2-18
美しき空中都市
神々の聖地ユドラ帝国は、目を見張るほど美しくて幻想的な国だった。
標高約1000メートルの山麓と鞍部に築かれたこの都市は、世界神話では"空中都市"と記されている。
白を基調とした美しく格式のある建造物が立ち並び、まさに神秘的だった。
「綺麗…。」
「絶景…。」
ジェシカとモエーネは、思わず見惚れてしまっていた。
「全く、相も変わらず辛気臭い街じゃのう!」
ノストラは憎まれ口を叩いていたが、内心では懐かしい気持ちでいっぱいだった。
「ここが…俺の生まれ故郷なのか…。」
エンディは何も思い出せなかったが、なぜか心が洗われるような感覚に陥った。
「なんかテンション上がってきたぜ!この俺様がついにユドラ帝国デビューか…これは歴史的瞬間だな?"大魔神、聖地に舞い降りる!"ってか!?」
ダルマインはニヤケ顔ではしゃいでいた。
「"外来種のゴキブリ、野を駆けずり回る"の間違いでしょ。」
ラベスタは辛辣な一言を放った。
「それにしても妙だな…こうもあっさり侵入できるなんて…。」
エスタは疑念を抱いていた。
「鋭いな、エスタよ。この場所は各国の王族たちの間では暗黙の了解で禁足地とされておる。不法入国など言語道断。そもそもこの場所に向かおうとした時点で殺されるじゃろう。」ノストラは言った。
「俺たちが侵入してくることは既に筒抜けだったんだな。そういえばカインもエラルドも、"ユドラ帝国に来い"って言ってたもんな。」エンディは身構えていた。
「歓迎されてるみたいだね。」
ラベスタは無表情で言った。
「おい、正面を見てみい。」
ノストラがそう言うと、エンディ達は一斉にノストラの指さす方向に視線を向けた。
視線の先には、壮大な塔のようなものが見えた。
最上部は雲がかかっていて見えないほど、巨大な塔だった。
「なんだ…あれは…?」
エンディはゾクっと背筋が凍りついた。
「あれは"バベル神殿"…ユドラ帝国の上流魔法眷属の住処じゃ。ワシらはあの胸糞悪い神殿を目指しておる。ラーミアって娘さんを含めた異能者も、ロゼ王子も使徒隊も全員あそこにおるはずじゃ。イヴァンカもな…。」
ノストラは額に汗をかきながら緊張した様子で言った。
「あそこにラーミアが…。」
「ノヴァはあそこにいるんだね。」
エンディとラベスタは神殿を凝視しながら言った。
「若…絶対助けに行きますからね。」
モエーネは若干涙ぐみながら言った。
神殿までの距離は約3キロ。
箒星はバベル神殿目指して一直線に飛行を続けていた。
すると、前方から真っ白い物体が、箒星目掛けて猛スピードで突進して来るのが見えた。
エンディはジーッと目を凝らしながらその白い物体を直視していた。
「あれは…マルジェラ!!?」
エンディは驚いて大きな声を出した。
白い物体の正体は、鳥の姿をしたマルジェラだった。
「え?え?うそでしょ!?」
「おいおい、冗談じゃねーぞ!?」
ジェシカとエスタは取り乱していた。
「ガッハッハー!怪鳥マルジェラか!こりゃ手厚い歓迎じゃのう!!よし、このまま突っ込めえ!!」
ノストラは血が踊っていた。
「突っ込めって…嘘でしょ!?本気で言ってるの!?」モエーネは信じられないという目つきでノストラを見ながら言った。
「安心せい!奴はワシが止める!」
ノストラは剣を抜き、窓から身を乗り出した。
そしてマルジェラを迎撃しようと試みたその時、ガクンと膝から崩れ落ちた。
「ノストラさん!?どうしたの!?」
心配になったエンディは急いでノストラの元へ駆け寄った。
「まずい…腰を痛めてしもうたわい…。」
なんと、このタイミングでノストラはギックリ腰になってしまったのだ。
「えーー!?!?」一同驚愕した。
マルジェラは箒星めがけて、両翼からガトリング砲のように鋭利な羽根を連射した。
それらが全弾命中した箒星は、炎上しながらゆっくりと降下していった。
「やばい!操縦が効かない!」
「え!?え!?どうしよう!?」
コックピットにいたジェシカとモエーネは冷静さを失い慌てふためいていた。
制御不能の燃ゆるただの箒と化した箒星は、ガタガタと激しく揺れながら静かに降下していった。
いつ爆発してもおかしくない状態だった。
「ぎゃーー!!!」
「"外来種の豚、空中で散る"…かな?」
ラベスタは鋭い悲鳴を漏らしているダルマインを横目で見ながら言った。
「ラベスタ!こんな時につまらねえ冗談言うなあ!」エンディは的確なツッコミを入れた。
マルジェラは役目を終えたのか、炎上する箒星の行く末を見届けないままバベル神殿へと羽ばたいていった。
「くっ……こうなったら致し方ない…おどれら!飛べえっ!!!」
ノストラはゆっくりと立ち上がり、そう叫んだ。
「飛べって…本気で言ってんのか!?」
エンディはドタバタしながら言った。
「このくらいの高さから飛び降りても死なん!安心せい!」
地上までの高さは約300メートル。
「おい!緊急脱出用のパラシュートが2人分あるぞ!」
機転を利かせたエスタは、落ち着いてエンディとラベスタに配った。
他の者は、魔法を使えばなんとか無事に地上へと着地できる。
しかし、風以外の魔法が使えない異能者のエンディと、非魔法族のラベスタにはそれができない。
よってこの2人は、緊急脱出用のパラシュートを使って然るべき対象だったのだ。
ダルマインもラベスタ同様、非魔法族だが、彼の分の緊急用脱出パラシュートはなかった。
そして、その事を気に留める者も、誰一人としていなかった。
「うん、確かにこのここにいるより、脱出した方が賢明だね。よし、飛ぼうか。」
ラベスタはそう言うとパラシュートを装着し、突然窓から飛び降りた。
「えぇ!?ちょっとおいラベスタ!?」
「あいつ…マイペースにも程があるぞ…。」
突然飛び降りたラベスタに、エンディとエスタは引いていた。
「よーし、ワシらも飛ぶぞ!各自、一旦散り散りになってバベル神殿を目指すぞ!」
ノストラそう言って飛び降りた。
ノストラに続いて、エンディも意を決した様子でパラシュートを装備して機内から飛んだ。
「おどれら…死ぬなよ!生きてバベル神殿で必ず再会しよう!くれぐれも、息災であれ!!」
ノストラは空中で叫んだ。
エスタ、ジェシカ、モエーネは3人で固まりながらパラシュート飛び、地上へと降りて行った。
高所恐怖症のダルマインは、失神しながら落下していた。
「うわあーー!!!」
エンディはパラシュートの開き方が分からず、絶叫しながら落下していた。
エンディ達が脱出してしばらくすると、箒星は大爆破した。
その様子を、ロゼはバベル神殿のとある一室から眺めていた。
「な?俺の言った通りだろ?俺は人望の厚い王子様だからよ、俺が行方不明になったら俺を慕う部下共が必ず乗り込んで来るはずだってよ?」
ロゼは得意げな表情で言った。
ロゼはどうやら、腹心であるエスタ達の行動を先読みし、それを使徒隊側に流していたようだった。
ロゼの背後には、エラルドとバスクがいた。
「それにしてもこんなに早く乗り込んでくるとはなあ。次元の違え行動力だぜ。」
エラルドは感心するように言った。
「ロゼよ、お前は何も思わないのか?お前のために命懸けで乗り込んできた連中が、マルジェラさんに撃破されたんだぞ?」
バスクはロゼに問いかけた。
「別に?あいつらが勝手にやったことだ。俺の知ったことじゃねえよ。」
ロゼは冷たく言った。
「薄情な王子様だな。」
バスクは軽蔑するように言った。
「それにしても大層な箒だったなあ、王子様よ。ぶっ壊れちまって残念だったな?」
エラルドは意地悪な笑みを浮かべながら言った。
「問題ねえよ、また特注すりゃいいだけの話だ。生憎、金なら腐るほどあるからな?」
ロゼは勝ち誇ったような顔で言った。
「おいてめえコラ、あんま調子こいてんじゃねえぞ?長年俺たちユドラ人に操られてきた有象無象の下級魔法族、ナカタム人如きがよ!てめえみてえなゴミがこの俺と対等な口聞いてんじゃねえよ。まじで殺してやろうか?」
エラルドはピキピキと頭の血管を疼かせながらロゼを威嚇した。
「やめろエラルド。」
バスクはエラルドを優しく宥めたが、エラルドは聞く耳を持たなかった。
「はあ?あんたどっちの味方だよ?こんな操り人形に舐めた態度とられてよぉ、悔しくねえのか!?」
「操られているのは…俺たちの方だったりしてな?」バスクは意味深な発言をした。
「おいバスクさん!俺はこれでもあんたには一目置いてるんだぜ?あんたとは志も同じだと信じてるんだからよ、腑抜けた発言はやめてくれよな!」
エラルドは苛立った口調で言った。
「おいロゼ、この国ではウィルアート家の威光なんざ一切通用しねえからな?次舐めた真似しやがったら容赦なく殺すぜ?」
エラルドはロゼに顔を近づけ、高圧的な態度で言った。
ロゼは微動だにしていなかった。
「ああ、分かってるよ。お前らとは友好的でいたいからな。必要ならいつでもナカタム側の情報を教えるぜ?」
ロゼは余裕のある態度で言った。
「けっ、まあいいさ。俺は侵入者どもを始末してくるぜ。俺1人で全員片づけるからよ、てめえら余計な手出しはするなよ?」
エラルドは非情な笑いを浮かべながら、部屋を出て行った。
バスクは、エラルドの後ろ姿を心配そうに見つめていた。
「なんだよバスク、エラルドが心配か?」
ロゼが尋ねた。
「ああ…あいつはまだ若いからな。すぐ熱くなって1人で突っ走っちまう。」バスクはため息をついていた。
「あいつ、随分とお前のことを慕っているようだな?」
「まあな?俺もあいつのことは本当の弟の様に思ってる。だからこそちょっと悲しいんだ。エラルドの野郎、使徒隊に入ってから着々と思想が歪んできているからな…。」
バスクは頭を抱えている様だった。
「バスク、あんた随分と風変わりな男だな。ユドラ人ってのはどいつもこいつも欲深くて傲慢なイメージがあったぜ?特にお前ら使徒隊はな。バスク、あんた一体何のために戦ってるんだ?」
ロゼがそう問いかけると、バスクは真面目な顔つきで黙ったまま歩き出した。
そして部屋を出る直前に「着いて来い。」とロゼに言った。
ロゼは警戒しながら、バスクの後を追った。
一方その頃エンディは、バベル神殿から少し離れた場所にある古代遺跡の真ん中で気絶していた。
そこは遥か昔、ユドラ人によって造られた大きな円形闘技場だった。
かつてユドラ帝国では、この場所で罪人同士が殺し合いを強いられていた。
観覧席にズラリと並んでいた上級魔法貴族の面々は、熱狂しながらその殺し合いを観戦していたという。
所謂、貴族御用達の悪趣味なギャンブルだ。
エンディは地上に着陸する前に、なんとかパラシュートを開くことに成功したが、着地と同時に地面に頭を強打して気絶してしまったのだ。
敵地の血塗られた忌まわしき歴史のある古代遺跡の残骸の中心でうつ伏せになっているその姿は、あまりにも無防備だった。
エンディ、、早く起きろ!




