しようとする祖父らしき老人を振り切り、近くにいた敵兵の頭を、持っていた棍棒で力いっぱい叩いてしまった。
エンディは、少年の勇気ある行動に心を打たれた。
ラーミアを連れて逃げ出そうとしていた自分を恥ずかしくすら思った。
これでは、見て見ぬふりをする、ダメな大人たちと同じではないかと、猛烈に反省した。
「このクソガキ!何しやがるっ!」
たいして痛くないはずだが、この地味な攻撃がこの敵兵の神経を逆撫でした。
少年は蹴り飛ばされて倒れたが、すぐにむくりと立ち上がり、棍棒を握りしめて再び立ち向かおうとしていた。
「ようコラ、クソガキ!舐めた真似してくれたなあ?ぶっ殺してやるぜ!」
敵兵が少年の胸ぐらを掴みながらそう言い放つと、腰にさしていた銃を抜き、少年の頭に銃口を突きつけた。
逆上した男が引き金を引こうとした次の瞬間、エンディの強烈な飛び蹴りが炸裂した。
男は吹き飛び、白目を向いて失神した。
あたりは静まり返った。
一連の騒動を見ていた者、町を荒らしながらラーミアを探す兵隊たち、兵隊たちに立ち向かって返り討ちにあった者、兵隊たちから逃げ回っていた者、その場にいた全ての人間の視線がエンディに向けられた。
「昨日のお兄ちゃん…!」
少年がそう言うと、エンディは近くにいた祖父らしき老人に、少年を連れて遠くへ逃げるように促した。
老人は一瞬、挙動不審になりながらも、すぐにハッと我にかえり、少年を抱き抱え、兵隊たちのいない、できるだけ安全な場所へと急いで走って行った。
すると、残り19人の兵隊たちが、ゾロゾロとエンディのいる方へと向かって歩き出した。中には、鬼のような形相で怒号を発している者もいた。
「クソガキ!自分が何したか分かってんのか!」
「ぜってえ生きて帰さねえからな!」
あたりは再びざわつきだした。
「なんだよあのガキ、やべえぞ」
「おい誰か、助けに行けよ」
「お前が行けよ」
野次馬たちは、傍観するしかできなかった。
ラーミアは悲観した。自分のせいでエンディが殺されてしまうかもしれない。
思考が停止し、冷静な判断能力が損なわれ、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
「さーて、覚悟はできてんだろうな?」
「お前らはこの町にいるべき人間じゃない、さっさと出ていけ!」
19人の兵隊たちに囲まれても、エンディは毅然としていた。
そんなエンディの様子を見ながら、ダルマインはタバコを吸いながら不敵な笑みを浮かべていた。
「ギャハハッ!今時珍しい、なかなか骨のある小僧だな!」
「お前がこいつらの頭だな?ここにはラーミアなんて女はいない。早くこいつら連れてこの町からでていけ!」
エンディはダルマインを睨みつけながら、冷静な口調で言い放った。
「カッコいいな、お前。だが、そんなちっぽけな正義感はこの世の中で生きていく上でクソの役にも立たねえぜ?」
ダルマインの言っている意味が理解できず、エンディの脳内にクエスションマークが飛び交った。
「いいか小僧、お前にこの世の真理を教えてやる。まず、否が応でも世の中には"表と裏"が存在する。表と裏、この2つに共通しているのは"弱肉強食"であることだ。どれだけ綺麗事を言おうが、この世界はすべからく弱者は強者の喰い物にされる資本主義社会だ。民主主義なんてのは所詮ただの理想論に過ぎねえんだよ。お前みてえに下らねえ正義感を振りかざす弱者は早死にするぜ?勢いだけの能無し野郎の"力"なんてたかが知れてるからよ」
タバコを吸いながら淡々と語るダルマインの目をじっと見ながら、エンディは真剣に話を聞いていた。
ダルマインは二本目のタバコに火をつけ、再び長々と語り出した。
「腕っ節の強さと度胸だけじゃ世の中生き残れねえよ。見たところ頭も悪そうだし、人の上に立つ器量もなさそうだ。お前は何者にもなれない。ただの青臭いちっぽけなクソガキだ。弱者が生き残るには、プライドを捨てて身分相応の暮らしをするか、"強者の影"に隠れるかしかない。なあ、お前はまだ若い。利口になれや小僧。なんなら俺の船に来るか?歓迎してやるぜ?」
ダルマインがそう問いかけると、エンディは俯いたまま沈黙し、すぐに顔を上げた。
「長々と薄っぺらい話をしてくれてありがとう!生憎だけど俺はそんなダサい生き方絶対にしない!」
エンディは、自信に満ち溢れた表情でそう言い放った。
「お前の話、何一つ心に響かなかったよ。俺は弱い人に寄り添える強い男になる!誰がお前みたいな残念なおっさんの下につくかよ、バーカ!」
エンディは、つい調子づいてしまい、更に畳み掛けるように言った。
結果、ダルマインの逆鱗に触れ、場の空気を凍り付かせてしまった。
どうやらエンディは、ダルマインを本気で怒らせてしまったようだ。
「いい度胸だな…かつて海という海を制し、霊長類最強の喧嘩師と謳われたこのオレ様に啖呵切るとはよ。吐いた唾飲み込むなよ?」
ダルマインは、血管の浮き出る右手の大きな拳をポキポキ鳴らしながら、エンディを威嚇した。
エンディはこの男の力量が読めず、緊張した様子だった。ハッタリなのか、それとも本当に強いのか分からなかったのだ。
「テメェら、やっちまえ!」
ダルマインが号令をかけると、19人の兵隊たちは、一斉にエンディに襲いかかった。
バトル勃発!