2-13
気合い入れろよエンディ!
「稽古って…?」
エンディは首を傾げていた。
「エンディ、お前はまず風の力をコントロール出来る様にならなくてはな。そして、ラベスタと言ったな?お前は見たことろ、非魔法族の剣士のようじゃからな。ワシが直々に剣術を教えてやる!」
老人はエンディとラベスタの顔を交互に見ながら言った。
「1ヶ月って…そんな時間ないよ!その間にラーミアが…。」エンディは不服そうに言った。
「今からユドラ帝国に乗り込んだところで、おどれらでは何も出来ない。ただ捻り潰されるだけじゃ。その前に1ヶ月間、みっちり修行をする必要がある。」
老人が厳しめの口調でそう言うと、エンディの表情は曇った。
「1ヶ月修行すればユドラ人と同等に渡り合えるようになれるの?」ラベスタは老人の顔をジッと見つめながら言った。
「…まあ、そうじゃな。ラベスタよ、少なくともノヴァって子を救うのに充分な力をつけられるのは確かじゃ。」
老人は、言葉を濁すような言い方をした。
ラベスタは鋭い洞察力でそれを見抜いていた。
「1ヶ月稽古しても厳しいんだね。ユドラ人って、そんなに強いんだ。」
ラベスタは言った。
「ああ…イヴァンカの配下には、神衛使徒隊と呼ばれる10人の上級魔法戦士がおる。別名は粛清部隊…奴らは相当手強いぞ。特に…筆頭隊と呼ばれる5人はな…。」
老人は深刻な顔で言った。
エンディはごくりと固唾をのんだ。
「そいつらを束ねているイヴァンカは、もっと強いのか…?」
エンディは恐る恐る聞いた。
「イヴァンカ…奴の力は強いなんて一言では言い表せるものではない…神の領域すら遥かに超越しておる…。ナカタムの聖道騎士団長が束になっても、手も足も出ないじゃろうな…。」
老人の言葉を聞いたエンディとラベスタは、血の気が引いた。
「おいおいちょっと待てよ…今から1ヶ月間修行して…俺たち3人だけで乗り込んで大丈夫なのか!?」
エンディは不安を露わにした。
「エンディ…ワシはな、お前ならイヴァンカを討てると確信しておるんじゃ。」
老人は鬼気迫る表情で言った。
「…え?」エンディはポカーンとしていた。
「エンディ、まずは昔の勘を取り戻せ。昔のように風の力を自在に操り、そして更に極めろ。そうすればきっと、イヴァンカにだって勝てるはずじゃ。」
「昔の勘って?どう言う意味だ?俺は昔、風の力を使いこなしていたのか?」
エンディは取り乱しながら尋ねた。
エンディの問いかけに対し、老人は真面目な顔でコクリと頷いた。
「エンディって、実はすごく強いの?」
ラベスタが興味ありげに聞いた。
「エンディとカイン…お前たち2人は当時、ユドラ人最高傑作と評されるほどの実力者だったんじゃぞ。」
老人がそう言うと、エンディは衝撃を受けていた。
ラベスタは、エンディがどこか遠い存在のように思えてきた。
エンディは下を向いてしばらく考え事をした後に、顔を上げた。
「じいちゃん…俺やるよ。やってやる!」
エンディは自信に満ち溢れた表情で言った。
「俺もエンディに負けないように強くなるよ。おじいちゃん、指導よろしくね。」
ラベスタも気合が入っている様子だった。
「ガッハッハッ!ワシは厳しいぞ〜?しっかりついてくるんじゃぞ?」
老人は2人を頼もしく思い、少し嬉しそうだった。
エンディは「はい!」と大きな声で返事をした。
ラベスタは無表情で無反応だったが、内からは気迫が溢れていた。
「お前らのう、さっきから気になっていたんじゃが…ワシの事じいちゃんとかおじいちゃんとか呼ぶのやめてくれんかの?ワシの名前はノストラじゃ!」
ノストラは切実な思いを口にした。
「ノストラさんね、分かった!」
「これからよろしくね、ノストラさん。」
エンディとラベスタは納得した様子だった。
あらたまって名前で呼ばれると、ノストラは少しこそばゆい気持ちになった。
「よし、それでは早速始めるぞ。ここにいたら追手が来てしまう。場所を変えるぞ、ついてこい。」
ノストラはそう言って、歩き出した。
エンディとラベスタは、言われるがままついていった。
3人は無言のまま、しばらく歩いていた。
すると、小さな洞窟の入り口の前に辿り着いた。
「ノストラさん、まさかこの洞窟の中で修行するの?真っ暗で何も見えないよ。」
エンディは洞窟の中を覗き込みながらそう言った。
ノストラは無反応だった。
違和感を感じて後ろを振り返ると、ノストラはとても冷徹な表情をしていた。
エンディはゾッとした。
ノストラは2本の剣を抜き、突然エンディに斬りかかった。
「え?え?ちょっとノストラさん…?何すんだよいきなり!?」
エンディは心底戸惑っていた。
そして、逃げるようにしてノストラの攻撃をかわした。
「なになに?とち狂っちゃった?」
ラベスタは剣を抜き、2人の間に入ろうとした。
しかし、ノストラに恐ろしい表情で睨まれて、ラベスタはまるでヘビに睨まれたカエルの如く体が硬直してしまった。
ノストラはエンディの喉元めがけて剣を振るった。
エンディはノストラから本気の殺意を感じとり、恐怖した。
すると、エンディの全身から強烈な突風が絶え間なく吹き荒れた。
ノストラはエンディから距離を取り、少し嬉しそうな顔をしていた。
ラベスタは強風を防ぐように、顔の前に右手をかざした。
「これがエンディの風の力か…。」
初めて見たエンディの力と、その強烈さにラベスタは驚いていた。
エンディは何が起こっているのかまるで理解していなかった。
無意識に暴発させてしまった風の力を制御できず、パニック状態に陥りかけていたのだ。
ノストラは再び、エンディに斬りかかった。
ノストラの明確な殺意を再び感じ取り、エンディは更に恐怖を感じた。
すると、エンディが放出していた風が無数のカマイタチに変わった。
わずか3秒間、洞窟の前でカマイタチが乱舞した。
木々は切り倒され、洞窟を形成している岩石も砕け散った。
ノストラは、そのカマイタチを両手に持っている剣で難なく防いだ。
ラベスタは一心不乱に剣を振るい、防いでいた。苦しそうだった。
風が止まり、エンディはドッと疲れてその場にへたれこんでしまった。
「やはりな…戦い方を忘れたとはいえ、命の危険を感じると無意識に防衛本能が働いくようじゃな。」
ノストラが言った。
「エンディ、今の何?びっくりしたよ。」
ラベスタはびっくりしているとは思えないほど無表情だったが、内心とても驚いていた。
エンディは自身の力の暴発に危険を感じていた。
かつてダルマインの部下達に射殺されそうになった時の事をふと思い出し、あの時ラーミアに怪我をさせなくて良かったと心から思った。
「立て、エンディ。」
ノストラは厳しい口調で言った。
エンディは苦しそうに、ゆっくりと立ち上がった。
「何となく、感覚は取り戻せたかの?」
「いや、全然…何が何だか…。」
エンディは自信なさげに言った。
「そうか。じゃがな、まずは風の力をコントロールできなくては話にならん。今のように力が暴発して、制御できなくなったら周囲の人間に危害が及ぶからの。エンディ、洞窟の中に入れ。そんでもって、力をコントロール出来るようになるまで出てくるな。ええな?」ノストラは命令口調で言った。
「そんなこと言われても、どうすれば…。」
エンディはしょんぼりしてしまった。
「音もなく、光も差し込まない洞窟の中で自分自身と向き合い続けるんじゃ。今までどのような状況に陥った時に風の力が発動したのか、よく考えるんじゃ。昔はあれだけ自在に操れていたんだから大丈夫じゃ、お前なら出来る。なんたってお前は天才じゃからな?ワシはそう信じておる!」
ノストラは先ほどとはうってかわり、優しい表情でそう言った。
「分かった、俺やってみるよ!」
エンディは嬉しそうにそう言うと、浮き足立ったまま足早に洞窟の中へ入って行った。
天才と呼ばれたのが、よほど嬉しかったのだろう。
「ガッハッハー!相変わらず単純な奴じゃのうしかし!」
ノストラはエンディの後ろ姿を、微笑ましく思いながら見ていた。
「なかなか無理難題な事を言うんだね。ところでノストラさん、俺は何を?」
ラベスタが尋ねた。
「そんなの決まっておる。お前はワシと同じ剣士じゃろ?とりあえずお前の腕前を見てみたいからの、ひたすらワシに打ち込んでこい。当然、ワシも反撃するからの。ついでにワシの剣技も適当に盗め!ええな?」
ノストラは剣をラベスタに向けて、いつでも来いと言わんばかりの表情で言った。
「…分かった。」
ラベスタは真顔で言った。
反撃というセリフが引っかかり、ちゃんと手加減をしてくれるのか、という懸念を抱きながらも稽古に臨む姿勢を見せた。
頑張れラベスタ!




