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エンディの四年にも及ぶ孤独な一人旅がようやく終わった
「バレラルクってどんな所?やっぱり、王都ってだけあって都会なんだろうなあ!」
エンディはまだ見ぬ大都市に心を踊らせながら尋ねた。
「綺麗なところよ、世界一の魔法都市だからね!田舎に比べると自然は少ないけど、美しい建造物が街中にあるの、古代遺跡なんかもね!日常生活の作業のほとんどに魔法が使われているから、初めて見た人はびっくりしちゃうかも。ただ…」
「ただ?」
曇った表情で言い淀んだラーミアが、次に何を言うのか興味津々のエンディは、急かすように言った。
「世界最大の魔法都市とは言っても、つい四年前まで戦争をやっていたから、まだまだ経済が不安定で飢えに苦しむ人や失業者がたくさんいるの。年々少なくはなっているんだけど…。治安もあんまり良くないし」
「そうなんだ」
エンディは、バレラルクに行くのが楽しみだったが、ラーミアからそう聞くと、少し身が引き締まる思いに駆られた。
ラーミアが言うには、王都バレラルクの領土は、国土の5分の1を占めるほど広大らしい。
現在いる町から1時間ほど汽車に乗れば、バレラルクには着くという。
しかし、そこからさらに王宮までは、500kmほど離れているのだ。
道中、保安官やラーミアの捜索隊に遭遇し保護されればスムーズに事が運ぶが、目的地である王宮や城下町に着くまでには気が遠くなるほど時間がかかる。
しかしエンディは、ラーミアと長い時間一緒に過ごせることに浮き足立っていた。
その一方で、王都で何か自分の記憶の手がかりを見つけられるかもしれないと思うと、期待と不安が入り混じり、落ち着きのない様子でもあった。
ラーミアのお腹がぐ〜と鳴った。
「ごめんね、昨日から何も食べてなくて。出発する前に何か食べて行かない?」
ラーミアは、顔をポッと赤らめながら言った。
「そうだよね、お腹すいてるよね…」
エンディは、自分はなんて気の利かない男なんだろうと自責の念に駆られながら、たまたま目にとまったお店に急いで入った。
あまり大きなお店ではないが、少し小洒落た雰囲気で、まだお昼前だというのにワインを飲んでいる成金の様な見た目の男女がちらほらいた。
どうやら、パスタとピザが人気の店らしい。
せっかくなら海がよく見える窓際の席が良かったが、2人は窓際からだいぶ離れた席に案内された。
エンディは魚介の旨味たっぷりのボンゴレビアンコを、ラーミアは高級チーズをふんだんに使ったカルボナーラ頼んだ。
「このアンチョビのピザ美味しそう!2人で半分こしようよ!」
「いいねいいね!おれもこれが食べたいと思っていたんだよ!」
想像の斜め上をいく美味しさに、2人は顔を見合わせて感動した。
値段は少し高めだが味は美味しいし、量も多い。
エンディはいつも食事をする時、ガツガツと口いっぱいに頬張るが、ラーミアの前では精一杯上品に、ゆっくりと食べることを心がけた。
パスタを食べ終えると、2人は少量のオリーブオイルがかかった、とろとろのチーズとアンチョビがのったピザを食べ始めた。
「バレラルクに着いたら何かしたいことある?」
「散歩がしたい!あと、仕事も探さなきゃな。給仕ってどんなことするの?」
「私は王宮内にある大広間の食堂で、調理のお仕事をしてるよ。騎士団員さんたちがたくさん来るからすごく大変。楽しいけどね。あとはたまに掃除をしたり。一緒にやる?」
「調理に掃除か、おれそういうの絶対向いてないわ。力仕事がしたいな。よし、騎士団に入ろう!」
「力仕事?騎士団?そんなひょろひょろしてるのに無茶だよ〜!」
ラーミアはお腹を抱えて笑った後、周りに聞こえないような小声で「こういう質問はあんまりしない方がいいかもしれないけど…エンディって魔法使えるの?魔法を使えなければ、騎士団には入団できないんだよ?」と言った。
ムキになったエンディは、人目も憚らず大きな声で
「いやいや、おれ結構強いんだぜ?体力だってあるし!魔法は使えないけど…」と言った。
はいはい、とラーミアは軽くあしらった。
エンディはひょろひょろと言われたことが悔しくて、何としても自分のかっこいいところを見せつけてやりたいと思った。
「ところでラーミア、ドアル族ってどうしてあんなに魔法族を恨んでいるんだ?」
エンディが突拍子もなくそう尋ねると、ラーミアは、人が歴史のタブーに触れる際特有の神妙な面持ちで、小声でエンディの質問に答えた。
戦時中、魔法力を有さないナカタムの国民は強制徴兵され、陽動に使われたり、魔法族の有名戦士の影武者に利用されたり、敵陣に真正面から突撃させるなど、危険な役割ばかりを押し付けられていたという。
そして、従わない者は例外なく処刑された。
魔法族に対して最も反抗的だったドアル族に至っては、非魔法族の中でも特に、人権を無視した非道な扱いを受けていたという。
近年、非魔法族に対する差別意識は、昔に比べるとだいぶ薄まってきているが、ドアル族が魔法族に対して抱く激しい憎しみは年々凄まじくなっていき、深刻な社会問題となっているのだ。
それを聞いたエンディは激怒した。
「なんだよその話!許せねえな!騎士団に入るのはやめだ!よし!バレラルクに行ったら、魔法族の連中をぶっ飛ばしてギャフンと言わせてやるぞ!」
鼻息を荒くしていきり立つエンディを、ラーミアは癇癪を起こす子供を見るような目で見ていた。
「エンディ、少し落ち着いて?感情的になって短絡的な行動をするのは良くないよ?まずはバレラルクに行って、実際に魔法族の人たちと接して見ることから始めてみよ?私も一緒にいるから」
ラーミアが冷静にそう言うと、エンディはサーっと頭に昇った血が引き、落ち着きを取り戻した。
「エンディは正義感が強いんだね」
ラーミアが優しい笑顔でそう言うと、エンディは「そうなんだ!俺、正義の味方だからさ!困ってる人見ると放っておけないんだよ!」と、鼻高々に言った。
「エンディ、正義の味方なんてね、自称するものじゃないよ?真っ直ぐ生きていれば、時には損をする事があるかもしれない。傷つくことだってあるかもしれない。それでも自分の信念を曲げないで貫き通せば、見てくれている人はちゃんと見てくれているから。そういう人達からいつの間にか慕われて、"自分なんてそんな大それた者じゃないですよ"って謙遜できる、そんな人の事を正義の味方って言うんじゃないかなあ」
ラーミアが腕白な子供をあやす様な口調でそう言うと、エンディは途端に自分を恥ずかしく思った。
顔から火が出るほど、と言うと少し大袈裟な表現になるが、少なくとも、自分で掘ってでも穴に入りたくなるくらいには恥じらいを感じていた。
「ラーミア…俺、間違ってたよ…」
エンディが我に返ったような声のトーンでそう言うと、ラーミアは「ううん、偉そうにごめんね?」と言った。
すぐに話題を変えて、この気まずい空気を変えなければと、使命感に駆られたエンディが「ところでラーミアって魔法族なの?」と尋ねた。
すると、ラーミアはエンディから視線を外し、小さな声で「私は…違うよ」と答えた。
ラーミアは嘘をついた。
事情があり、本当の事を言えなかったのだ。
ラーミアが何か隠し事をしている事は、勘に鋭い者ならばすぐに違和感を感じ、見抜くだろう。
しかし鈍感なエンディは、またしても気が付かなかった。
そんな会話をしていると、突如外から「ビーー」と、謎の爆音が轟き、エンディはびっくりして飲んでいたミネラルウォーターを卓上に吹き出してしまった。
謎の汽笛音!