2-7
マルジェラはかつての同志に何を語る?
玉座の間は騒然とした。
いつも口元のスカーフにより表情が全く読めないバレンティノですら、この時だけは目を丸くして、分かりやすいくらいに驚いていた。
「マルジェラって…たしか行方不明になっていた団長の??」
エンディが驚きを隠せない様子で言った。
「おい…まじか?」
エスタがジェシカとモエーネの方に顔を向けて言った。
「分からない…私は0番部隊に入隊する前にチラッと見たことあるだけだし、鳥の姿に至っては初めて見るわ…。」
ジェシカが恐る恐るそう言うと、横にいたモエーネが、右に同じくと言わんばかりに静かに相槌を打った。
「マルジェラ君…あんた何してんだよ?今までどこにいたんだよ?」
モスキーノが微かに声を震わせながら尋ねた。
マルジェラからは何も返答がなかった。
「おい!何とか答えろよ!!」
モスキーノはそう叫びながらマルジェラに飛び掛かろうとした。
すると、ポナパルトがすかさずモスキーノの体を抑えて動きを止めた。
「離せよ!邪魔すんなてめえ!」
モスキーノは明らかに感情的になっていた。
「落ち着けよモスキーノ!迂闊に近づくな!」
ポナパルトも動揺していたはずだが、必死に平静を装っていた。
「変わらないな、お前たちは。」
ようやくマルジェラが口を開いた。
小さな声だったが、その声は玉座の間全体に響き渡った。
3人の団長を相手に、偉そうに先輩面するマルジェラのオーラは本物だった。
モスキーノはポナパルトに掴まれていた腕を振り解き、マルジェラを凝視していた。
「マルジェラさん…マジな話、これは一体何の真似っすか?」
「フフフ…マルジェラ君、ご無沙汰ですねえ。ユドラ人に寝返ったんですか?」
ポナパルトとバレンティノが疑問を呈したが、マルジェラはそれに対しても無反応だった。
「クスクス…寝返るも何も、彼は元々ユドラ人だよ?」
何も答えないマルジェラの代わりにアベルがそう答えると、エンディ達は目を丸くしていた。
「ユドラ人だと!?ナカタム王国の歴代最強とまで謳われていたこの男が、スパイだったってのか…!?」エスタが深刻な表情を浮かべながら言った。
「彼の家系は、代々レムソフィア家に仕えるスパイ専門の一族だからね!まあ僕やエンディの一族には劣るけど…それでもメゾタルト家の者がイヴァンカ様から直々にお気に召されるなんて、歴史上類を見ない快挙だよ!」
アベルは棘のある言い方をした。
どうやら、メゾタルトとは、マルジェラの姓を指しているようだ。
「イヴァンカ…だと??」
ポナパルトは自身の耳を疑っていた。
「イヴァンカ??誰なんだそれは?」
エンディは、このイヴァンカという人物名に何やら聞き覚えがあるような気がして、興味を示していた。
「何も心当たりがないか、エンディ。その名を聞けばさっきみたいに発狂すると思ったんだけどな。」
カインが冷静な口調でそう言うと、エンディはすかさずカインの顔を見た。
「イヴァンカ様はレムソフィア家の現当主にして、ユドラ帝国最高権力者だ。」
カインははっきりとした口調でそう言った。
「フフフ…ユドラ人とかレムソフィア家とか、本当にそんなものが存在するなんてねえ。」
バレンティノは、まだ半信半疑な様子だった。
「まあ、500年もの間ユドラ人を束ねてきたレムソフィア家も、今じゃイヴァンカ様しか生き残ってないからね。誰かさんのせいでね?」
アベルはチラッとカインの顔を見ながら、何やら意味深な言い方をした。
カインはギロリと鋭い眼光で、アベルを睨みつけていた。この場に来て、初めて感情を露わにした瞬間だった。
そんな2人の様子を、エンディは不思議そうに眺めていた。
「マルジェラ君、どうしてあんたほどの人が…悪い冗談はやめてよ…」
落ち着きを取り戻したモスキーノが、先ほどとは打って変わって冷静な口調でそう言った。
「モスキーノ…俺はただ、自身の運命に忠実に従い、自らに課された宿命を全うしているだけだ。」
マルジェラは、巨大な両翼をバタバタと羽ばたかせながらそう言った。
ようやく口を開いたマルジェラに、一同は注目していた。
「別にどちらでも良かったんだ…ウィルアート家でも、レムソフィア家でも。しかし俺はユドラ帝国にて生を受けた…ならばレムソフィア家に仕えるのは必然。それだけの話だ。」
淡々とそう語るマルジェラに、エンディは不気味な凄みを感じていた。
「世界の黒幕と呼ばれるユドラ人…それを束ねる真の支配者層、世界皇族レムソフィア家…俺は彼らの思想に盲従するために生まれてきた。ならば俺は…運命という名の潮流に乗り、世界を覗く深淵となろう。」
エンディは、こいつは一体何を言っているんだ?と心の中で呟いた。
モスキーノもポナパルトも、マルジェラの言っている言葉の意味が理解できず、戸惑っていた。
「我が永主、イヴァンカ様が皇帝の座に就かれて4年。あの御方は古来よりの在り方を是正し、今度は陰からではなく、直接この世界を支配しようとなさっている。だから俺は…神の思惑に乗ることにした。」
マルジェラはモスキーノを見下ろしながらそう言った。
「掴めねえ男だな。」
カインはマルジェラに対し、鼻で笑いながらそう呟いた。
「フフフ…相変わらず変わり者だねえ。」
バレンティノがマルジェラに対し、ボソリと呟いた。
バレンティノさんに変わり者呼ばりされるなんて、このマルジェラって人も相当な変わり者なんだろうな…と、エンディは思った。
「もういいよ…あんたは昔から、何を考えているのか全く見当のつかない男だったことを忘れていたよ。」モスキーノは呆れた口調でそう言い終えた後に、鋭い目つきでマルジェラの顔を直視し、次のように続けた。
「イヴァンカとやらの野望と、レガーロ国王を殺した人間…そしてロゼ王子の行方を教えろ。さもなくば、俺はあんたでも容赦しないぞ。」
モスキーノが醸し出す独特とも言える冷酷な圧力に、マルジェラは一切物怖じしていなかった。
「そんなに気になるなら自分で調べればいいだろ?男なら人を頼るな。」
カインはモスキーノを軽くあしらうようにそう言った。
モスキーノとカインは目が合い、一触即発の雰囲気になった。
「穏やかじゃないね。今日は君たちと事を構える気はないって言ってるのにな。だけどね、イヴァンカ様の野望を叶えるためには、あなたの力がどうしても必要なんだよ、ラーミアさん。いや…実験体、ナンバー426さん?」
アベルはそう言うと、ラーミアの顔を見てニコリと笑った。
ナンバー426。
そう呼ばれた瞬間、ラーミアは震撼した。
エンディは、何やら嫌な予感がした。
すると、エンディの視界から突如、ラーミアがパッと消えた。
ラーミアだけじゃない、カインとアベルも消えていた。
「くそっ…!どこに行った!?」
エンディは激しく動揺していた。
エスタは剣を抜き、辺りを見渡した。
「フフフ…あそこにいるよ。」
バレンティノが落ち着いた口調でそう言った。
バレンティノの目線の先には、両翼をバタバタと羽ばたかせているマルジェラがいた。
カインとアベル、そしてラーミアが、マルジェラの背中の上に乗っていた。
ラーミアはカインに両手を拘束されていたのもあったが、突然の出来事に恐怖を感じ、身動きが取れていない状態だった。
「ラーミア!!」
エンディは叫んだ。
嫌な予感が的中したこと。
そして嫌な胸騒ぎを感じていたのにも関わらず、その事態を未然に防ぐことのできなかった自身の無力さに憤りすら感じていた。
ジェシカとモエーネは、なんとかラーミアを助け出したい気持ちはあったが、目の前の敵との圧倒的な戦闘能力の差を感じ取り、何も出来ずにいた。
モスキーノとポナパルト、そしてエスタがマルジェラ達に立ち向かおうとした。
すると、カインが右手の掌から爆炎を放出した。
その灼熱の炎は、玉座の間の窓側の壁を満遍なく覆い尽くした。
「なんだよこの火は!?」
エスタは突如発生した炎に驚きを隠せずにいた。
その激しく燃え盛る炎のあまりの熱量に、マルジェラ達にはもう近づくことができないとエンディ達は悟った。
やっぱり、ドアル解放軍の根城を焼き尽くしたのも、アズバールの放った木々を灰にしたのも、あの火柱も、カインによるものだったか…と、モスキーノは確信した。
このままでは逃げられてしまう。
再びラーミアが拐われてしまった。
エンディは絶望の淵に立たされた気分だった。
そんなエンディを見下ろしながら、カインは言った。
「来いよ、エンディ。ユドラ帝国へ。生まれ故郷に来れば嫌でも思い出すだろうぜ?記憶も、自らに課せられた宿命も…。俺はもう逃げも隠れもしねえからよ、いつでも待ってるぜ?」
カインは、何か大きな覚悟を決めたような目をしていた。
アベルは、そんなカインを白い目で見ていた。
エンディは先程までこの状況に絶望して慌てふためいていたが、カインにそう言われると、不思議なことに徐々に落ち着きを取り戻した。
臨むところだ。
記憶を取り戻したわけでもないし、カインの言葉の真意も理解していなかったが、不思議とそういった気持ちになった。
「離してよカイン!どうしてこんなことするの?!エンディ…みんな!助けて!」
ラーミアは今までにないくらい怯えていた。
悲痛な叫び声をあげ、今にも心が壊れてしまいそうだった。
「ラーミアー!!!!」
エンディは、そんなラーミアに向かって大声で叫んだ。
ラーミアはポカーンとした顔で、エンディの顔を見下ろしていた。
「絶対に助けてやる。だから泣くな。」
ラーミアを見上げながらそう言ったエンディは、とても強い目をしていて、気迫のある凛々しい姿だった。
腹を括り、強い覚悟を決めた少年の姿がそこにあった。
そんなエンディを見たラーミアは、叫び声をピタリと止め、自身を拘束しているカインに対する抵抗もやめた。
「うん、私…泣かない。エンディのこと、信じて待ってるからね。」
ラーミアは溢れ出しそうな涙をグッと堪えながら言った。
さっきまで怯えていたのが嘘のように、毅然とした凛々しい少女の姿になっていた。
そして、カインとアベル、ラーミアを乗せたマルジェラは、玉座の間を離れ、空高く、遥か彼方へと羽ばたいて行った。
ラーミアが再び誘拐されてしまった




