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迫り来るユドラ人
歴史は繰り返す。
戦争の悲惨さなど、人はすぐに忘れてしまう。
小さな水槽の中で共喰いを始めた魚達を眺めているような感覚で、人間同士の争いを傍観している者達がいる。
その者達は見えない糸で人間を傀儡のように操っている。
長く伸びた見えない糸の先で傀儡を操る手の正体こそが"神々の末裔"と謳われる魔法族が、ユドラ人なのだ。
先の戦いで深傷を負ったアズバールは、ユドラ帝国の憲兵隊に追い詰められていた。
命からがら敗走を図るアズバールは、白装束の集団に為す術なく拘束され、ユドラ帝国へと連行されてしまった。
彼らの目的は不明。
この事件が世間の明るみに出る事はなかった…。
ナカタム王国には束の間の平和が訪れていた。
内戦から1週間が経過し、城下町の復興作業も少しずつではあるが着々と進んでいた。
城下町の住民達は、急遽設けられた仮設住宅に移り住んでいた。
復興作業は瓦礫の撤去から始まり、倒壊した家屋の修繕は王国全土から集まってきた職人達が指揮を取って行われていた。
騎士団員や保安官、ボランティアで来ている一般市民、旧ドアル解放軍の人間やノヴァファミリーの元メンバー達が汗水流して働いていた。
つい最近までいがみ合い、争っていた彼らが手を取り合って切磋琢磨している。
休憩時間には一緒に水を飲み、談笑しながら弁当を食べる。
そこに人種や歴史は関係なく、お互いにかけがえのない時間を共有していた。
魔法でパパッと瓦礫の撤去をする魔法族。
頭と力を使い、テコの原理を活用して効率よく作業に励むドアル族。
互いが互いを尊重し合い、知恵を出し合い、同じ目線に立って協力し合っていた。
「チッ、なんで俺様がこんなことしなきゃいけねえんだよ…!」
唯一ダルマインだけがこの状況を不服に思い、不貞腐れていた。
かつて顎で使っていた部下達と同じ目線に立ち労働をしている状況が、苦痛で仕方がないといった様子だった。
一方、王宮から少し離れた場所にある騎士団の演習場では、騎士団と保安官の精鋭メンバーが合同軍事演習を行っていた。
それはポナパルトとバレンティノのスパルタ式トレーニングで、想像を絶するほど過酷だった。
演習にはエンディとラベスタ、エスタも参加していた。
20ヘクタールほどの広さを持つグラウンドを、200人ほどの精鋭メンバー達がひたすら走り込んでいた。
バレンティノが指をパチッと鳴らすと、彼らは20秒間、全速力でダッシュをしなければならない。
そのため彼らにとって、バレンティノが指を鳴らす音は悪魔の囁きのように思えた。
しかし1番の悪魔は、死に物狂いで走り込み、疲弊しきった彼らの顔を見ながら「フフフッ」と楽しそうに笑っているバレンティノだった。
「うおおおおおっ!!」
エンディは掛け声を上げながら先頭を走っていた。
エンディに続いていたラベスタとエスタは、必死にエンディの背中を追いかけるように走っている。
サイゾーは上位50位以内をキープしながら、脇腹を抑えて走っていた。
「くそがっ!やってられっかよ!かったりいな!」
クマシスは愚痴をこぼしながらトイレでサボっていた。
バレンティノが右手を挙げる合図を出し、怒涛の走り込みが終わった。
「やっと終わった…水…。」
エンディがフラフラになりながら水を求めて歩いていると、ポナパルトが立ちはだかった。
「おい、誰が休憩していいと言った?」
「…え?」
エンディはキョトンとしている。
「次は実技の授業だ!バチバチにしごいてやるぜ?」
ポナパルトは拳をポキポキ鳴らしながらそう言うと、エンディを殴り飛ばした。
そして修羅の如く暴れ回り、次々に他の練習生を薙ぎ倒していった。
あまりの恐怖に逃げ出す者、体が硬直してしまう者が多数いた。
しかし、エンディは何度殴り飛ばされても果敢に立ち向かっていった。
エンディに続いて、ラベスタとエスタも立ち向かっては殴り飛ばされてを繰り返していた。
「お、俺たちも行くぞ!」「おお!」
エンディ達の立ち向かう姿勢に触発された練習生達が、次々とポナパルトに立ち向かっていった。
「おめえらいい根性してんなあ?」
ポナパルトは嬉しそうにそう言った。
そしてチラッとエンディを見て、「すげえやつだぜ。」とつぶやいた。
ポナパルトは異次元の強さで向かってくる者を次々と殴り飛ばしていった。
一方、ロゼはジェシカとモエーネを連れて城下町の復興作業の視察に来ていた。
「みんな頑張ってんなあ。よし!俺も手伝うぜ!」
ロゼは張り切った口調で言った。
「若!それはダメですよ!」
モエーネが制止した。
すると、前方からノヴァが歩いてきた。
「これはこれはロゼ王子。女2人をボディガードに現場視察ですか?」
「あれ?お前は合同軍事演習に参加しないのか?」
「トレーニングは1人でする主義なんでね。だから復興作業に尽力しようかと思いまして。」
「ちょっと?若に向かって馴れ馴れしい喋り方はやめなさい!」
ジェシカがムッとした表情でノヴァに注意した。
「あれ?誰かと思ったら裏切り者のジェシカじゃねえかよ。スパイが公の場でアホ面下げてちゃダメだろ。プロ意識が足りねえんじゃねえか?」
ノヴァが挑発するようにそう言うと、ジェシカはツカツカとノヴァの目の前まで歩いていき、ノヴァの左頬に強烈な平手打ちをした。
「裏切るも何も、私は初めから若にしか忠誠を誓っていないわ?あなた団長になったんでしょ?だったら昔のこといつまでもネチネチ言ってないで、もっとビッとしてなさいよ!」
ジェシカはそう言い終えると、ロゼとモエーネの方に戻って行った。
「やるじぇねえかジェシカ。」
ロゼは感心していた。
「若への忠誠心は私の方が強いから!」
モエーネは嫉妬しているような口調で言った。
ノヴァはポカーンとしながら、ジェシカを見つめていた。
するとジェシカと視線が合い、ノヴァは急いで目を逸らして歩き出した。
「痛えな…とんでもねえ女だぜ。」
ノヴァはそんな独り言を呟きながら、現場から少し離れた人気のない、被害の少なかった路地裏を歩いていた。
すると、突然ピタリと足を止めて「隠れてねえで出てこいよ。」と言った。
するとノヴァの後方に、スッとカインが現れた。
「よく気がついたな。」
「あれだけ殺気放ってりゃ猿でも気づくぜ?」
ノヴァはニヤリと笑ってそう言った。
「お前、ここ最近ずっと俺のこと嗅ぎ回ってたよな?だから俺の方から出向いてやっただけだ。」
カインが言った。
「新団長として国の不穏因子を探るのは当然だろ?着任早々良い仕事ができそうで嬉しいぜ?」
「ギャングのボスからえらい出世だな。それにしても不穏因子とは言ってくれるじゃねえかよ。」
「初めて会った時からお前は得体の知れない奴だった。エンディは騙せても俺は騙せねえぜ?なあカイン…お前、一体何者なんだ?」
ノヴァの問いかけに対し、カインは何も答えなかった。
カインはまるで、感情のない爬虫類のような目をしていた。
カインVSノヴァ!




