2-6
カインの思惑は如何に
カインはゆっくりと数歩歩き、玉座の間へと入ってきた。
そして、アベルの横でピタリと歩みを止めた。
エンディはその様子を、固唾を飲んで眺めていた。
玉座の間には殺伐とした空気が流れこんできた。
「カイン…お前何してんだよ?」
エンディはとても驚いていた。
カインは黙りこくっていた。
エンディの問いかけを無視したわけではない。
元より、カインの視界には、エンディなど入っていなかったのだ。
そこには誰もいない。まるで空気。
そんな立ち居振る舞いだった。
「フフフ…さっき兄さんと言ったね。君たちは兄弟なの?」バレンティノは冷静な口調で問いかけた。
「そっ!僕たちは双子の兄弟だよ!あんまり似てないけどね!」
アベルはニッコリ笑いながら答えた。
「まさかとは思うが…おめえらユドラ人か?」
ポナパルトは鋭い勘が働いたように言った。
「ユドラ人って…アズバールが言ってた?」
エンディは動揺していた。
隣にいたラーミアは、もっと激しく、不自然なほどに動揺していた。
「ご名答。」
カインがようやく口を開いた。
「メルローズ…それが僕たちの姓だよ。」
アベルがそう言うと、ポナパルトの顔が曇った。
エスタとジェシカ、モエーネは困惑している様子だった。
「フフフ…まさか…メルローズ家といえば、ユドラ人の中でもかなり上流階級の名家だよね?」
バレンティノは半信半疑な面持ちで言った。
「信じるか信じないかはお前らの自由だが、これは紛れもない事実だぜ?今日俺たちは、いずれ死にゆくお前ら下級魔法族共に挨拶をしに来たんだ。」
カインは冷徹な表情でそう言った。
エンディは、今まで見聞したことのないカインの表情、眼つき、声色、その全てに、思わず背筋がゾクッとした。
「ちょ、ちょっと待てよ!みんなさっきから何の話をしてんだ!?カイン!お前もさっきから何訳分かんねえ事ばっか言ってんだよ!?」
頭が混乱したエンディは、平静さを欠き声を荒げた。
「訳分かんねえ事って、君の出自だって僕たちに負けず劣らずの名家の筈なんだけどな。ほんと、記憶喪失の人ってめんどくさいよね…兄さん?」
アベルに話を振られても、カインは無反応だった。
その不遜な態度が逆鱗に触れたのか、アベルは横目でカインをギロリと睨んでいた。
モスキーノは、アベルの発言にピクリと反応を示していた。
「おい、どういう意味だ??」
エンディはアベルに詰め寄ろうとすると、ラーミアに腕を掴まれて制止させられた。
「エンディ、落ち着いて?」
ラーミアが深刻な顔で優しくそう言うと、エンディは少し冷静になったが、カインに煽られることで再び落ち着きを失った。
「エンディ、よく思い出してみろよ。ガキの頃教わったはずだぜ?俺の一族もお前の一族も、太古の昔からレムソフィア家に忠誠を誓い、殺戮の限りを尽くしてきたってな。」
カインは不気味な笑みを浮かべながらそう言った。
エンディは、まるで時が止まったかのようにボーッとし始めた。
そして、ある記憶が一瞬フラッシュバックしてきた。
それは、いかにも聡明そうな男の声と、幼い少女の絹を裂く叫び声だった。
「エンディ、永遠なんて無いんだよ。」
「人殺しいーーっ!!」
男の顔も少女の顔も、その場面も風景も思い出せない。
しかし、この2つの言葉がはっきりと脳裏をよぎった。
そしてエンディは、激しい頭痛に襲われた。
まるで、ビー玉サイズの小さな生物が、脳内で縦横無尽に暴れ回っていると錯覚してしまうような、激しい頭痛だった。
「うわあぁぁぁぁっ!!」
エンディは両手で頭を押さえつけながら、しゃがみ込んで大きな声を上げ、錯乱状態に陥ってしまった。
ジェシカとモエーネは驚いた顔でその様子を見ていた。
バレンティノとエスタは不思議そうな顔をしていた。
「おいエンディ!何があった!?落ち着けよ!」
ポナパルトが怒鳴り声を上げた。
すると、ラーミアがエンディの前へと歩み寄り、エンディと同じ目線までしゃがみ込んだ。
そして、エンディを力強く抱きしめた。
エンディは自分が抱きしめられていることに気がつかず、今もうわああぁぁっと大きな叫び声をあげていた。
「エンディ、落ち着いて。大丈夫だから。」
ラーミアはエンディを抱きしめながら、優しくそう呟いた。
すると不思議なことに、エンディは叫び声を止めた。
ラーミアは、過呼吸になっているエンディを抱きしめながら、エンディの背中を優しくさすった。
「大丈夫。私が守ってあげるから。」
再び優しい声でエンディに語りかけると、エンディはゆっくりと正気を取り戻していき、過呼吸が治って頭痛も和らいだ。
「ラーミア…ごめん急に…。」
エンディが申し訳なさそうにそう言うと、ラーミアは静かに、首を横に2回振った。
「ヒュ〜熱いね、お二人さん?」
アベルがそんな2人の様子を冷やかすようにそう言った。
「で?何か思い出したか?」
カインが鋭い目つきでエンディの顔を見てそう言うと、エンディはギクリとした。
そんなエンディを宥めるように、「無理に思い出そうとしなくてもいいからね?」とラーミアは言った。
「はいはーい、茶番はここまで!」
モスキーノは両手をパンパンと2回叩き、笑顔でそう言った。
すると、モスキーノの笑顔は瞬時に恐ろしい顔つきに豹変した。
「おいユドラ人、国王様を殺ったのはてめえらか?ロゼ王子はどこにいる?死ぬ前に答えろや。」
瞳孔が開いた血走った目に、こめかみに浮かび上がる血管、モスキーノは激しく憤慨していた。
玉座の間の空間の細部に至るまで、モスキーノの激しい殺意の波動が張り巡らされているようだった。
そんなモスキーノの様子を見て、エンディとラーミアはとても緊迫した様子だった。
「あいつの顔を直視しない方がいい。殺気で気絶しちまうぜ?」
モスキーノの放つ殺気の凄まじさに怯えていたジェシカとモエーネに、エスタが言った。
そう言ったエスタも、冷や汗をかいて緊迫している様子だった。
「おいモスキーノ!出しゃばってんじゃねえよ!このクソガキ共は俺が泣かしてやる!」
「フフフッ…メルローズ家だかなんだか知らないけど、上等だね。君たちの住む神々の聖地とやらも制圧してあげようか?」
ポナパルトとバレンティノが、モスキーノに続いて前に出た。
なんか凄いことになってきたな…と、エンディはどこか他人事の様に思っていた。
しかし、3人の団長を目の当たりにしても、カインは一切動じていなかった。
「流石は団長さん、凄い圧だね〜。想像以上に強そうだ!怖いねえ〜、兄さん?」
アベルはクスクスと笑いながらそう言った。
明らかに小馬鹿にしているアベルに対し、ポナパルトは怒りを募らせていた。
この自信はなんだ?と、バレンティノは不思議に思っていた。
すると、玉座の間の巨大な窓が突然、勢いよく割れ始めた。
窓は跡形もなく粉砕された。
すると、玉座の間に無数の小さな刃物のようなものが弾丸の如く飛びこんできて、エンディ達に襲いかかった。
「え!?なんだよこれ!?」
突然の出来事に、エンディは頭が真っ白になっていた。
バレンティノが剣を抜き、無数の刃物に向かって剣を一振りすると、刃物は勢いを失って弾け飛び、地面に落下していった。
バレンティノのおかげで、幸いなことに負傷者は1人も出なかった。
無数の刃物のような物体は、よく見ると白色の羽毛のようだった。
粉砕された窓の外を見ると、純白で、見たこともないくらい巨大で、世界中のどの図鑑にも載っていなさそうな鳥が飛んでいるのが見えた。
エンディはその鳥を見て、口をあんぐりと開けて言葉を失っていた。
謎の怪鳥は、窓の外で真っ白な羽をバタバタとさせながら、玉座の間をじーっと見ていた。
その容貌は、エンディの目にはこの上なく神々しくて神秘的な生き物に映っていた。
「おいおい、まじかよ…。」
「フフフッ…これは流石にちょっと…驚いたねえ。」
ポナパルトとバレンティノは、その鳥を見て明らかに動揺していた。
エンディ達は、その様子を不思議に思いながら見ていた。
1番動揺していたのはモスキーノだった。
モスキーノは、衝撃的な光景を目の当たりにして体が硬直している様だった。
「マルジェラ君…?」
モスキーノは鳥の不気味な眼を直視しながら、小さな声でそう呟いた。
4年前に行方不明になったマルジェラが突然の登場
彼は敵か味方か?




