2-15
明かされる真実
「それにしても、よくワシの居所が分かったなあしかし。」
ノストラは感心する様に言った。
「バレンティノ相手にあんだけ派手にやり合ったんだ。そりゃ気がつくぜ?バレラルクにはウチのスパイが山ほど入り込んでるからなあ。下らねえお喋りはこの辺にして、さっさとおっ始めようぜぇっ!」
エラルドは早く戦いたくてウズウズしていた。
そして、勢いよくノストラに殴りかかった。
しかし、ノストラは突然うめき声を上げながら、両手で左胸をおさえながら膝からガクンと崩れ落ちてしまった。
「ああん!?」
エラルドは立ち止まり、拍子抜けたような声を出した。
「ノストラさん?」
心配したラベスタは、急いでノストラのもとへと駆け寄った。
「ぐっ…こんな時に…寄る年波は越えられんか…。」ノストラは苦しそうに言った。
エラルドは舌打ちをして、がっかりした表情を浮かべていた。
「体の衰えた老兵を殺すなんて仁義のねぇことしたくねえけどよ…そんな甘い事も言ってられねえな。なんせあんたは裏切り者だからよ、ここで死んでもらうぜ?」
エラルドは酷薄な表情でノストラを見下ろしながらそう言った。
ラベスタは剣を抜き、注意深くエラルドを凝視している。
「ガッハッハッ、裏切るも何も…ワシはのう…イヴァンカに忠誠を誓ったことなど一度たりともないわい。」
ノストラは声を絞り出す様に言った。
「てめえ…その名を軽々しく口にしやがって…しかも呼び捨てかよ?食えねえジジイだぜ。」
エラルドは、ノストラの発言に対して強い反応を示し、動揺していた。
ラベスタはその隙をついて、エラルドに勢いよく斬りかかった。
ガキン、と大きな音が鳴り響いた。
何と、エラルドはラベスタの斬撃を腕で防御したのだ。
エラルドの腕は無傷。
「え?腕硬くない?」
ラベスタは何が起きたのか理解が追いつかず、思考が停止してしまった。
「オラァッ!魔法も使えねえ無能野郎が!このエラルド様に勝てると思うなよぉ!」
エラルドはラベスタの横腹を思い切り蹴り飛ばした。
ラベスタは吹き飛ばされ、あまりの激痛にしゃがみ込んだまま動けなくなってしまった。
「てめえ確か、ノヴァの相棒だろ?そんな腑抜けた斬り込みじゃあ俺の体には傷1つつけられねえぜ?」エラルドが言った。
「ノヴァを知ってるの?あいつは今どこにいる?」ラベスタが尋ねた。
「奴なら今頃、投獄されてるぜ?ノヴァだけじゃねえ。アズバールも、ラーミアとかいう女も…異能者は全員俺たちが貰う!」
「なんの為に?」
「決まってんだろ?しっかり調教してよぉ、こっちの駒にするんだよ。異能者は良い戦力にもなるし、何かと役に立つからなあ?」
エラルドは舌を出しながら、嘲笑うように言った。
ラベスタはエラルドに強い怒りを感じ、睨みつけた。
そして、何もできない無力な自分を悔しく思っていた。
「だからエンディの野郎も連行しろと命を受けてんだよ。だけどなあ、個人的にはそんな命令どうでもいいんだよ。俺はただあの野郎をぶっ殺したい…ただそれだけなんだよ…!」
エラルドはエンディに対して強い私怨を抱いているようだった。
「お前…過去にエンディと何かあったんか?」
ノストラが尋ねた。
「何もねえよ。そもそも面識もねえし、あいつは俺のことなんて認知すらしてねえと思うぜ?ただムカつくんだよ。同い年でユドラ人最高傑作だなんて持ち上げられてたあの野郎がな…昔からムカついてムカついて仕方ねえんだよ!だからエンディの野郎をぶち殺して、この感情を晴らしてえ…ただそれだけなんだよ…!」
エラルドはエンディに対する嫉妬の念に取り憑かれているようだった。
ラベスタは、嫉妬に狂ったエラルドを見て引いていた。
「だけどここにいねえんじゃ仕方ねえな。てめえら口も割らなそうだし、自分で探すわ。とりあえずてめえら殺しとくか。」
エラルドはカツンカツンと足音を立てながら、うずくまっているラベスタとノストラの前まで歩み寄り、立ち止まった。
「くっ…!」
ラベスタとノストラは為す術もなく、無抵抗だった。
「ヒャハハっ、死ねや!」
エラルドは甲高い声で嫌な笑い声を上げながら、右手を大きく振り上げた。
絶体絶命かと思われた次の瞬間、背後から突如大きな風が吹いた。
エラルドはびっくりして後ろを振り向いた。
「まさか…?」
ラベスタは確信したように言った。
「ガッハッハ…ようやくか…。」
ノストラは力無く笑いながら言った。
風が吹いてきた方向に目をやると、エンディが静かに立っていた。
ようやく洞窟の中から出てきたのだ。
心なしか、以前よりも逞しくなっているように見えた。
「いや〜…遅くなってごめん!」
エンディは苦笑いをしながら、申し訳なさそうに言った。
「どんだけ待たせるんじゃい!ええ?」
ノストラは厳しい口調で叱責した。
「ごめんごめん…ところで2人ともどうしたの?何があったの?」
エンディはいまいち状況がつかめず困惑していた。
「えっと、どちらさん??」
エンディはエラルドに向かって尋ねた。
エラルドはエンディをジッと見つめたまま、直立不動で何も答えなかった。
「エンディ、そいつユドラ人だよ。それも使徒隊のメンバーだ。」
ラベスタがそう言うと、エンディは目の色を変えて即座に臨戦態勢に入った。
「ヒャハハッ、ハハッ…ハハハハ…ヒャーハッハッハッハッハッハァ!!!!」
エラルドは上を向いて、楽しそうに高笑いをした。
「何だお前、頭大丈夫か?」
エンディは心配するように言った。
「ようやく会えたぜ…嬉しいねえ…。」
「え?俺に会えて嬉しいの?何で?」
エンディは戸惑っていた。
「そりゃあ嬉しいさ…ガキの頃は手の届かなかったお前を…ようやくこの手でぶっ殺せるんだからなあ!!!!」
エラルドは狂信的な思いを声高らかに叫んだ。
エンディはエラルドを危険人物だと察知し、迅速に勝負をつけるべきだと判断した。
エンディは右腕に風を纏い、エラルドに視線を向けた。
エンディの右腕に、まるで小さな竜巻がまとわり付いている様に見えたラベスタは、目を丸くしていた。
「ほお…。」ノストラは嬉しそうに微笑んだ。
エンディは疾風の如く、目にも留まらぬ速度でエラルドとの間合いを詰め、エラルドの腹に強烈なパンチをした。
とてつもない威力だった。
エラルドは吹き飛ばされた。
「すごい…これがエンディの力…。」
ラベスタは驚嘆していた。
「うむ、勘を取り戻した様じゃな。確かにすごい力じゃ…しかし…まだまだ甘いのう。」
ノストラは厳しい口調で呟いた。
「うわあ、痛ぇっ…!!」
エンディは右手の拳をおさえながら悶え苦しんでいた。拳にヒビが入った様だった。
「おいおいエンディ〜!冗談やめろよな!?そんかもんなのか!?ああ!?」
エラルドは煽る様に言った。
風の力を帯びたエンディの攻撃を直に受けたにも関わらず、エラルドは無傷でびくともしていなかった。
「お前…何でそんなに体が硬えんだよ…?」
エンディが尋ねた。
「何でって?そりゃ俺もお前と同じ、異能者だからよ!俺は全身を鉄に硬化できるんだぜ?そんなヘナチョコパンチ屁でもねえよ馬鹿野郎!」
エラルドは得意げに言った。
そしてエラルドは、あまりの拳の痛みに耐えきれず跪いているエンディに瞬く間に詰め寄り、エンディの頭部に思い切り肘打ちをした。
エンディの頭から血が噴き出した。
鈍器で殴られた様な強烈な激痛で、意識が朦朧とした。
「エンディ、何で手を抜いた?」
エラルドは怒りの表情で尋ねた。
「エンディは優しいからのう、昔から。本気でお前さんを殴ったら死んでしまうと思ったんじゃないんか?」
ノストラが言った。
ノストラの言う通り、エンディは本来出せる力の3分の1程の力でエラルドを殴ったのだ。
「ははっ、鉄って…先に言ってくれよな。そうと分かってたら全力で殴ったのに…。」
エンディは力なく言った。
このセリフが、エラルドの逆鱗に触れた。
「てめえ、ナメてんじゃねえぞこの野郎…!」エラルドはエンディの右頬を、カカトで踏みつけた。
「おう小僧、その辺にしておけよ、ええ?」
ノストラはゆっくりと立ち上がってそう言った。
そして、再び剣を抜いた。
「なんだよジジイ、元気になったんか?」
「小僧、お前の言う通りワシはユドラ帝国を逃亡した情けないジジイじゃ。偉そうなことを言う資格はないことは重々承知しておる。じゃがな、これだけは言えるから耳の穴かっぽじってよーーく聞いておけよ?」
エラルドはそう言われると、素直にノストラの言葉に耳を傾けた。
「世間を舐めるな。人様を舐めるな。自分の見ている世界が全てだと思うな。自らを神だと驕り高ぶった人間の寿命は短いぞ。ええな?」
ノストラは真剣な眼差しで、エラルドに語りかける様に言った。
しかし、ノストラの思いはエラルドには届かなかった。
「おいジジイ、ボケてんのか?俺たちユドラ人は神々の末裔…そんなもんは500年も昔からガキでも知ってる周知の事実だろ?そして俺様はそのユドラ人の中でも限られた者にしか与えれない、神衛使徒隊の称号を持つエリート魔法戦士だぞ!俺たちは神なんだからよお、驕り高ぶるも何もねえだろぉ!?現に世界の頂点に君臨しているのは俺たちなんだからよお!」
エラルドは勝ち誇ったように叫んだ。
「安い陶酔だね。」
ラべスタは嫌味ったらしく呟いた。
「神に逆らったらどうなるか、てめえもこれから思い知ることになるぜ?ナカタム王国滅亡の日も近いな!」
エラルドはラベスタを横目で見ながら言った。
「滅亡?どういう意味だ?」
エンディが尋ねた。
「500年間、俺たちユドラ人は圧倒的な力で世界の頂点に君臨し続けてきた。世界中の名だたる王族や権力者、全ての魔法族を裏で牛耳り、歴史を操ってきたんだ。大体てめえらよぉ…ナカタム王国の成り立ちを知ってんのか?」
エラルドは得意げにニンマリ顔で言った。
「ウィルアート家がユドラ人に金を積んでいたから、じゃろ?」
ノストラが答えた。
エンディとラベスタは、どういう事だ?と言いたげな表情をしている。
「御名答!ナカタム人の中で最も狡猾で金に汚かったウィルアート家はそこそこ財力があったからな。奴らはその財力を駆使してずーっと俺たちユドラ人に媚びへつらってきたんだぜ?見返りに俺たちはウィルアート家に兵力、資源、そして敵国の機密情報を提供してたんだよ。500年間ずっとな?そのお陰で、ナカタム王国は世界一の魔法大国と謳われるまでに成長出来たのさ!」
エラルドはここまで言ってのけた後、次のように続けた。
「ところがレガーロが国王になってから状況が一変した。あのクソ野郎、"我々は権力などには屈しない。"なんてほざきやがって、ユドラ人との断交を宣言しやがったんだ。本来ウィルアート家はユドラ人に足向けて寝れねえ筈なのによ、レガーロの野郎は恩を仇で返すどころか、神に山返したとんでもねえ大罪人だぜ?だから警告も兼ねて、見せしめに粛清されたんだ。次はナカタム王国そのものを滅ぼしてやるぜ?」
エンディは、まるで歴史の闇を垣間見たような気分になった。
「そんな事情があったんだ。知らなかった。」ラベスタは小声で呟いた。
第五次魔法大戦が勃発した原因は、レガーロが近隣の魔法国家の蹂躙を騎士団に命じたことに端を発していると言われていたが、それは大きな誤りだったのだ。
反旗を翻され憤ったユドラ帝国が、世界中の魔法国家に対して圧力をかけ、ナカタム王国への侵略を命じた。
レガーロ国王は、それらを迎え撃ったに過ぎない。
これこそが厳然たる事実だ。
「それにしても、ナカタムってのは辛気くせえ国だよな?さっき中心街に寄ってみたんだけどよ、どいつもこいつも死んだ魚の目して歩いてやがる!とんだ腑抜け野郎の集まりだぜ!あれじゃ死んでるのと変わらねえな?まあそれも当然、所詮てめえらは俺たちの掌の上で転がり続ける、思考停止した意志無きブリキの人形だもんなあ?」
エラルドは、ナカタムの国民を心の底から見下し、卑下していた。
それを聞いたエンディは怒った。
「生きていれば、辛くて苦しくてどうしようもない時もある。時には死にたくなる時だってある。だけどそれは真面目に自分の人生と向き合ってもがいている証だ。自分にとって大切なモノを守る為に、幸せになることを信じて、みんな歯食いしばって生きてるんだよ。一生懸命生きてる人たちを馬鹿にするな!」
エンディはエラルドに向かって言った。
それを聞いたノストラは「ふっ」と優しく微笑んだ。
ラベスタは無表情だったが、心にしっかりその言葉を留めた。
「はぁ〜。」
エラルドは大きなため息をつき、エンディ達に背を向けて突然歩き出した。
「おい、どこ行くんじゃい?ええ?」
ノストラが尋ねた。
「帰るんだよ。なんかシラけたわ。これ以上てめえらみてえな情けねえ馬鹿どもと会話してたら、俺の運気が下がっちまうぜ。」
エラルドはゲンナリとした様子でその場を立ち去ろうとした。
「おい!この状況で逃げんのか?」
エンディが言った。
「逃げるだとぉ?てめえ状況分かってんのか?俺が帰ればてめえら全員、少なくとも今日のとこは命拾いするだろ?弱っちいくせしやがってよお、でけえ口叩くなよ?」
エラルドは後ろを振り向き、苛立った様子で言った。
「死に損ないの老人殺して、昔より弱くなったてめえぶっ飛ばしても寝覚めが悪くなるだけだ。だからよ…来いよ、ユドラ帝国に。てか、ラーミアって女を助けてえなら出来るだけ早く来た方がいいぜ?てめえとの決着はその時につけるわ。俺はいつでも誰でもウェルカムだからよ?」
エラルドはそう言い残して立ち去っていった。
エンディ達は後を追わなかった。
追う気力がないくらい憔悴していた。
エンディとラベスタは今夜の一件で、対ユドラ人への思いがより一層増し、眼に火が灯っているようだった。
エラルド退散!
次はこちらから出向く番か?




