2-11
数秒間沈黙が流れた後、老人は再び口を開いた。
「大きくなったな、エンディ。あれから4年…今はもう16歳か。」
老人はエンディを見ながら、しみじみとした気持ちになりながらそう言った。
初めて自分の年齢を知ったエンディは、下を向いたままだった。
老人はエンディの感情を読み取れず、少し戸惑っていた。
常人ならば、思わずこの場から逃げ出したくなりたくなるほど気まずい雰囲気が漂っていたが、ラベスタは無表情でぼーっとしていた。
そして、エンディの体はが徐々に小刻みにプルプルと震え出した。
「…ふざけんなよ。」
エンディは両手の拳を力一杯握りしめながら、小さな声で呟いた。
その声色からは、怒りと悲しみの感情がヒシヒシと伝わってきた。
「ふざけんなよ!!」
エンディはそう叫び、老人に掴みかかった。
老人は仰向けになって倒れ込み、エンディは馬乗りになりながら老人の胸ぐらを両手で掴んだ。
老人は、とても驚いていた。
「あんた…あの時俺の名前呼んでた男だよな!?なんであの時俺を見捨てた!なんで何も言わずに逃げていった!なんでだよっ!!」エンディは涙を流しながら、大声で老人を怒鳴りつけた。
まるで、積りに積もった積年の恨みをぶつけているようだった。
「エンディ、落ち着いて。老人虐待は良くないよ。」
ラベスタはそっとエンディに駆け寄り、エンディの肩を指で軽くトントンと叩いた後にそう言った。
しかし、エンディの耳にその言葉は届かなかった。
それくらい、エンディは我を忘れて憤慨していた。
「どうして今頃俺の目の前に現れた!?俺がこの4年間、どれだけ辛かったか…毎日ひとりぼっちでどれだけ寂しかったか…少しでも考えたことあるのかよ!!」
悲痛な叫びだった。
老人はエンディの悲しそうな顔を見て、ひどく胸を痛めている様子だった。
「…すまぬ、エンディ。あの時目を覚ましたお前が、ワシのことを誰だか分からないと言った時、記憶を失ってしまったのだと直感した。ワシにはどうすることも出来ないと思った…。」老人は申し訳なさそうに言った。
「どうすることも出来ないだと!?そんなの俺を見捨てた理由にならねえよ!!」
「エンディ、落ち着いて。このおじいちゃんの話も聞いてみようよ。」
ラベスタがそうなだめると、エンディはハッと我にかえり、老人から手を離した。
そしてゆっくりと立ち上がった。
ハアハアと、呼吸は荒かったが少し落ち着きを取り戻した。
すると、エンディに続いて老人もゆっくりと立ち上がり、エンディの目を真っ直ぐと見つめていた。
「エンディ…あの時、お前は心に大きな傷を負っていた。だからワシは思ったんじゃ、記憶を失って良かったのかもしれないとな…。何もかも忘れたまま、新しい人生を始める。そうすればきっとお前は幸せになれる。そう思ったんじゃよ…だからワシは、お前の前から消えようと思った…。」
老人がそう言ってのけると、エンディはボンヤリと色々なことを考えていた。
この4年間、自分が何者か分からず、頼れる人も誰1人いない、ひたすら孤独だった辛い日々をふと思い返していた。
「そんなに辛い思いをさせていたとはな…すまなかった、エンディ。許してくれ。」
老人は、深々と頭を下げてエンディに謝罪をした。
改まってそんな態度を取られると、エンディはどのような言葉を返していいのか分からず、困ってしまった。
「悪意は人の心を蝕むけど、最終的に人の心を追い詰めるのは無知でひとりよがりな善意だからね。」
ラベスタのこの言葉に、老人はグサリときた。
もちろん、ラベスタに悪気は一切ない。
「頭をあげてよ、じいちゃん。」
エンディは申し訳なさそうに言った。
「じいちゃんとは、参ったのう。」
老人は思わず吹き出してしまった。
「しかしなんだな、エンディ。記憶を失っても、あの頃と変わらず、強く優しい目をしておるな。」
老人は優しくニコリと笑いながら言った。
「え?」
あの頃と変わらず、と言われても、記憶を失っているエンディからしてみれば、そんなことを言われてもいまいちピンとこなかった。
「おじいちゃん、エンディはね、記憶はまだ失ったままだけど、少しずつ思い出してきたんだよ。自分がユドラ人だってことももう分かってる。だから、そろそろ話してくれないかな?おじいちゃんは何者で、エンディとはどういう関係だったのか。」
若干歯痒い思いに駆られていたラベスタが、ズバッと言った。
老人の口からどんな話を聞くことになるのか、エンディはソワソワしながらも心の準備を決めた。
「そうじゃな…ワシにはそれをキチンと話す義務がある…いつかこんな日が来るじゃろうとは、薄々思っていた。」
老人の勿体ぶった言い方に、エンディはますますソワソワしはじめた。
ラベスタも、老人の話に興味を示している様子だった。
「自分がユドラ人であることは分かっていると言ったな。そう、お前はユドラ人じゃ。そして、ワシもユドラ人…。」
やっぱり…と、エンディは心の中でつぶやいた。
記憶を失う直前まで、ユドラ人である自分を連れ回していたこの老人も、ひょっとするとユドラ人なのではないかと、エンディは予想していた。
「エンディ、お前の姓はウルメイト。お前の名はウルメイト・エンディじゃ。ウルメイト家はカインとアベルの出自であるメルローズ家と同様、5世紀もの間レムソフィア家に仕えてきた名家じゃよ。」
エンディは衝撃を受けていた。
「!?じいちゃん、カインを知っているのか!?」
初めて自分の姓を知った事よりも、老人がカインを認知していることに驚いていた。
「ああ、よく知っておるさ。エンディに、カインとアベル。お前達の両親のこともよく知っておるぞ。」
老人は、懐かしそうに語った。
老人がそう言い終えると、エンディはゴクリと固唾を飲んだ。
「500年もの間、世界の歴史を裏から操ってきた真の支配者層ユドラ人…そのユドラ人を統率しているのがレムソフィア家。そのレムソフィア家に仕えていたって、エンディの家は名門中の名門なんだね。」
ラベスタが言った。
「名門だった…というのが正しいな。」
老人は切ない表情で、意味深な言い方をした。
「どういう意味だ??」
エンディは少し食い気味に質問をした。
「…ウルメイト家はな、もうエンディしか生き残っておらんのじゃ…。メルローズ家も、カインとアベルしか生き残っておらん…。」
老人は苦悶の表情を浮かべながら言った。
エンディは、以前玉座の間で聞いたアベルの発言を思い出した。
「そういえば…レムソフィア家も1人しか生き残っていないって聞いたぞ…。」
エンディは、何が何だか分からず混乱していた。
「全員、殺されたんじゃ…。殺したのはレムソフィア家現当主、レムソフィア・イヴァンカ…!奴が粛清と銘打って、4つの一族を滅したんじゃ…!」
老人は唇を噛みしめ、激しい怒りを露わにしながら言った。
老人の言葉を聞いたエンディは、背筋が凍りついた。
そして何故か、幼い頃のカインと思われる金髪の少年の顔が一瞬、脳裏をよぎった。
脳裏をよぎったカインの表情は、とても怯えているように見えた。
ラベスタは、静かに話を聞いていた。
老人は、再び喋り始めた。
「エンディよ、心して聞け…。その大量虐殺を手引きしたのが…カインじゃ!」
老人は鬼気迫る表情で言った。
エンディの過去とカインの闇、ついに明かされるか?




